心に隙間
心に隙間
本日の登場はいつになく静かで、僕は彼女が入ってきたことに気付かなかった。
「た、だい、まー」
言うなり応接用のソファに倒れこんだ彼女は、顔色も悪く腕一本動かせない状態になっていた。
「おう、お仕事お疲れさんっと」
薫さんが彼女の両足を掴んでソファの肘掛に上げ、仮眠用の毛布をかけて、完全に寝る体勢にさせてあげていた。
か細い声でありがとーと、聞こえてきたのが最後の声になった。 あとは微かな寝息が…っていつまでも聴いてたらキモいですよねすみませんだから薫さん冷たい目で見ないでください。
「伊禮さん、幸輝さんの『仕事』って…」
とうとう疑問を腹の内に抱えきれなくなった僕は所長である伊禮さんに訪ねた。 けして雰囲気を変えようとした訳ではないんです。
たまに彼女は『仕事』という用事で外出し、ボロボロになって帰ってきたりする。もちろん、いつものように元気いっぱいで帰ってくることもあるが。
大抵そんな日の直前は伊禮さんと応接室で打ち合わせをしている。一度だけ外から様子を伺ったときは、伊禮さんの読み上げる何かを幸輝さんがただただ頷いて聞いているだけのようだったが。
「…小野君、応接室行こうか」
ほとんど会話が外に漏れない応接室で、コーヒー片手に伊禮さんが語り始めた。
「仲良さそうだから幸輝がもう話してると思った」とか、「ほぼ察してるとは思うけど」とか、ちょいちょい含みのある言葉が挟まったが要するに。
「あの、つまり…」
「君は面接の日に体験したはずだ、除霊。その能力を幸輝は持っていて、依頼があれば出向いて仕事する。依頼はここを窓口にして、基本的には幸輝は依頼人と顔を合わせず術式を施す。ま、いままで逆恨みやら目立ったクレームは無かったけどね、いちおう対策として本人は依頼主と接触させない方向で。」
「ま、窓口ここなんですか?」
「薫が受け取って俺に回すの全部そうだよ」
「幸輝さんは学校もあるのに?」
「気付いてるだろうけど、ほぼ行ってないよ。ま、自分だけ年上ってやりづらいだろうしね」
「え、留年とか、ですか?」
「ああー、んー、ま、この話はまた今度ってことで」
まずいことを口走ったのか、伊禮さんは後ろ手で頭をかいて視線をそらした。
「あと、聞きたいことが」
「なーに?」
「あの、憑かれやすい、にくいってあるんですか」
もし適性?なんてもんがあるなら、ここで働く以上またあんな事態になるかも知れないってことだ。
「あるよ。ヤツらは心に隙間があると、そこに付け込む。落ち込んだ人失恋した人負の考えの人…まぁ、そんな感じかな」
「はぁ…。」
「でもやっぱ一番こわいのは人間だよねー、さ、仕事仕事!」
いままでの雰囲気が嘘のように、もういつもの伊禮さんに戻っていた。
デスクに戻る前、ソファの横を通るとねぼけた幸輝さんに蹴られた。 今日は甘んじて受けます。お疲れ様でした…。
End