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一話「そうだ、ナンパしよう」

どうぞ!



 昼休憩を過ぎてもまだ、少年は保健室に籠城していた。

 担任教師に欺瞞を張り、体調不良という(てい)で事を済まそうとする。

 保健室に常駐する教師は何度目かも判らぬサボりを容認する己の甘さ、それを嬉々として利する少年の悪辣さに辟易していた。

 無断欠席より質の悪い素行の少年に、もはや一片の遠慮すら不要。換気扇は一応回すが、堂々と喫煙する。ストレスが溜まり易い、特に少年の所為で。


 しかし、教師として一人の生徒が堕落して行く様を看過する訳にも行かず、顳顬(こめかみ)に青筋を隆々とさせて歩み寄る。足取りから既に修羅の如き気迫が滲み出していた。


 少年――鍛埜(かじの)雄志(ゆうし)は、カーテンを締め切ったベッドの上で機敏に感じ取り、カーテンを握り締めて待ち構える。

 無造作な黒髪は寝癖ばかりであり、目付きの鋭さは初対面で幾度も問題事の種となる。その凶悪な相貌を不安に震わせていた。

 保健室を預かる者と、寄生する怠け者。両者はカーテン越しに睨み合う。

 カーテンを摑み、互いの力が拮抗する。

 しかし、時間の問題だった。

 女性とは思えない膂力を発揮する教師――切花(きりばな)(あずさ)は、未だ限界を知らず、ゆっくりとその均衡を崩し、己へと傾かせて行く。


「さあ、鍛埜……アタシの気が変わらない内に出てきな。言い訳せず、素直に出てくれたら担任に弁解してやっても構わないよ」


「先生、知っていますか。かの万有引力の説に続き、科学の発展を支える偉大な発見は、いつも何気ない、それこそ思考を回していない様な日常で悟るものなんですよ」


「ほう――して、お前にもそれがあると、言いたい訳だな?」


「ふっ……楽しみにしてて下さいよ」


 梓が一度手を放して微笑んだ。

 雄志もまた、安堵に笑顔を浮かべた――が、カーテン越しに彼女の紅い瞳が妖しく輝いたのを察して、総身に粟肌が立つ!万力の如き腕力で、カーテンから不良生徒の本性をさらけ出す。


「下らんッ!!」


「ああん!!やめてぇ!」


 情けない声と共に、雄志はベッドに倒れると、素早く上掛けにくるまって簑の様になった。

 頭上では、骨の音がする。殴る前の下準備。

 拳骨に闘志を滾らせた示威行為、年頃の少年ならば漫画ではよく見る光景が本物の恐怖を乗せて体現されていた。

 普段ならば校内の教員でも比類無き美貌と称えられる(かお)も、今や般若の如く悍ましいモノに化している。

 ショートの黒髪を豊かな肢体から溢れ出す怒気の熱で靡かせ、切れ長の紅い瞳を細めた。

 感情を物理的現象に作用するほど強い意思がある。

 薄い唇の片方から覗く八重歯は艶やかに白く、されど今はナイフや凶器の類いに見えた。


「さあ……今おまえが発見した真理、ここでアタシに聞かせてくれよ?」


「すいませんでしたぁッ!!」


 俊敏な動作で上掛けを剥いで、土下座の姿勢を取る。

 雄志のその姿を睥睨し、静かに笑んだ梓は、彼の襟首を摑んで床に引き摺り下ろした。

 漸く梓は妖怪から美女へと回帰し、保健室の扉を開けて雄志を催促する。


「ほら、早く出な」


「梓先生……何故、俺が五時限目を回避(エスケープ)するか、ご存知ですか?」


「一応、聞いておこう」


「貴女に会いに来る為、ですよっ☆」


 雄志は頭部を鷲摑みにされ、室外へと放り出された。

 男一人を投擲する腕力に彼は言及せず、壁に叩き付けられて踞った。

 煙草を吹かし、梓は嫣然と笑む。


「副担の森先生が嫌いなだけだろ。更に重ねて数学が苦手なだけ」


「チクショウ!色仕掛けも駄目かよ!」


「色気が微塵も無い癖に、よくやるねぇ……」


「見てろ!絶対キュンとさせてやるからな!」


「早く行きなさい。命は惜しくないのか?」


「本当に保健教室の先生??」



**************




 俺は鍛埜雄志――路鉈高等学校に通学する現役の男子高校生!

 入学早々に遅刻し、梓から熱烈な告白(せっきょう)を受けたのが初対面。

 待てよ、俺は不良じゃない。

 言い訳……ちゃんと真摯な理由がある!


 道に迷っていた外国人のお爺さんを助けようと、万年英語が赤点の乏しい頭でありながら無謀にも声を掛け、苦心惨憺としながら目的地の駅まで案内した。

 切符の買い方が判らなくて買ってやったら、今度は乗り方が判らないと言われ、やむを得ず着いて行く。

 それからホテルまでネットでマップ検索をしながら案内し、遂に到着したのだ。

 見事なサポート、俺は紳士だ!

 しかし……俺の居る叶桐市というのは地方都市。まさか、東京まで数時間、一日潰してお爺さんの介抱してたとはなぁ……。

 そして二年に進級したが、そんな事を繰り返す内に周囲から疎遠になって……あれ、俺には梓先生しかいないんじゃない?

 やっぱ愛してる!


 教室に戻ると、因縁の宿敵たる森先生が教卓にて生徒を睨め下ろし、尊大な態度で教鞭を揮っていた。

 俺を見つけて、早速嘲笑を浮かべる。


「おや、今日はサボりではないのですか?」


「違いますよ、森先生に会うとなると緊張してしまうので、化粧を直していただけです」


「……本校は化粧禁止ですが?」


「嫌だなぁ、どうせ皆してますよ。それに、俺はアイライン整えただけですし!」


「目付きの悪さは元々でしょう……」


 誰が目付き犯罪者じゃコラァっ!?

 あ、でも以前に保育園のボランティアに参加したら、子供に「知ってる!三丁目の狂犬と同じ目だ!」って嬉々として指摘された。何だよ、“三丁目の狂犬”って。

 それで確認したら、野山に放置された本物の狂犬だった。予想以上の面構えだし、何か因縁付けられて町で遭遇した時はめっさ追い掛けられた。


 クラスメイトが俺の無礼な返答の数々に爆笑を堪える。そんだけウケるのに、友達少ないって可笑しくない?人を都合の良いギャグマシーンと思ってるだろ。

 森は大袈裟に嘆息する。


「仕方ありませんね、着席しなさい」


「ありがとう、森先生。絶対にいつか倒す」


「バケツ持って廊下に立ってなさい」


「時代遅れだぜ。今じゃ鞭打ちが最先端」


「水で満杯にした物で頑張りなさい」


「先生のいけず!あなたは時代の敗北者よ!」


 そんな風に吐き捨てなかがら、バケツを持って廊下に退散した。





**************




 数十分の耐久を終え、チャイムと同時にバケツを下ろした。

 鍛えた甲斐があった……お蔭で腕の疲労は大した事は無い。……あれ、腰が、腰がすごく痛ぇ!!


「よう、鍛埜。……何してんだ?」


「今教室に近づくな!ウイルス感染で皆がゾンビ化してしまった……療法は水なんだが、教室を開けてしまったら、被害がより大きく波及してしまう!速やかに避難しろ!」


「成る程、サボりを遂に咎められたか」


「察しが良くて助かるよ、馬鹿野郎」


 俺に話し掛けて来たのは、中野(なかの)浩介(こうすけ)

 側面を刈り上げた天然の茶髪は短く纏められおり、本人の快活な雰囲気と相俟って明るい印象が殊更に眩く見える。体格が良く、平均よりもやや筋肉質な体。

 雄志にとって、数少ない(五本指で収まる)友人の一人。


「その体……バケツ持ちの時だけ貸せ……!」


「合体するか!?」


「腰だけ貸せ!」


「絵面が気持ち悪いぜ?それは止めとけ」


 中野は笑って雄志の隣に移動すると、壁に凭れた。


「お前さぁ、いい加減にしろよ。それだと、校内ランキング二位の幼馴染に心配されるぜ」


(あいつ)とは何年も話して無いぞ。登校時間も合わんし、姿自体も校内で見てないな」

(校内ランキングって何だ……?一位は断然、梓ちゃんだよな?)


「総会とかで、生徒会として壇上に居るだろ……」


「自慢じゃないが、寝てるから知らんな」


「じゃあ自慢気な顔すんな」


 胸を張って言った。……自慢じゃないよ、ホント。

 中野は呆れ笑いを浮かべた。が、直ぐに一転してにやけ顔で詰め寄ってきた。


「なあ、色恋沙汰もなかった一年生の無益な時間を繰り返したくないよな?」


「え、俺は梓ちゃんに一途だけど」


「浮いた話の一つや二つ、作りたくないか?」


「え、俺と梓ちゃんの話は噂されてないの?」


 中野が血涙を流しながら、襟を摑んできた。

 怖じ気を震って反り身になる俺に、更に顔を寄せてくる。意外とホラーで草。


「行くぞ」


「何処に?」


「可愛い娘を捕まえに」


「逮捕沙汰やんけ」


「中心街でナンパだ!!」


 俺はその提案に、暫し困惑していたが、思考とは分離した口が自然と動いていた。


「成る程」







アクセスありがとうございます。

「面白い」、「続きが気になる」、「アホなんだねw」、などの感想がありましたら、ポイント評価やブックマークをして頂けると嬉しいです。


対照的に「面白くない」等々がありましたら、撤退して頂いて構いません。……べ、別にっ、寂しく無いんだからね!?



次回も宜しくお願い致します。



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