雨音響く
雨の音がする。
屋根にぶつかり、弾ける音。黒雲から舞い落ちる雫は、私が一番嫌いなもの。
「ひゃぁっ」
また一つ、弾けた。
雨音を聞くと、焦りや、恐怖が心のなかに溢れてくる。
多分、前世の死を思い出すから、なんだと思う。あぁ、そういえば、あの人が私を迎えに来たときも、雨だった。
もっと暗くて、重たい雨だったけれど。
「だいじょーぶ、だい、じょうぶ」
こういうときは、自分に言い聞かせるしかない。
大丈夫、大丈夫、と何度も心の中で呟く。
早く晴れることを祈りながら。
暫くして、落ち着いた頃。
コンコン、とノックの音が雨音に混ざって響いた。
「ぅ、ぁ、はい、どぅぞ」
「失礼いたします、絢明お嬢様」
おじぎをして、使用人さんが言う。
「朝食の準備が整いました」
「ん、ありがとう、です」
「それと、絢明お嬢様、朝食のあと、私にお嬢様の時間を分けて頂けませんか?」
使用人さんが窓の外をみて、カーテンを閉める。
それから、明るく言った。
「わたしの、じかん、ですか?ん、えと、はい、わけます…?」
「ありがとうございます、絢明お嬢様」
時間をわける、とはどういうことなんだろうか。
予定がなければ付き合ってほしい、とかそういう意味、かな?
こういう言い回しも、できるようにならないと。
「ん、とりあえず、ごはん、たべにいきましょう」
「はい、あ、お嬢様、今日のおやつはマフィンだそうですよ」
「マフィンですか?たのしみ、です」
その後は、他愛もない話をしながら、使用人さんと朝食を食べた。
本来は、一緒に食べてはいけないのだけれど、一人で食べるより使用人さんと食べたい、とここに来たばかりの頃私がわがままを言ったから、一緒に食べることになった。
今ではときどき他の使用人さんもまざるようになった。
「真菜お嬢様はもうすぐピアノの発表会みたいで」
「まなさまのピアノ、きいてみたい、です」
「絢明様はピアノ、弾いてみたいと思わないのですか?」
「んー、すこしだけ、ひいてみたい、かも、です」
普段は本邸にいる使用人さん達の話す噂話や、本邸での話はとてもいい情報だ。
「真秀坊ちゃまのバイオリンと真菜お嬢様のピアノ、次のパーティではデュオなさるみたいで」
「え、そうなの?知らなかったー」
「でゅお?」
「あ、二人で演奏、一緒に楽器を弾いたりすることを言うんですよ。デュエット、とも言いますね」
「じゃあ、さんにんだったらなんていう、ですか?」
「トリオですねー」
なるほど。二人で演奏するときはデュエット、三人でトリオ。
これ、何人まであるんだろう。
「四人でカルテット、五人でクインテット、もっとありますけどねー」
「んー、もっとたくさんだと、なんですか?」
「あー、複数人、えと、皆同時にだとアンサンブルですかね?アンサンブルはデュエットとか全部含めて、だったと思いますけど」
「デクテットとか。あ、十人で演奏することを言うのですが」
「あ、そうだ。絢明お嬢様、楽器の本、読みますか?」
「うん!ぁ、えっと、ょみたぃ、です」
わぁぁ、つい勢いよく返事をしてしまった。
恥ずかしい。や、だって、面白そうだったんだもん。
にしても、デクテット、アンサンブル、うーん、ちょっと難しい。
でも、わからないことや知らないことを教えてもらうのはやっぱり楽しい。
それに、真秀様達が演奏する、ということは練習のために別邸の防音室を利用するかもしれない。
その後は最近できたカフェが気になる、とか新しい洋服を買いに行きたい、とか、そんな話をしていた。
私が気になったのは最近のコンビニスイーツの話だったけど。
この家に来てからはコンビニなんて行ってないしなぁ。
「ごちそうさまでしたー、じゃ、あたしはもう行くねー。絢明様、今度楽器の本持ってきますね」
「あ、私も。ごちそうさま。古川さんまたね。絢明様も。無田さん待って!」
「あ、はい。無田さん、気多さん、またあとで」
「ん、ほん、たのしみ、です。またあとで、です」
楽器の本、楽しみだな。
「では、絢明お嬢様、私にお嬢様の時間を分けて頂けますか?」
「ん、もちろん、です」