雨が奏でる
使用人さんがつれてきてくれたのは、庭のテラスだった。
バケツやプリンカップ、ペットボトル等が並んでいる。
雨がバケツやカップにあたって、音楽を奏でているみたいだった。
「ぅぇ?え、と、これ、なんですか?」
「絢明お嬢様にとって、少しでも雨の日が楽しくならないかと」
私に、とって?
雨の日が?
雨が苦手だって、知って、たの?
どう、して?
「お嬢様、ほら、カップとか、高さとかによって音も違うんですよ」
ぽつん、かつん、と音がする。
トン、トン、トン、と音をとると、雨の音楽会みたいで、なんだか楽しくなる。でも、すこしだけ、こわい。
だって、雨、は、あめ、は、いや、イヤ、やだ。
じゃ、なくて、こわい、けど、すこしだけ、こわくなくなった。
使用人さんは、雨が楽しくなるように、と言った。
それは使用人さんの優しさで気づかいだ。
そう思うと、すこしだけ、心の奥が、じんわりと、暖かくなる。
ぽつん、かつん、コン、カン、ぴちゃん、ぽちゃん。
コン、カン、かつん、こん。
「ぁ、ど、して、ぁめ、にがてって、わかった、の?」
「あぁ、絢明お嬢様は、雨が降っている日は起きるのがすこし遅くなりますし、無理をなさっているような、気がしましたので」
あ、もしかして勘違い、だったでしょうか、え、どうしよう、と、使用人さんが呟く。
気のせいじゃ、ないけど。こんなに、使用人さんは私のことを考えてくれていたんだと思うと、申し訳なかった。
だって、私は使用人さんのことを全然、みていなかったから。
ううん、違う。みては、いけないんだ。まだ、今は。
「ありがとうございます、古川さん」
全部、終わったら。私が、願いを叶えられたら。
その時は、ちゃんと、貴女に向き合えるといいなって、思うんだ。
だから、それまでは、ごめんなさい。気づかないふりを、知らないふりを、させて。
「え、あ、えぇ、と、そう言っていただけて、嬉しいです」
驚いたような、使用人さんの声に、私は笑って誤魔化すことにした。だって、今はまだ、貴女に話すことはできないから。
私の世話をしないといけない、気の毒な人。その認識を、今はまだ、変えるつもりはないんだ。
雨が、すこしだけ、好きになれた。
だから、いつか貴女に、それを伝えようと思うんです。
書庫で本を読んでいた時。
あやめちゃん、と声をかけられて、顔をあげると幼馴染様がいた。
え、や、ちょっとまて、なぜいる?
「ら、くみつ、さま」
「ちがう。らくみつさま、って言われるの、ヤダ」
わぁ、蓮様って呼べってことですかー?
せっかく、少しづつ樂満様、って呼ぶようにしていたのに。
蓮様かぁ。それはすこし、まずいというか、んー、でも、なぁ。不機嫌そうにこちらを見てくる幼馴染様の機嫌を治すためだ。大丈夫、少しづつ、距離を測ればいい。
「ん、れんさま、きょうはどうしたんですか?」
どこに座ればよいのか分からず困っている幼馴染様に椅子を示し、座っていただく。
というか、いつ来たんですか?
「あめ、ふってただろ?カミナリなったら、あれかな、って」
あぁ、つまり、心配していたただいた、ということでしょうか。
なるほど。ありがとうございます。
「ありがとう、です。でも、それだけなら、だいじょーぶでしたよ?」
「それだけじゃ、ない。パーティ、イヤじゃなかったかとおもって」
おや、まぁ。嫌に決まってるじゃないですかー、なんて、言えるわけが無い。
うん、その気づかいはとても嬉しいんですけどねぇ。
「ん、がんばります」
「なにかあったらいえよ?ともだちなんだから!」
「ん、ありがとーです、でも、ほんとーに、だいじょうぶです」
話すこともなくなったので、ついさっきまで読んでいた本を読もうとしたら、沈黙が嫌いらしい幼馴染様に話しかけられた。
「なに、よんでるの?」
「ん、ぁ、しょくぶつ、づかんです」
「おもしろい?」
「おもしろい、ですよ」
ふーん、そっか、と気のない返事をする幼馴染様。
聞いてきておいてその反応はなんだよ、何様ですか、幼馴染様です。
自己完結してしまった。この幼馴染様にはいつもペースを乱されてしまう。
「ねぇ、あやめちゃん」
「なんですか?」
「ううん、やっぱり、なんでもない」
そうですか、と返して、私は植物の毒性やら、食べれる雑草やらを読むことにした。意外と身近に生えているもので、面白い。
あ、忘れてたけど、いつ来たんだろう、幼馴染様。
「あの、いつ、きたんですか?」
「ん?さっき」
いや、そうじゃなくて、ご家族の方に話してから来たのか、こちらに連絡は入れてあったのか、そういう話なんですけど。
「れんらく、しました?」
「してる。それぐらいちゃんとしてる」
あー、はいはい。この前、私が前世の記憶を思い出した日は、してなかったですよねー?
あのときはすごい焦った。言ってはいけないことを言ってしまいそうになるぐらい焦った。まぁ、連絡を入れているなら、いいけど。
ムスッとして言う幼馴染様。いつまでこの関係が続くのかわからないけど、もうしばらくは、このままでいたいと思った。