十七話「休日出勤・イケメンの召集」
三時間も煩悶したが、寝床に就けば不思議な事に清々しい爆睡であった。
最高の寝床なのだと再確認が行えた事で、謎の同居人さんへの悪印象も少し和らいだ。
いや、強力な思念体だったりしても、もう恨んだりしない。
毎日の食事提供や家事を含め、両親の不在という影響もあるが、謎の同居人の負担を少しでも和らげんと家事炊事に励む自分も生まれなかった。俺の健やかな成長を静かに見守る、もう一人の家族。
そう考えれば、疫病神要素はゼロ。
隣では蠱惑的な誘惑をしていた春の肢体も、逆に快眠を促す素晴らしい補助器となってしまった。包容力のある美少女って凄いな、俺は感銘を受けたよ。
うん、まあ、寝てる間は良いんだよ、別に。
起きたらさ、背中に柔らかい感触があるんだよ。そう、美少女の幼馴染が添い寝をしてくれてる幻想。
ただ一点……不満を申し上げたい。
何故……梓ちゃんじゃないんだよッッ!!?
梓ちゃんだって……努力すれば?包容力は誰よりもありますよ。あの逞しい腕に抱かれて寝たいと思ってる。……あれ、俺が乙女になってね?
しかし、目覚まし時計が鳴っているので起きなくては。二度寝をすると遅刻は必至、悪いが宿泊したとあらば、春にもこの生活リズムに付いてきて貰わねばならん。
ただ、怖いのは謎の同居人さんが現状を見て、春の分まで作ってくれているか否か。俺の嫁を気取る女性とも、女を連れ込んでイチャイチャしてるのを嫉妬する男とも考えられるから、依然として性別不明。
俺は上体を起こし、未だ夢の虜となっている春の体を揺する。……柔らかいな、女性の体ってこんなに?俺、梓ちゃんだと拳の感触しか知らないからな……トホホ(泣)。
暫くして目を覚ました春は、俺の腕を引っ張って寝床へと誘う。いや、止めてよ寝ちゃうから。遅刻しちゃうよ、学校に。
「春、起きろよ。拙いって」
「今日は、創設記念日だから……大丈夫……」
「え?そうなの?」
創設記念日だったのか。
休校となれば起床するのも少し早かったかもしれない。カレンダーを見てみれば、成る程赤字で“休校日”と強く主張している。……いや、我ながら休日への愛が凄いな。
休日は家で輾転としたい……その怠惰に関しては、誰にも負けねぇ自信がある。
でも、翻ってそれは梓ちゃんと会えない日でもある。仕方ない、明日用の恋文でも認めますか。拝啓、我が愛しきキューティクルハニー梓へ……これ前に使ったからダメだな。
昨日が濃厚な時間だったからな。
今日は息抜きに散歩でもしてみようか。いや、行き掛けで面倒事に巻き込まれたら、それこそ休日の意義を成さない。ここ最近を省みて、俺の歩く道の先が無事である保証がいよいよ無くなってきた。
春も起床した後なら、自宅に帰って自由に過ごすのだろう。
俺は自分のシャツを取り出し、彼女の傍らに置いた。まだ寝惚け眼で小首を傾げる幼馴染は、それを抱き締めて嗅ぎ始める。吸っても梓ちゃんの臭いしかしないぜ(冗談)?……いや、ちょっとそれ俺にも寄越せや(自分で言った冗談に錯覚する)。
「それでも着ろ、下着姿で彷徨されても困る」
「ん」
「返事はしっかりしなさい」
「無理」
「送受信が出来てないな、電波妨害受けてるのかな君は?良いか、『はい。』だぞ?」
「ん」
「せーの」
「眠いの」
「俺は思ってる事を言えだなんて要求してないぞ。回答する度に知能指数が下がってるな」
これは重症だな、余程昨日の疲労が蓄積しているに違いない。俺の就寝を待って布団の中に踞っていた時間も長いし、やはりベッドで二人で寝る窮屈さもあったのだろう。……俺ぁ爆睡だけどな!!
しかし、何時もより睡眠時間が短くて、まだ目許には眠気が疼いている。これでまた春の懐に入り込んだら、数秒で電源オフの状態に逆戻りだ。
しかし、女子の居るベッドで二度寝なんて誰かに知られたら殺される。有り体に言うとナンパなんて凶行に率先して臨んだアホに。
そんな時、昨晩と同様にスマホが震動。
手に取ると、通話番号も同じ……朝からイケメンの甘い声が聞けるとは、俺も幸せ者だな。録音して女子に高値で売り付けたら儲けになりそうだ、ぐひぇひぇひぇ。
ふざけてないで応答しよう。
『もしもし、鍛埜くん』
「もしもし、冒険者の方ですかっ!助けて下さい、枕元に美少女が出現しまして!どうか退治して下さい!」
『?良い夢を視たんだね』
「いや、夢も見えない快眠だった」
「??それは、良かった……んだろうな?」
ちっ、冗談が通じない。これだから広瀬翔にはユーモアが足りてない。その癖に女子にモテやがって……この野郎!
俺にも秘訣を教えて下さい!え、顔が整ってれは大抵はイケる?あーはいはい、成る程ね、鍛埜雄志くんには適性ゼロですね♪
洒落にならんわ。
兎も角、休日にまで恋愛相談してくるとは、存外暇なんだなイケメンも。てっきり休暇は女の子とメチャクチャ遊んでるものかと妄想していました、憧れてました、尊敬しました。くそっ、俺の幻想を返しやがれ(勝手に失望)!
「何の用だ、手短に話せ。梓先生関連じゃないと判断したら即通話終了だ」
『それ、電話した意味無くなるから勘弁してくれよ』
「仕方無い、この鍛埜雄志様の耳に感謝するんだな。さあ、さあ。喉の奥を掻っぽじってよーく聞かせてご覧?」
『それじゃあ話すね』
鍛埜雄志による炸裂連弾が通用しないだと……!?どんな仕打ちよりも恥ずかしいぞ、放置なんて。以外と手練れだな、コイツ。
『今日、器宮東高校で体育祭実行委員の打ち合わせがあるんだ。住宅街前のバス停に一時間後集合、来れるかい?』
「ちょっ……電波……途切……て……!」
『外に出たくないんだね』
「勘の良いガキは嫌いだねっ☆」
くそっ、演技が効かない。
これで森以外の教員を欺いて来た俺の手練手管も無効化されるとは、やるなイケメン。でも外出も悪くないな、昨日は承ると言った手前だし、会議くらいには出席しないと。というか、書記は会議で記録係として重要だよな。
春は未だ夢と現の境を往来する調子だが、しっかり目を覚ませば、後は自分で何とかするだろう。一応、合鍵を渡して……あれ?
合鍵を収納している曳斗が空だった。盗まれる事は先ず無いだろうし……まさか、謎の同居人さんがコイツに家を自由に往来させぬ様に予め回収したのか。
仕事が早くて困るぜ……そんな貴方にいつも助かってます!!
仕方が無いから、俺は自分の鍵を枕元に安置して、制服に着替えた。洗顔して寝癖は適当に直す。行き道で朝食を購入して済ませよう。
俺は財布と筆記用具、それと書類収納用の鞄だけを持って自宅を出た。約束には十全に間に合う出発と時間調整で、俺はバス停に五分前到着。
「やあ、早かったな」
「まあな、見くびるなよ暇人を」
「はは、君は友達が多いと校内でも良く名前を聞くけどな」
「誰だ、そんな事言う奴は。今度花束持って最大の感謝を伝えてやる」
丁度良く停車したバスに乗り込み、俺達は隣町まで向かう。
俺は窓際の席を広瀬に譲った。バスに乗って景色を眺めてると、あの遅刻した日を思い出して恐ろしくなる。
出発から暫く経って、器宮町に突入しても未だに外を見ない俺に窓の縁に頬杖を突いていた広瀬が苦笑する。
「気分が悪いなら、窓際を交代する?」
「おいおい、俺を殺す気かよ」
「えぇ……でも、外の川が綺麗だ」
「だから、そんなんで俺が釣られて――見ちゃうんですね~」
滅多に来ないから首が勝手に動いてしまった。
おお、澄んだ川面が美しい。魚影も少し見えるし、これは休日の昼寝にもってこいの土手もある。
「あー、あそこ気持ちよさそうだな」
「そうだね、朝のランニングに持ってこいだ」
「は?眠いんだよ、ブッ飛ばすぞ?」
「ええ!?」
まさか――広瀬翔には、昼寝の習慣が無いのか。こんな化け物が常識だとか口にしたら、俺が救ってやらねばならない。……俺はおかしくない、ソウダヨナ、ソウイウコトニシヨウ。
驚愕の熱も冷めぬまま、俺達は目的地で下車し、器宮東高校前で立ち止まった。
さーて、どんな猛者が居るのかな?噂では器宮東高校は個性的な人物が多い事で有名だ。“お人好しの戸番”が所属しているくらいだし、きっと他にも多彩な変人が居るに違いない。
「と、兎に角、行こうか鍛埜くん」
そんなこんなで、初の体育祭実行委員の仕事が始まろうとしていた。
アクセスして頂き誠に有り難うございます。
体育祭を運動会と言い間違える(あるある)。




