十三話「梓は悪魔か救世主か」
自宅待機のお暇に一添えのギャグを。
あの時を準えるかの様に、俺達はカフェに来ていた。それも一人、梓先生を一行に加えての入店である。
俺はその後、二人に睨まれながらも春の服を購入し(鼻の下を伸ばして)、梓先生による提案でカフェを選んだ。出張の帰りに気紛れでショッピングモールに立ち寄っていた最中、偶然にも俺達と遭遇したのだという。
成る程、やけに今日は春と久方振りに会話したり、ファッションショーが開催されたりと奇妙な出来事が発生する。
平時の平穏が崩れ去ったのは、つまり梓ちゃんの出張に起因する!やはり幸福と平和には彼女が必要不可欠なのだ!
カフェへの道中も愛を囁き続けるが一顧だにせず、寧ろ時折だが視認できない速度で拳骨を叩き込まれる。威力としては、日頃から喰らっているものの半分程度だが、痛い事に変わりない。
カフェで座席に着くと、梓先生は俺の現況を聞き及んで哄笑していた。それはもう愉しそうに、俺の不幸が最上の悦を催さんとばかりに。いや、迷惑だからカフェで笑うのやめろ、大人がはしたないぞ!
俺の左右を挟んで着席する夏蓮さんと春。
対面に梓先生と……中野、成るほど代われ。
「そうかそうか、良かったな。我が校で教師陣でも噂になる美少女二名がお前にご執心とは」
「ちっ、違いますよ先生っ!」
「うん」
梓先生の軽口に翻弄される夏蓮さんと、一寸の否定の意すら見せぬ春。いや、即答されても困るんだけれど、俺そんな事聞いたら家に入れられないんだが。
それでも梓先生のお気に召された様子であり、悪戯の対象を見付けた悪童の様な笑みを浮かべる。ははっ、そんな顔も愛らしいぞ。
中野が隣である事は些か不満だが、対面に居るからこそ、じっくりと観察し得る部分もある。今日の梓先生のスーツ姿は、中々どうして大人の妖艶さと美麗が互いを打ち消さず、煩わしさも無く融合している。
うちの学校の偏差値って、実は女子の凄さなんだろうな、きっと。
「鍛埜、先刻からアタシの顔を真面目に見詰めてどうした?」
「梓ちゃん、後で写真一枚良いよね」
「良いけど、シヤッター切るかアタシの拳が鍛埜の携帯電話に入るか、どちらが先か判らないよ?」
「どっちにしろ俺のスマホが破損」
拳骨で散々理解したが、あれよりも素早く動ける人間なんざいない。因みに、俺は愛してるから回避するなんて選択肢は無いけどなっ!
しかし残虐系ツンデレである梓先生は、先日の『意層乖離』と同様に謎を持つ。そんなミステリアスな部分も好きだけど。結婚出来るなら靴が溶けるまで舐め続けられる。
「美少女二体を侍らせてアタシしか見ないなんて、その脳構造はどうなってんの?」
「おいおい、こんな悪い俺に変えたのは君だぜ?」
「補足するわ、その虫酸の走る思考回路はどうなってるの?」
「おいおい、こんな悪い俺に変えたのは君だぜ?」
「悲しいけどアタシなんだねぇ……」
自覚が無かった!?そうなると……俺はこれ以上の求愛をしなければならないのか。現状でもかなり危険なのに、更なる高みとなると警察との対決も近いな……!
一人の生徒を過った道に走らせたのが己の所為なのだと、頭を抱えている梓先生。いや、貴女は間違っていない、間違ってるのは君と俺を縛るこの法律だ!!
「任せろ、梓ちゃん。俺が必ず世界を倒してみせる!」
「そうだな……悲しいけれど、鍛埜を救う為に手段を選んでいては駄目だよな」
「了解!取り敢えず、その拳を収めようぜ?火を噴く先を間違えちゃあいかんぜよ」
梓先生から曾て無い迫力が感じられた。
無理だねぇ、人間というか鋼でも耐久できるか否か、予想不可の領域だ。何なら横の中野で試行してみよう、結果なんて店内に一つ仏が完成するなんて遣る前から解っているけど。
先程から周囲の視線が剣呑になっている。まあ、こんな美人を三人も引き連れていればなぁ。俺と中野は、恐らく鼻の下伸ばしたゴリラか猿にしか見えていないだろう。
校内有数のイケメンだったならば、一つの楽園として映えていただろうけど。残念だったな、貴様らの不幸は俺達にとっては蜜なんだよ!
そんな失礼極まりない事を考えていると、横から春が脇腹を摑んで、指を鮫の歯牙さながらに食い込ませてくる。痛いなんて優しい、そのまま手を引いて行かれたら、皮膚と骨、内臓が一斉に付いていっちゃう。
反対からは、腕を小さく摘まんでくる夏蓮さん。やや不貞腐れた顔で、唇を可愛らしく尖らせていた。いや、胸キュンするくらいに愛らしいんだけれど、指先に挟んだ肉の面積が小さくて、予想以上に圧力かかってて痛い。
両側から挟撃を受けて、白目を剥く寸前の俺を目にする梓先生は嘆息する。
「琴凪、叶桐。色恋沙汰を流血沙汰にするのは止してくれよ。一応、鍛埜やお前達もアタシの可愛い生徒なんだ」
「梓ちゃん……」
「お前達が手を汚すくらいなら、アタシが鍛埜を処理する」
「え、嘘やん」
俺の死は変わらないの??
それから五人での穏やかな談笑が始まった。先程の様に攻撃の予備動作に入ったり、殺意剥き出しの眼光を飛ばしたり、脇腹を抉らんばかりに摑んだりとかは一切無い。
いや、(梓ちゃんへのプロポーズを除く)冗談言っただけで数回死にかけたんだが。もしかして、路鉈高校の偏差値って女性の危険度を表していたのかな?
俺としては別に、刺激的で良いけどな!何かあれば、神様やお人好しの戸番が助けに来てくれるだろ(他力本願)!
しかし、最初は懸念していた春と夏蓮さんの激しい対決も、梓先生が参入してから鎮静化した。良くも悪くも、大人の監視下とあって下手な真似には出れないのだろう。いや、攻撃性が高いのは春だけだが。
「そういえば鍛埜、何で叶桐と琴凪と遊ぶようになった?」
「何だい、嫉妬かい梓ちゃん?」
「戯言はよせ」
「辛辣やなぁ」
即否定された。
「俺と春は幼馴染、夏蓮さんは……偶然町で会ってさ、それで一緒に遊ばないかって……」
「ナンパです」
「春さん?声帯は正常に機能してはります?」
俺の隠喩があっさりと消された。
梓先生はごみを見る目で俺を見詰める。おいおい、別に浮気した訳じゃないんだか……おっと、今肌寒くなったぞ、殺意を感じた。
「ナンパねぇ、鍛埜にそんな度胸あったなんて」
「俺を何だと思ってるんです?」
「骨抜き魚」
「優しいし旨いじゃん」
中野といい、梓先生もだが例えが微妙過ぎる。
梓先生は幽かに口端に笑みを浮かべると、前のめりになって夏蓮さんと春を見詰める。
「叶桐と琴凪は、鍛埜の事が好きかい?勿論、異性という観点からしてだよ」
えっ――それ、聞いたらアウトじゃん。
あなた、場を掻き乱さないでくれるかしら?鎮静化したと思ったら即座に何してくれるんですか。悪の使者なのか救世主なのか判然としねぇな!?
暫く押し黙っていた二人は、同時に口を開いた。
「私にとって、雄志くんは――」
「雄志は、私の――」
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
次回も宜しくお願い致します。




