十六話「耳が幸せになる話」
人の人生は何があるか判らないな。
ひょんな事から美少女と同衾とか、正直ラノベ以外で聞いた事が無いっス。まあ、俺の現状が既に非現実的すぎて笑いの種にもなりませんけど。
なんなら、今夜の出来事が大問題に発展して路鉈高校から厳しい罰責を受けるかもしれない。最悪は退学に加えて警察さんによる身柄の拘束なんてのも有り得る。
だってさ、もう既に自室のベッドでは春が待ち構えてるんだぜ?美少女が手招きして来るんだぜ?理性、自制心、自粛……はて、何だっけか辞書で調べとこ、明日にでも(後悔するパティーン)。
まさか久しく会話をした春が宿泊するだなんて、急展開にも程があるぞ。最近のナンパといい、梓先生のスーツ姿を拝謁できたり、まるで夢物語だ。
一介の高校生が何処で道を間違えれば、こんな事になるのか、教えてやろう。……すべては謎の同居人さんの所為だ!!飯作るだけじゃなくて、俺の周囲まで掻き乱しやがって。いよいよ、全面戦争始めるっきゃ無いねぇ!!
先に待っている、そう彼女が告げてベッドに向かってから……三時間。
ええ!俗に言うヘタレとはワイの事ですわ!据え膳食わぬは男の恥なんて言葉あるらしいけど、目の前に手出したら校内で迫害されるという脅迫状付きの一品を出されて食い付くアホがいる?
流石に春も眠っているだろう。
正直、何か知らんが興奮している。いや、気分もそうなのだが、体が妙に火照っているというかな。春が飯に何かを盛ったかと疑うレベルだ。
発汗は止まらんし、ベッドの上の春を勝手に思考が映像を再生して悶々とする……そう、このままだと明らかに問題事になる。
少なくとも、この湧き上がる衝動が収まるまでは大人しく居間に居よう。相手が梓先生だったら迷い無く部屋に飛び込んでいる所だが、相手を考えろ。
別の事を考えようかな。
例えば、そう体育祭が近い。校内有数のイケメンこと広瀬翔とやらが体育祭委員長に立候補し、積極的に励んでいるとか。俺も何度か話したことがある。
俺に笑顔で接してくれる数少ない人物だ。大抵のクラスメイトは接触して来ないし、俺からの会話を試みても怯えた表情をされる。……そんな犯罪者みたいた目付きしてる?
こうなったら整形手術だな。
注文内容は、全身からレーザービーム出るスペックの容姿にして下さい、と。これで尋常な武器では通じない鍛埜雄志Ver.2が完成する。
兎も角、今度の体育祭は隣町の器宮東高校と合同で開催するらしく、会場での設営もあちらが拠点となるらしい。用事が無いから殆ど寄る事の無い場所だ。中野は器宮在住だから、当日は道標として働いて貰おう。
中野といえば、激動の最近の原因だ。俺としては、また面倒事に巻き込まれないか心配である。
職員リレーがあるらしいが、二年間もこれを制覇したのが愛しの切花梓。完全に超人の域の身体能力があるそうで、陸上部の顧問を依頼されているらしいが、本人はこれを固辞。理由としては保健室で涼しくやってるのが好きだとか。
はっ、陸上部の盛った獣なんぞに梓ちゃんはやらねぇよ!彼女と鮮血絨毯を歩くのは俺だ!カーペットの材料は俺になりそうだが……。
「ん?」
携帯電話が震動する。
何事かと思って画面を見遣ると、知らない番号からの着信。成る程、出る価値無しッ!実は梓先生の連絡先は獲得しているので、それ以外は殆ど興味が薄いのだ。
俺に通話となると、詐欺師か夏蓮さん、それとも中野かな……?
心配だし、一応出る事にした。
「もしもし」
『夜分遅くに済まない。オレは隣のクラスの広瀬翔なんだけど、少し相談良いかな?』
「口座に振り込んだりしませんよ?」
『いやっ、詐欺じゃないから!』
予想外のさらに予想外。
まさか、(独りで)噂をすれば校内一の男子たるイケメン君からの通話ではないか。うほっ、耳が幸せになるぅ……!訳が無いんだな、野郎の声じゃなくて梓プリーズ。
しかし、今まで接点の無い相手から急に相談を求められるとなると、何だか厄介事の予感がする。というか、それしかない。
「俺に相談?どうして?悪いが、厄介事なら聞かんぜよ」
『梓先生に紹介されて来たんだけど……』
「話せ、何ぼさっとしてんだカス」
『話に聞いていた通りだ…………』
こちとら毎日梓ちゃんの好感度稼ぐので忙しいんだよ。早うせいや!
『率直に要件を言うと、体育祭実行委員会の書記を頼みたい』
「……筆先が暴走して(梓宛てに)恋文を書き始めるぞ」
『いや、真面目に頼むよ』
イケメンに貸しを作るとは、なかなか利益のある話……なのか?俺としては有用さが全く考え付かない。今でも充分満足してるし、友達が居ない事を除いて。
いや、そんな考えだから変わらない現状なのか。夏蓮さんとの交遊も始まったし、これが切っ掛けなのかもしれないな。
「了解、承諾しよう。他には?」
『えっ……』
「イケメンが先生に信頼に足る生徒を紹介して貰ってまで、有象無象に依頼するなんて裏があるとしか考えられん」
『じ、自分を卑下し過ぎだよ……。そうだね、実はオレ、好きな人が居るんだ』
「ほう」
えっ、さっきから何なのこのイケメン。
俺の予想の斜め上を征くんですが。これがリア充の最先端という奴ですか、遅れてる俺には予測不可であると。
『器宮東高校と合同で体育祭を開催るんだけれど、あっちの体育祭実行委員の女の子が好きで……』
「へえ、ワロタの二乗」
「霧島朝陽さんっていう、物凄く可愛い人なんだ。でも、その人にも好きな人が居て……」
「オワタを上乗せ」
「戸番榊、君も知っているだろ?実は彼がその意中の相手らしくて」
「ああ、“お人好し”で有名だよな」
戸番榊――高校生。
器宮町の学生らしいが、その名前は路鉈にまで耳にするほど。何でも運動神経がよく、幾つもの部活の助っ人として参加したり、人助けなら何でもしてしまう人間だとか。
それで“お人好しの戸番”と呼ばれている。
いや、なかなか手強いだろそれ。
「強敵なんだ……協力して貰えないかな?」
「仕方ないなチミは。親友として、協力を惜しむわけないだろ?」
「さ、三分の通話だけで凄いポジションに……」
「恋ばなを入れて三分で出来上がるんだよ、男の友情はな。それじゃ」
通話を切った。
広瀬翔には悪いが、正直勝ち目はない。有名になるくらいだから、戸番ってヤツもかなりのイケメンなんだろうし。
しかし、一度請け負った身だからな、これを機に広瀬が調子に乗らないか心配だぜ。
明日は梓ちゃんに尋問してやる。霧島朝陽?の件も知った上で俺に紹介したのか否か。
さて、体の熱も収まったし、俺も寝るとしよ。
春が居ようと変わらないさ、謎の同居人さんが俺の身体的な事も加味して製作した専用の枕などで完成したベッドは、入って一秒で意識がログアウトする仕組み。
春という異分子が既に搭載されていようと、その機能は従前通りに働く筈である。俺は理性のある獣だ!……あれ、それはダメなのかな?
自室の前で深呼吸する。
もう、あれから三時間経過した。春も寝ているだろうし、特に煩わしい事はない。ただ眠りを妨げぬ様に、静かにベッドに入ろう。それが駄目なら、別室で布団でも出して寝よう。
俺は足音を忍ばせ、ゆっくりとドアを開けて入室する。
「遅い」
「いや、知ってるか?俺の家、お前の知らない六年の間に迷宮になってさ。主の俺でも通行は難しいんだぞ?」
起きてたぁぁぁぁぁぁああああッ!!!?
しかも、下着姿で寝てるってどゆ事?誘ってるの?いや、そんなはしたない女の子に育ってる訳が無いよな?信頼できる男として、そもそも考えてないとか、油断してるってだけだよな?
き、期待に応えて……ぐへへ……やろうじゃないか!
俺も布団の中に失礼する。
うん、背中に当たるのはアレだな、第二の枕と思えば……あ……意識が落ち……る……。
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――一秒で意識が落ちた雄志の隣では……。
「……えっ、雄志?まさか、え?」
自分が雄志の為に用意したベッドが、期待した展開が発生する前に眠らせてしまった。食事に味覚を刺激せぬよう絶妙に調合して混ぜたイケナイ薬があったというのにまさかの失着、これが敗着の悪手となるとは予想外だった。
「……次、次こそは……」
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
唐突に電話が来ると身構えてしまいます。
因みに、友達にイタ電を一度受けた事があり、無言の通話が続いて一方的に切られた後、一通のメールが来ます。
『この度はイタ電をご利用頂き、誠に有り難うございました。
またのご利用、お待ちしております。』
ほんと、迷惑掛けないようにしましょう。
次回も宜しくお願い致します。




