十四話「勘違いはあきまへんで!!」
梓先生による禁断の質問によって、遂に乙女心が知れるぅ!!一体誰がそんな企画したかって?それは我らが梓、イエス梓、サタン梓!
俺の期待に沿うか否か、答えは絶賛勘弁してくれと言いたい。
急激な精神的重圧を受けて腹部が鈍痛を訴える。例えるなら、梓先生の肘鉄が胸部に命中した程度。
まあ、その威力なんて熱烈に愛してる俺以外が知っている訳がない(数少ない問題児の中でも雄志以外は受けた事例が絶無)。
いつもなら戯れとして受け流せるが、さしもの鍛埜雄志ですら耐久許容上限を超える衝撃に体の不調は仕方無いであろう。うん、許してマジで。
質問を受け、回答者として指名された二人――幼馴染の春と、路鉈高校のアイドル夏蓮さん。二言目にて核心を突く梓に、困惑で口許が引き攣っている。春は異変が判り難いが、凄い動揺しているな、これ。
何故か指名された訳でも無いのに横で顔を真っ赤にしながら、目を爛々と耀かせている中野。お前が動揺してどうすんだよ気色悪いな。
俺?俺は至って冷静だよ。ただ腹痛が更に悪化して脂汗が滲み出してる状況。何なら咆哮しながらトイレに駆け込みたい衝動を抑えてる(混乱よりも腹痛が勝る)。
しかし、校内で首位を争う両者の言動。一言、一挙手一投足が注目されてしまう故に、男子達は些細な事柄で自分と結び付くと好意の有無を判断する。勝手に舞い上がって、勝手に失望するのだ。
高校では梓先生に無心だったが、中学生はそんな経験があったのを憶えている。予想を裏切られた時は酷く落胆したなぁ。
中学二年の時に図書委員で共同作業を何度かした女子が人気者で、読んでいた本の傾向や気に入っている作者も同じである事から意気投合したのだ。
それから数ヵ月の交流が続いて、彼女に意中の異性が居る事が発覚。人名は明かさず、漠然とした特徴以外を頑なに語らない姿勢から、最近関わった男子達の期待が膨らんだ。勿論、俺もその一人だった。
そしてある日、俺の下駄箱に一通の手紙。屋上にて彼女が待っていると書き記されており、俺は急いで現場へ駆け付けた。
結果は……残念な事に、待っていた彼女に聞くと、目許を赤く腫らしながら俺の下駄箱に間違えて入れてしまったと告白。
確か、向かう途中の寒い廊下で珍しく笑顔な春と擦れ違ったのも記憶が鮮烈な理由だ。告白を聞いた後は蹌蹌と帰ったな。
……はい、勘違いでした、人生には幾らだってある事だから仕方な恥ずかしィィィィィイイッッ!!!
あたしの純情を弄んだわね、一生恨んでやるんだからバカ!本番では成功しなさいよね!?
兎も角、いや別に二人に期待はしていない。
春に関しては俺を揶揄う為であって、期待はうん、してないよ、本当に。だから俺は直接本音を拳に乗せて来る梓先生が好きになった。マゾヒストじゃないぞ!
固まっていたヒロイン二名が、暫し続いた沈黙を遂に打ち破って声を絞り出す。
「私にとって、雄志くんは――だだ、大事な、とも友達です!」
「雄志は、私にとって――……ううん、いい。遺憾ながら横の女狐に同じく」
夏蓮さんは可愛らしい回答、そして予想通り。
春、お前のその珍回答は面白いな。何故に韜晦した上で更に意味の判らん言い回ししたのかな?
兎も角、絶望しなくて済んだようだ。男女間の雰囲気を気まずくしようとした堕天使アズサの目論見は見事に失敗に潰えたのである。
一応、正面の彼女を見ると……なっ、何ィ!?ご満悦だとォ??
俺の顔を見て恍惚としている!……訳でも無いみたいだな。中野も何か先刻からきゃーきゃー叫んでいるが、いつ性転換でも起こしたんだろうか。机の下では内股になって、口許で両拳を握っている。
「よかったなぁ、鍛埜」
「梓先生、どういう意味?後日、保健室でじっくり教えてくれ」
「頻繁に来るな馬鹿者、何かと口実作って来るんじゃない」
「困っている生徒を見捨てるって言うんですか!?」
「汚ならしい欲望の捌け口を求められても、こちらが困る」
「ギクッ」
「図星か」
「グキッ」
「腰はそろそろ高齢期か」
「ガキッ」
「何か堅い物でも噛んだね」
「ゴキッ」
「何処が折れた?」
「ゲキッ」
「滅ッ!」
何にでも反応してくれるな、そこが好き。
カフェの店内がより混雑して来る時間帯となった。夕飯の時間もそろそろ、この頃になって来ると以前に夏蓮さんが暇乞いを告げた門限が近づくのだけれど。
予想は的中し、夏蓮さんは腕時計の針が指す時間を検めると、徐に席を立ち上がった。全員へと律儀に一礼する。止してくれ、俺に頭を下げて良いのは中野と全国のリア充だけだ。
「ごめんなさい、門限が近付いたので私はこれで。今日はとても楽しかったです」
「おう!俺も美少女エキスが吸え……叶桐ちゃんと遊べて楽しかったぜ!」
「中野、お前は隠す努力しろ」
「そうだねぇ、それじゃアタシが責任もって家まで届けよう」
梓先生も手元の珈琲を一気に飲み干すと、口許を無造作に手背で拭って立ち上がる。一動作が男前過ぎて周囲の人間すら見惚れている。
俺と中野も席を立つ。
「あ、春。今日はお前の分も俺が支払っとくよ」
「え……でも」
「任せろ、今日はとことんお前に尽くさないとな」
「……うん」
微笑む春に、思わず心臓が高鳴ったが、腹痛の余韻の所為で判り難かった。
「お、鍛埜やるね!じゃ、頼んだよ!」
「梓ちゃんは大人だから自腹が当たり前だよね?」
「ちっ」
「そんな小汚い所も愛してやれるのは、やはり俺しかいないよな」
「戯れ言吐いてないで払って来いや!」
「梓ちゃん、人格に異変が……!?」
其々がお勘定を済ませ、店員に一礼してから帰路を辿る。本来なら、前回同様に俺が夏蓮さんを見送りたいが、梓先生の方が教師という立場もあるから適任だろう。何より、女性だと侮った連中は間違いなく鉄拳による沈黙が確約される。
中野は美少女の放課後に関われただけで満足したのか、鼻の下を伸ばして空を仰ぐ。凄いな、体格が良いし周りが暗いから猩々(ゴリラ)に見えた。
またもやショッピングモールから徒歩数分の高層ビル住宅地にて、彼女は全員に頭を下げてから去った。律儀なんだが、やはり家の近くまで送らせてくれないな。
梓先生、俺と春、中野で歩道を歩く。
彼女は風下で煙草を吸い始め、紫煙を夜闇の虚空に溶かす。そういえば大人って、どうして煙草を吸うのだろうか。健康としては悪影響以外に要素が無いし、後々厄介な病気の元凶として挙げられる。それでも愛用する人がいる理由とは?
「先生、煙草って何が良いんですか?」
「ん?カッコいいからだ」
「うん、吸い始めた理由は?」
「英国でナンパしてきたチンピラを撃退して、危険だからと徴収したのを少し味わった時、旨かった」
「梓ちゃんと間接キス!?そのチンピラをぶっ殺してやる!!」
「雄志、闘志を燃やす話じゃない」
春に諌められてしまった。
だがそのチンピラ、必ず始末したる。梓ちゃんの唇は俺だけの物だ!はっ、もしかしてさっきのコーヒーカップで出来たんじゃないのか!?
愚昧極まったな、鍛埜雄志!
「ん、此所でお別れだ」
梓先生はバスターミナルで足を止めた。
「梓ちゃん、明日も保健室で」
「手厚い歓迎をしてやろう」
「それ、ノットホスピタル?」
スーツ姿の彼女に背中を押されて、俺たちは先に進んだ。
あと少し踏ん張ってたらナースさんとの面会になってたかもしれん。何それオイシソウ。
中野は器宮町行きのバスに乗って去り、俺は春と二人で家路を辿る。
そう、この後は春と自宅で二人きりだ。字面からしても、俺はまた胃もたれが起きそうだ。
「今日は飯だけ食って行くのか?」
「ううん」
「?じゃあ、何するんだ?」
「泊まる、宿泊」
「おおう……お惚けの先手を封じられた……!」
まあ、年頃の女の子だ、冗談なんだろう。
だからね――春、その期待で潤ませた目、やめてくれない??
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
掃除の季節がやってきた。




