2 振り落とされないように
2 振り落とされないように
この2週間の成果。
バイトの業務内容を把握(書類作成やデータ整理)、所長留守時には電話番、昼食は弁当か交代で簡単な炊事。といってもほぼ男所帯なのでレトルトボイルとかレンチンとかお湯注ぐだけのアレとか。たまに出前。
案外に素人でもこなせる難易度の割に提示された月給は破格の好待遇だった。
人間関係のほうは…。
事務所正面の大きな机で仕事しているのが所長の伊禮禎俊さん。
おそらく30代前半だろうけれど事務所を構えているだけあって、頭の回転が速い。特に仕事での電話のやりとりなどとても勉強になる。もっとも、仕事では、だが。二週間バイトで来てうっすらとしか分からないが、それでもこの人のプライベートはひどいもんだった。
日替わりで女性とデート、就業時間を終えるとひっきりなしにかかる女性からのラブコール。どれもこれも、完璧にさばいている。恐ろしい。
僕は事務所の側面に二つ並ぶ机のうち一つを使わせてもらっているが、隣の机には時々秋川薫さんという方が仕事しに来られる。ん…いらっしゃる?まぁいいか。
最初、机の名札を見て女性かとときめいた僕を襲ったのは、挨拶に現れた薫さんが2m近い大男だったという現実だった。以前は警官だったそうだ。いかつい。
そして秋川さんと同じくらいの頻度でここに居る、女子高生。
そう、あの子だ。
彼女は伊禮幸輝、17歳。
ワケ有りで引き取られた伊禮所長の親戚の子だそうだ。親しげな二人に納得しかかったところで薫さんに釘を刺された。
「デキてるけどな。」
…ホッとした自分を責めた。
そんな事情はお構いナシに、今日も嵐のように現れて彼女は僕を引っかきまわす。
「のび太の歓迎会しよう!」
唐突すぎる提案にも伊禮さんは快諾する。幸輝さんに甘い。
「ああ、小野くんの。いいよ、店予約しよう」言うが早いかすぐにパソコンに検索をかけていた。
すみません、当事者の僕の意見なんかは…ええ、いいんですけどね。ヒマですよ、どーせ。
遅れて薫さんから突っ込みが入った。彼がこの事務所の良心だと気づくのに時間はかからなかった。いまでは小野やん薫さんと呼び合う仲になって、色々ご相談させて頂いてます。
「ヤケに早いな、サキ、ちゃんとガッコ行ったか?あと小野やんの都合も聞け。とくに禎俊、予約する前にな。」
「大丈夫!カオルさん!行った!(途中で帰ったけど)」
彼女が来ると騒がしいだけでなく、意識がそっちに行ってミスしそうになる。いや、それでミスしたら百パー僕の責任だけど。
くるりと大きな目がこちらを映すだけでまた僕は不整脈になる。
「いいよね?ゴハン何が好き?焼肉?和食?イタリアン?」
多くは望まないから、できる限り会話を途切れさせないように、不快にさせないように、したい。
「なんで焼肉が選択肢の最初になるんですか?」
「小野やん、サキに敬語使わなくていいぞ。そりゃあな、このお嬢さんがひとり焼肉普及委員会(会長)だからだ。ちなみに会員はサキ一人だ。」
大きな薫さんの手のひらで頭を撫でられ彼女がにっこり笑う。伊禮さんに対してわりと厳しい表情をするが、薫さんとではまるで親子のようにリラックスしていることに気付いた。嬉しそうに艶めいた黒髪が揺れるのを見て、うらやましく感じてしまう。そりゃ、年季が違うんだけど。
油断していると蹴りが出る。口が悪くて乱暴者、振り落とされないようにじゃじゃ馬の手綱を握るのは、一体誰なんだろうか。