十二話「真の勝者、それは君だ!」
試着スペースは思ったより広い。
俺と中野は、その前に待機している。何故か突如として催されたファッションショー、それも校内トップ2の美少女による争闘の審査員に任命されてしまった。
別に構わない、寧ろ夢見た展開でもある。
ただ問題なのは、その判断基準だ。可愛いかどうかならば、恐らく目にして心臓が高鳴った方だろう。……二人の位階なら、俺は血管が耐えられない。
そこで中野を審査員に加えてなのだが、こいつに二人の私服姿が御披露目される事が些か不満である。いや、折角だが秘密で仲良くなった所為で独占したい夏蓮さん、六年振りに親交が始まりつつある春。
我が儘なのは承知しているし、でも他の男に破廉恥な目で見られるのが不快だ。……そんな俺の屈託も知らず、中野は全開で欲望丸出しの面である。
「中野、審査の判断基準は……」
「エロいか、その一点のみッ!」
「もはやそこまでいくと清々しいな、お前」
「漸く認めたか、鍛埜!」
「ああ、お前がそこを少しでも包み隠さない限りモテないっていう残酷な真実をな」
「ふっ……人の事が言えるのか?」
「少なくともお前よりはな」
俺だって梓ちゃんを一目見た時、その見目麗しい姿に惚れたのだ。実際、その肢体の豊かさやファッションセンスだとか雰囲気が妖艶だとかは、後々になって気付いた。少なくとも中野より真摯だと思う……そうであって欲しい!
しかし、俺が特に気になるのは夏蓮さんだ。
初対面の時にコートで放課後に外出して身分を隠さねばならぬ程だ。さぞや神々しい結果となるだろう。春の場合は、成長があるからね、色々あるんじゃないかな。……っと、やけに唾液の分泌が……。
欲望丸出しの俺が待機すること暫し。
遂に準備が完了したらしく、薄布一枚を隔てた向こう側には滅多にお目に掛かれぬ私服姿の美少女が配置されている。ここに来て現実味が失せてきたな。
先ずは夏蓮さんからのスタート。カーテンを開いた先には伝説の秘宝。
サンダルに紺のスキニーパンツ、そして清楚な印象のある彼女に似合うノースリーブの白シャツ。これだけでも素晴らしいというのに、あろう事か男の女子萌え最大要素の一つたるポニーテール!
俺達に見せようと体の向きを変える時、一つに結われた髪が可愛らしく揺れる。
「や、やべぇ……鍛埜、やべぇ……!」
「語彙力が草」
「俺、生きてて良かった……ッ!!」
先刻から拝む事しか出来ない中野。
おいおい、貴重な体験をしているのだから、確りと評価してやらないと駄目だろう。感想なんて一つだ、夏蓮さんでなくては醸し出せぬ魅惑的な雰囲気が惜し気もなく出ている。
天然でファッションセンスまで俺の想像を超越していた。
夏蓮さんは照れ臭そうに笑いながら、踞っている中野ではなく此方に体を向けた。やめろ、直視されると俺が死んでまう!
「どう、かな?」
「す……凄い……その……」
「凄い……?」
「エロいっス」
「え」
「に、似合ってるとか美しいなんて恥ずかしくて言えねぇよ!!」
「普通は逆だと思うよ!?」
嘘です、本心が口から出ました。
衝動を抑えられない状況に直面した時、人は心の内に溢した声を自然と口にしてしまう時がある。
因みに俺は森先生の悪口を授業中に考えていたところ、後半三〇分間も口に出ていたらしい。……あの時の廊下は、どこか涼しくて心地よかったな……。
真っ赤になって、カーテンで身を隠した夏蓮さんは、俺を可愛らしく睨んだ後に小さく呟いた。うん、ポニーテールが大好き男子の俺には顔まで引っ込めないと効果は持続してしまうぞ。
「……雄志くんのえっち」
あ、今のも聞こえてたの?
「夏蓮さんみたいな美少女を前に欲望を隠す方が難しいんだが。……なあ、中野?」
「え、あ、ああ、そうだな!」
「何故に前屈みなのか、教えて欲しいな」
奴はまさか、俺以上の感受性を持ってしまったがために、夏蓮さんの私服姿が些か以上に刺激的だった様である。いや、俺も共感るぞ、その気持ちは。
夏蓮さんの恥じらう姿自体が学校でも見られない一面だからな。……いや、実際に彼女の存在に気付いたのは、ほんの二週間前の出来事でそれ以前なんて知らんけど。
続いて――春の準備が整った。
既に夏蓮さんの衝撃で理性が崩壊寸前の中野に止めを刺す真似だが、俺だって気になるから止めはしない。最悪は、この場で暴走した中野を始末すれば良いだけの事。……店員さん、こいつ変態です、通報して下さい!って。
……え、俺もだって?何を言ってるんだ、中野は囮で、その時には俺は美少女二人を誘拐する算段だよ(俺が一番の下衆だった)。
カーテンがゆっくりと開く。
前身頃を開いた薄手の辛子色パーカー、下に黒のタンクトップとショートパンツ、帽子を被った姿態だった。開けて暫く、俺と中野は思考を放棄した。
今回ばかりは、言い訳が利かない。はっきり言おう、俺の好みだ。こういうラフな感じが、特に好ましいのだよ。
何だろう、的確に衝かれている感じはあるけれど、それでも涙が止まらない。……あ、鼻血だった。
元よりモデル並みにメリハリのついた躰は、些細な動作でも蠱惑的であり、男としてはその格好で彷徨くのは危ない気もする。
現に、中野は白目を剥いて俺の胸に倒れ掛かって来た。……回避!した所為で床に倒れてしまった。え?勿論起こさないよ、寧ろ踏むよ?
春はただでさえ薄いタンクトップの襟を少し摘まんで見せた。
「雄志、どう?……エロい以外で」
あ、先手を封じられた。
「好みです、可愛いです、似合ってます」
「……美しい、は?」
「え、それは夏蓮さんだろ。……あ」
「……今日の家が、楽しみ」
解散後の事を言っているんだろう。
しかし、そんなほの暗い目で言われると、死刑宣告以外に意味が感じられない。今日の春は本当に何を考えているか読めない。
二人が俺を見詰め続ける。
審査員一人が失神したとなれば、全ては俺の裁量に懸かっている。個人的な好みで言えば、それは春の方が比重の大きさはあるけれど、夏蓮さんのポニーテールに清楚系を付加した要素も捨て難い。
中野よ……何故だ、なぜ俺を残したァっ!?
駄目だ、もう……疲れたよ、パト◯ッシュ。
「雄志くんは……どっちが良い?」
「雄志、どちらを選ぶ?」
「ぐッ……お、俺はどっちも――」
「「どっちもは無し」」
「中野、今から私もそっちに行くわ!行かせて!」
アイツだけ失神しやがって……!
どうする?
夏蓮さんを選べば、解散後の家で春に何をされるか判らない。危険な予感がある。
しかし、春を選択しても好みに引っ張られた様な感覚があって、審査員としては公平ではない気がする。俺に求められているのは客観的視線を求められている(かもわからん)!!
「お、俺は――」
どちらを選ぶか、究極の選択肢に逡巡していた時に――神は降臨する。
突然、横のカーテンが開け放たれると、一人の女性が現れた。片手に試着を終えた服を抱え、ヒールの高い靴を履く女性。眼鏡をしており、軽く編み込んだおさげの髪、スーツにタイトスカートだった。
俺は一目見た刹那の一瞬に、何者かを理解した。彼女もまた、俺の方に気付いて目を瞠る。
「おや、鍛埜じゃないか?奇遇だね」
「あ、あ、梓ちゃん……!?」
そう、保健室の守護霊にして我がスイートハート――切花梓その人だった。
そうか、今日の彼女は出張中だったのだ。保健室に彼女が不在であるがために、昼食の時から続く数奇な運命に巡り合ってしまった。くそ……張本人が出てきやがったな、俺がどれだけ煩悶としたか……!
しかし、普段は私服の上に白衣なのだが、スーツ姿という差違に打たれる。駄目だ、恨めねぇ、やっぱ好き!!
俺の心は抑制の手を振り解いて声高らかに本音を晒していた。
「梓ちゃんの勝利ッ!!」
「「え」」
「ん?アタシ?何の話?」
困惑する梓ちゃんを他所に、俺は二人から説教を受けました。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
移行作業は今日中に終了します。
次回も宜しくお願い致します。




