困り者の理由
今よりもずっと昔、それこそお祖母さんやお祖父さんの子どもの頃でさえ少し前と言えるくらい昔、立派な虹がかかった森がありました。その虹はなんと逆さまで、大変珍しかったのでいつしかその森は『逆さ虹の森』と呼ばれるようになったのです。
逆さ虹の森は動物たちがたくさん住んでいて賑やかです。キツネもクマも鳥たちだっていっぱいいます。しかし、生き物が多ければ何かしら騒動が起きてしまうもの。さあ、今日も賑やかになってきましたよ。
逆さ虹の森でいつもみんなを困らせるアライグマは、今日も今日とておいしい食べ物が見つからないと周りに当たり散らしておりました。
森の動物たちはその様子を戦々恐々として見ておりました。とても手をつけられたものではなかったのです。
どうしよう、どうしよう、と動物たちがオロオロとしていると突然アライグマは何かに足を取られて転んでしまいました。
「っ~~!なんなんだいったい!」
アライグマは自分で勝手に転んだくせに怒り出します。もうお手上げだと一部の者たちは離れていってしまいました。
さあ、困ったのはその近くに家を構えている者たち。自分たちの近所は荒らされるは、暴れ回るから煩いわ、もう散々です。
と、そのアライグマの顔にどんぐりが上から投げつけられました。
「だれだ!」
「ふふ~ん。どうだい、おいらの最新作は?かなり苦労したんだぞ、自分の何倍も大きい奴をつまずかせるようにってつくるのは。まあ、すっころぶとは思わなかったけど」
リスです。リスはいつもアライグマにちょっかいをかけては彼を怒らせています。
「またお前か!いい加減にしろ!」
「ええ、でもみんな困ってるんだぞ。おいらだって困るんだ。お前が暴れて森をむちゃくちゃにするから日々の食事だって一苦労だよ。お前のせいで家が壊れた奴だっているんだ。夫婦仲が悪くなったところもね!」
「そんなのおれが知ったことじゃない。それにそいつらのせいだろう!おれがおいしい食事をとれないのは!そいつらが自分たちだけおいしいものを食ってるんだ」
アライグマはこれまた理不尽に怒り出します。リスはリスでそれを呆れた目で見るのです。
「そんなわけないでしょ。おいらとお前じゃあ食べるものだって食べる量だって違うんだぞ。おいらがおいしいって思うものとお前がおいしいって思うものは全く別のものじゃないか。それをおいらたちのせいにされたらたまったもんじゃない」
リスはふんと鼻を鳴らして枝から枝へと移ります。
「そろそろ落ち着きなよ。おいらだっていつでも暇なわけじゃない。お前が自分で自分をちゃんと制御できなきゃそのうちみんなに襲われるよ。あいつらだって鬱憤は溜まってるんだ」
リスはそう言い残して森の奥へと消えていきました。
残されたアライグマはじっとリスの消えた方向を見つめた後、ぽつりと言葉をその場に落としました。
「そんなのしるか」
その知らせが森の中に一気に広がったのは、その次の日のことでした。
何でも新しく森の住人が増えると言うのです。一体どんな者なのか皆興味津々です。やさしいだろうか、怒りっぽいだろうか、親切だろうか、冷たいだだろうか……。皆興味がない振りをしながらも耳をそばだてます。
普段は噂など興味がなくほとんど知らないアライグマにもその話は届きました。例によってそれを伝えたのはリスです。
「ほらほら、新入りにまで乱暴者って思われたいのかい?お前がどうしたいのかは知らないが、新入りを怖がらせたりなんかしたら今以上に住みづらくなるよ。針のむしろってやつ」
「しらねえ。どうでもいい」
リスの方を見ることもなく言い放ったアライグマにリスは肩をすくめました。
「まあ、せいぜいしばらくはおとなしくしとくんだ」
リスはアライグマに助言とも言えないような言葉を残してその場を離れていきました。
新入りが来たのはそれからわずか二日後のことでした。噂好きなタヌキが触れ回っていたのですぐに森全体に話が広がりました。
皆が気になっていたその者は一体どんな姿なのか。
「いのしし、って言うんだってさ」
「いのしし」
「そ、何でも真っ直ぐ走るのが得意で、突進の威力はとんでもないんだと。あと、思い込んだら一直線だとか」
リスはアライグマのところに行き、訊かれてもいないのに新住人のことを話していました。
アライグマはこの二日、嘘のように静かでした。ほかの動物たちは嵐の前の静けさだ、と恐れているがリスはそうは思っていません。アライグマは寂しいのです。だから、だれかに構って欲しいと暴れるのです。ただ、このところ皆の関心は噂の新住人に移ってしまい、アライグマは暴れる理由がなくなってしまっているだけでした。
そんなアライグマの心情を知っているリスはだから、いつもいたずらを仕掛けます。リスは好きないたずらができ、アライグマはリスに構ってもらえる。ある意味けんか友達なのです。だから、リスは行き過ぎたいたずらはけしてしませんし、アライグマがやり過ぎれば咎めます。やり方は間違っているのかもしれませんがリスにとってアライグマは大切な森の仲間なのです。
「どこに新しい家を作るのかまでは知らないけどな、この辺じゃないかって言われてる」
アライグマの縄張りの近くに来るとふと口にすると、アライグマは押し黙って不機嫌になってしまいました。アライグマは構って欲しいくせに動物見知りなのです。見知らぬ者が来るとすぐに隠れてしまいます。
リスは軽くため息をついて、視線を遠くにやり、
「あ、来た」
そうつぶやくように言いました。
「来た?」
「うん。見える。見たことのない奴だ。あれがイノシシなんだろうな」
リスはタタッと枝の上を走って新住人が見えるところまで移動します。
「どんな姿だ?」
「ええと、難しいな。大きさはクマの奴よりは小さいな。でも、結構大きい」
「おれより?」
「ああ。大きいな。あんなのが当たってきたらひとたまりもねえや」
リスは軽くぶるりと体を震わせてから、ひょいと地面に降りてきました。
「ま、話してみなきゃどんな奴なのかなんて分かりゃしないよ」
「向こうが関わってこなければ放っておく」
「まったくそんなんだから――」
リスは小言をブツブツと言っていましたが、アライグマはもう聞いていませんでした。
それからまた数日が経ったある日のこと。
「おい、あんたがアライグマか」
アライグマの寝床へとイノシシがやってきたのです。
さて、もともと動物付き合いの苦手なアライグマです。しかも、寝起きでとても機嫌が悪かったアライグマはイノシシを侮辱するような暴言を吐いてしまいました。
そしたらもう大変。売り言葉に買い言葉、アライグマとイノシシの盛大な争いが始まってしまったのです。
もともと暴れん坊のアライグマと思い込んだら一直線のイノシシです。二人の争いを森の動物たちは止める手立てを持たずその被害は瞬く間に広がっていきました。
それを知って慌ててやってきたのはリスです。しかし、これまでの規模を遙かに超えるその暴れっぷりに絶句してしまいました。
「ああ、もうどうしろっての」
リスは項垂れて頭を抱えます。リスはいたずら好きが災いしてアライグマのお目付役に抜擢されてしまっています。リスもいままで散々迷惑をかけてきた自覚があるので甘んじて受けいれて来ました。それが功を奏したのか、最近以前に比べて格段に暴れん坊の被害者が減っていただけに、今回の騒動は彼の頭を悩ませました。
「おいらは万能じゃあないんだけどなあ」
仕方ない、とリスは言って争いに巻き込まれぬように慎重に枝から降りていきました。
「お二人さん。そこまでにしとけ」
「リス。何のようだ」
「ああ?俺たちののことに首突っ込むってのか」
完全に頭に血が上ってけんか腰になってしまっています。
「ちょっと周りを見てみようか。ここでこれ以上暴れたら森を追い出されてしまうよ」
「それは……」
さすがに住処を追われるのは嫌だったのか二人はピタリと口を閉ざします。
「そこまで争いたいんだったら、そうだなあ何か良い競争ないか?」
「競争?」
「そ。周りに迷惑のかからなく、そして何よりお互いが後腐れなく戦えるもの。つまり決着がわかりやすいってこと。勿論怪我しそうなものは避けて」
そんな良いものあるかなあ。そうああでもないこうでもないとリスが悩んでいると、
「根っこ広場」
ぼそっとアライグマが言葉を口にしました。
「うん?」
「根っこ広場のところでその、なにか問題をだしあって嘘を言った方が負け、みたいな」
リスは考え込みます。面白そうだと、どうしたらいいだろう、と。もともといたずら好きなリスです。こういうことを考えるのは大の得意。何より、この提案をあのアライグマからされたと言うことがとても嬉しかったのです。アライグマのためにもどうにか良いものにしなければなりません。
「よし、じゃあおいらが二人に質問していくことにする。根っこ広場に行こう」
「ちょっと待て。根っこ広場って何だ」
待ったをかけたのはイノシシでした。なるほどまだまだ森のことを知らないようです。
「嘘をついたら根っこに捕まるところだよ」
「ここが根っこ広場……」
一行は根っこ広場に到着しました。なんとも奇妙な根っこを持った木が沢山生えています。どこから情報を掴んだのか観客があちらこちらに見えます。
「よおし、じゃあ始めよう」
早速リスが司会を始めます。
「まず、おいらが二人に質問をしていく。で、二人はそれに正直に答えてってくれよ。嘘ついたら根っこに捕まるからな。もし嘘ついて根っこに捕まったらそいつの負けだ。――勝ったら、一つだけ。簡単なことを負けた奴に頼める。理不尽なこととかはなしだ。その判断はおいらとここに集まってる森の動物たちに委ねられる」
リスは二人を見回します。
「こんなかんじでいいか?いいなら始めるぞ」
二人が頷くのを見て、リスは質問を始めました。
まずは種族、雌か雄か、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きなこと、嫌いなこと……。様々なことを聞いていきます。二人とも最初は余裕の表情をしていましたが、時が経つにつれだんだんと余裕がなくなってきました。
「じゃあ、次は、好きな奴は誰だ?」
「んぐ」
「そ、それは――」
二人は時に顔を真っ赤にさせて、時に青くさせて答えていきます。リスの容赦のなさに最初は楽しんでいた観客もだんだん二人を哀れみのこもった目で見るようになっていました。
「よし、では。ここまで来たところで、今お互いのことをどう思ってる?」
リスは満を持してその質問を投げかけました。ここまでの遣り取りでお互いのことを沢山知ったはずです。最初の頃とは感情も変わってきたでしょう。
実際イノシシは、
「なんだ、その、アライグマは意外と可愛いところがあるのだな、と」
「仲良くなれそう?」
「――……なりたいと思う」
リスはその言葉を聞いて満足そうにします。
「分かった。――じゃあ、アライグマ」
「……」
「黙りだと不戦敗になるぞ」
「――……しらねえ。おれは嫌いだそんな奴」
「イノシシはやっぱり嫌い?」
「そうだ――っ?!」
アライグマが顔を上げて否定したところでアライグマは突如動いた根っこにぐるぐる巻きにされてしまいました。
「うわっ。なんだ?!」
「これが根っこ広場。嘘ついたらこうなります」
妙に芝居がかった口調でリスがイノシシに説明します。
「た、助けなくてもいいのか?」
「大丈夫。このくらいのたいしたことない嘘だったら、しばらくしたら解放される。かなり疲れるけど――これが命が関わるような重い嘘だと絞め殺されてしまう」
それを聞いたイノシシはぞっとして体を震わせました。
リスはそんなイノシシを笑って、
「変な嘘をつかなければいいんだ。――それよりも、あんな奴だけどこれからも仲良くしてくれるかい?」
真剣な眼差しでリスが聞くと、イノシシは朗らかに笑い、
「さっきも言ったじゃないか。俺は仲良くなりたいって」
リスはその言葉を聞いて大変喜びました。あの、アライグマに仲良くしてくれそうな動物ができたのです。しかも、観客として集まっていた動物たちも今まで知らなかった姿を知ってアライグマへの態度を改め始めたのです。
リスのいたずらは今もたまに仕掛けますし、むしゃくしゃしたアライグマが八つ当たりをするときもあります。ですが、それまでと違って森の動物たちの理解を得たアライグマや尊敬を集めたリスは逆さ虹の森で楽しく過しました。
そうそう、イノシシがアライグマに頼んだことはその日の寝床を貸してもらうことでした。何でもあの争いでせっかくの新居が嵐でも来たかのように散らかってしまって、とてもではないが寝られなかったから、だそうですよ。
童話を書くのも初めてなら、擬人化した動物を書くのも初めてで初めてだらけの作品でしたが楽しんでいただけたのならば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。