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旧、明日の天気は。  作者: 揺り桜
舞台裏、巡る季節数え
2/68

遠い記憶の茜色


私がかつて(前世)の記憶を思い出したのは、見慣れてきたと思っていた、私が今住まわせてもらっている屋敷を振り返り、違和感を感じたときだった。

幼馴染様が屋敷に遊びに来ていて、門の前でお別れの挨拶を終え屋敷へ戻ろうと庭の方を見たとき。


違うと思った。

何が違うのかはわからないけれど、ここは私の家ではないと。なにかが違う。私の家は、だってこんなに――。


「絢明お嬢様?」


ぐらぐらする。思考が鈍る。ふらり、ふらり、手をのばす。

私と一緒に幼馴染み様を見送っていた使用人さんの、不思議そうな声が聞こえた。

はっとモヤが晴れる。鈍りはなくなったのに、代わりだというように頭の中で鐘がなった。ごーんごーん。


「んーん、なんでも、ないよ」


それに気づかぬふりをして、使用人さんに笑いかける。


頭が痛い。考えれば考えるほど、鐘の音は強く強く鳴り響く。ごーん、ごーん、が~ん、が~ん、見えないナニカに追われているような、悪夢をみたあとの苦い味がする。


疲れているのだろうか、とそう思ったところでなんだかいつもと違うなと、また違和感を覚えた。なにかがおかしい。なにが?私が。



こんなことを思うだなんて、いよいよダメかもしれない。部屋に戻ったら眠ってしまおう。


「何かありましたら、いつでも仰ってくださいね」


いつもよりゆったりとした声で使用人さんがそう言う。

向けられた言葉が優しさを含んでいたから思わずそちらを見てしまった。ゆれる瞳が心配ですと訴えている。ああ、見なければよかった。これではいつものように流すことができない。


「ん、わかった。ありがと、です」


ふらつく体をどうにか取り繕って、体調の悪さに気づかれないうちにさっさと部屋に戻り、眠りについた。


ぱちり、のどが渇いて目が覚めた。眠りについたときは茜色だった空にお月さまがこんばんはをしていて、何時かなと時計を探す。いつもはテーブルのうえにあるのに、きょうはない。


こんこん。

控えめなノックは使用人さんだ。


「絢明お嬢様、お食事の用意ができましたよ」


呼びかけられたのは私。

"絢明"それは私の名前だったけれど、だけどそれはちがうのだとなんだか不安になる。あやめ、あやめ。


あれ?


いまわたしは、なにに、違和感を感じたの?

なにに、どこに?使用人さんの、彼女の言葉の、どこに?

名前だ、わたしの名前。絢明、あやめ。でも違う。


違う、ちがう、ちがうはずだ。そんなんじゃない、そんな名前じゃなかったのに、そのはずなのに、でも、違わない。


「あ、う、きょ、は、いい、ごはん、だいじょ、ぶ、です」


おかしい、おかしい。

ぐるぐるしてだんだん前がみえなくなる。暗い、くらい闇に呑まれる瞬間、使用人さんが焦ったような、驚いたような表情をしているのがみえた、気がした。


ぐる、ぐる、ぐる、どこか私の知らない場所。

たくさんの花、黒い服、煙の匂い。

棺桶にすがって泣いている人。そんなに近づいたら花の匂いがうつってしまうから、だからだめだよ。

煙がゆるくまいている。ゆらりゆらりととりまいて、煙がしみて滲む視界。

そうだこれは、わたしの、お葬式だ。

あの人はお母さんで、あの日ちゃんとわたしに雨だから気をつけなさいって言ってくれた、お母さんで。

離れたところで痛いくらい凛と立っているあの子はわたしの親友だ。パフェ食べに行けなかったね。楽しみにしてたんだけどなぁ。


ばーか。



なんだか変だ。私はちゃんとここにいるのに、わたしのお葬式を見ているだなんて、変。

だけど当然のような気もする。なにもおかしくないって思う。私とわたしはちがうもので、でも同じ。

私の、もう一人の、わたしのお葬式。

私のかつて。

そう思うとすとん、と収まるところに収まったような気がした。"どうして"が全部落ち着いたような。


あの屋敷(私の家)を見たときに違和感を感じたのは、名前を呼ばれて違うと思うのはどうしてか。

私には慣れてきたものでもわたしにはわからないものだからだ。みていても、正しく見ていたわけではなかった。


お葬式が終わり、場所も季節も移ろいゆく。私の知らない景色、人々、誰かの声。いろんな事がかけめぐる。がらんがらんと額におさめられた写真がいくつも降ってくる。あれは雪の日、あれは海で、あれは―――――。

ぐる、ぐる、ぐる。額と一緒に私も落ちる。落ちているのかそれとも浮かんでいるのか、わからないけれど。

だんだんと暗くなっていく。遠くの灯りは近づいているような、遠のいているような、けれどふわっと明るい光がみえた。


『ーーさま』

『ーー様』

『あやめお嬢様』


だれかが私を呼ぶ声がする。

辛そうで苦しそうな、声。

目を、あけて、夢から、覚めないと。

重たいまぶたをあげて、心配しないで、そう言おうとした言葉は、音にならなかった。


「絢明お嬢様!よかった、目が覚めたのですね」


安堵した表情で使用人さんが言う。涙のあとが残っているからきっと心配してくれたのだろう。

でも、だけど。

使用人さんの言葉に、呼ばれた名に、その態度に、"いつかを思い出した"私はどうしたらいいのかわからなかった。


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