第1話
早田歯科医院は笑いの絶えない
楽しい楽しい町の歯医者さん。
今日はどんなお客様?
白エビのマリアッテと共に、
笑いあり、涙ありの感動の世界へ
冒険してみませんか?
疲れたあなたへ、処方箋です。
私は白エビのマリアッテ。
この名前はご主人様がつけてくれたの
「マリアッテ、餌だよー」
ニコニコとご主人様の娘の愛菜ちゃんが
私に餌やりをしてくれる。
「今日もよろしくね!」
可愛い笑顔に心が癒される。
ここ早田歯科医院には色んな人が来る。
老若男女問わずたくさんの人が来て、
泣き顔笑顔、色んな顔をする。
「ぎゃー!!」
小さな子が、大泣きしながら出てくる。
母の腕に戻り、背中をさすられながら
出て行くのを見送りながら私はとある
少女の事を思い出した。
あの日はとても天気が悪かった。
近くの小学校から来た子供たちが
数人で待合室ではしゃいでいた。
その中に1人、その群れに入らない
1人の大人しそうな少女がいた。
その少女はじっと私の入っている
水槽を見つめていた。
青い目で、白い肌、真っ黒な長い髪
ただのエビの私にもわかる。
ものすごく美人な子だ。
「…エビさん、まずそ。」
そういって私の入っている水槽を
ツンとひと突きした。
”やーね、失礼しちゃう”
と思いながら首をプイッと背けると
「…言葉がわかるの?」
と私に問いかけた。
私は首を縦に振り、小さくダンスを
踊って見せた。
とても嬉しそうに、キラキラした目で
それを彼女は眺めていた。
私は彼女と楽しく過ごした
周りの子供達の、白い目にも気づかず…
「ねーねー、なんでいつも海老とお話し
してるのー?」
子供達の1人が、彼女に声をかけた。
「…この海老さん、言葉がわかるの」
子供たちは、一瞬キョトンとし、
歯医者が揺れるほど笑った。
「そんなわけないじゃん!おっかしー!」
「バカじゃないのー?海老なのに!」
「嘘つき嘘つき!」
「やっぱり変な子、みんな言ってるよ!
三年生に変な子が転校してきたって!
みんなと目の色も違うし、肌の色も違うし、
服もビラビラで変な服だって!」
「あははは!!」
チラリと少女を見ると、泣きそうな顔で
下唇を噛み締め、「嘘じゃないもん…」と
小さく呟いていた。
「この海老だって、真っ白で変な海老!」
そう言って私の入った水槽を指で突いた
「気持ち悪い!」
「全然かわいくなーい」
「変なの、真っ白け」
「お話ししてみなよほら」
ひどい…
なんとかしてあげたい。
言葉もわかるし、相槌もうてる。
今日の野球の予想だってできるわ。
なのに、伝えられない…
「あ」
子供たちの1人が、水槽を予想以上に
強く突いてしまった。
私の水槽は大きく揺れて倒れ、
地面に叩きつけられた。
大きな音を立てて水槽は割れ、
水は飛び散り水槽は粉々に割れた。
「エビさん!!」
「こら!!何をしてるんだ!!」
ご主人様が走って来る。
少女は構わず私に駆け寄った。
「きゃー!!」
子供たちは逃げ走る。
少女は、粉々のガラスの中にいる
私を拾いあげた。
「危な…!」
「エビさん!」
血まみれになった手で私を持ち、
水道へ走った。
「…あれ?」
「その海老は水から出ても大丈夫。」
「そっか…強いのね、エビさん…」
私は水を浴びながら少女の手にすり寄った
「大人しくて優しいエビさん。」
私の甲羅をちょこちょこと撫でる
「私と違って、強いのね…」
ポロポロと涙を流す少女にご主人様は
優しく語りかける。
「意地悪されてツラかったね。この海老は
ちゃんと言葉を理解して、心の綺麗な
優しい人とだけ話せるんだよ」
「…心の綺麗な人…」
「そうそう」
調子のいい事言って、ご主人様ったら
「マリアッテって名前なんだ」
「ふふ、変な名前ー」
泣いてた顔がすぐ笑顔になる
「パパー!水槽予備の持ってきたよ!」
「あ、愛菜」
「あ!」
愛菜ちゃんはニコニコ笑いながら
少女に駆け寄った。
「あなたがマリアッテを助けてくれたの?!
ありがとう、マリアッテは私の親友なの!」
水槽をご主人様に渡し、少女の手を握る。
「マリアッテの言葉がわかるのね!」
「…うん…」
「マリアッテは、賢くて優しいエビさん
だから、仲良くしてね!」
「信じてくれるの…?」
愛菜ちゃんはパッと笑い、言った
「マリアッテの友達は私の友達だから!」
「…」
俯き、顔を赤く染める少女
「あなたの目、綺麗なブルーね!
私は愛菜!あなたは?」
「…アリアナ…」
「素敵!可愛い名前!」
「愛菜、その子怪我してるから手当てを
してあげてくれるか?」
「アイアイサー!行こ!アリちゃん!」
「…うん!」
私は一回り小さな水槽に入り、
ご主人様を見上げた。
「可愛いだろ愛菜。あいつぁいい女に
なるぜ。な?」
問いかけるアホたれご主人様に頷く。
可愛らしい少女たちの笑い声が
院内に柔らかくこだました。
あれからもう2年くらい経ったかな。
愛菜ちゃんは小学五年生になっていた。
アリちゃんはあの後ご両親の仕事の都合で
元々いたアメリカへ帰ってしまった。
月に一度は、今でも手紙が届いてるみたい。
「ただいまーー!!!」
「こら愛菜!院の方から入るなって…」
「ごめーん!どーしてもマリアッテに
見せたいものがあったのー!」
捕まえようとするご主人様の手を避け、
愛菜ちゃんは私の水槽の前に飛んできた。
「じゃーん!」
ベタっと勢いよく、愛菜ちゃんは何かを
水槽にへばり付けた。
そこには、アリちゃんが私と同じ海老を
手のひらに乗せて微笑む写真があった。
「アリちゃんアメリカで同じ種類の海老さん
飼い始めたんだって!名前はシャルロッテ、
マリアッテに似てるよねぇ」
楽しそうに笑いながら愛菜ちゃんが話す
「アリちゃん、今年の夏休みこっちにある
おばあちゃんの家に来るから、一緒に
遊ぼうって!マリアッテも会えるね!」
私はハサミをあげ、喜びのダンスを踊った。
私の動きを真似しながら、愛菜ちゃんも
院内でダンスを始めた。
患者さんは愛菜ちゃんのヘンテコダンスで
笑い、ご主人様は呆れ、看護婦さんは
手を叩いてリズムをとった。
早田歯科医院は笑いの絶えない
楽しい楽しい歯医者さん。
仏頂面の院長と、よく笑う娘さんと
ダンスとおしゃべりの大好きな
海老のマリアッテがあなたを待ってます。
さぁ、お次は誰かしら?
いかがでしたか?
今回はマリアッテのご主人様である
院長の娘、愛菜ちゃんのお話でした。
次は誰のお話かな?
少しだけ、覗いてみよーっと!
次はいつも1人で来るお婆ちゃんから
マリアッテが聞いた昔話。
どこか懐かしくて優しくて
ホロリと心が解けるお話しです。
それではまた、アデュー!