境目
その女の語気に、全くの敵意も害意も含まれていなかった。
人狼? こいつは流暢な日本語ではっきりそう言った。
だとすれば、あのおとぎ話で出てくる、人を食べるような化け物って事じゃないのか?
聞き出そうと思ったが――
「ふ、風呂……ロボ?」
おれの口から洩れたのは、そんな間抜けな言葉だった。指先が震えている。
怖くて、怖くて、聞きたい事とは全く別の言葉が自然に出たらしい。
「多分、想像している単語とは違う、かな? まぁ風呂でもロボでも好きなように呼ぶといい」
苦笑する女。その表情すら、どこか絵画のよう。
「あ、あんたは一体」
「誰なのかは言った。とすると、知りたいのは素性、かな?」
「いや、人狼とか言われても……」
違う。おれにはわかっていた。コイツが人間じゃない事くらい。
「いわゆる狼男だが、男ではないので人狼と言っているだけだが……ふむ。確かに今の姿はどこもオオカミらしくない、かな。しかし、自分は純血種ではないからな。満月の夜にしか獣人の姿にはなれないのだ」
まだ。まだこの段階なら人間だと、一言言ってくれれば、人間だと言い張れる。
日常に戻れる。
「そうだ。尻尾ならあるぞ」
女は尻を向けると、カチャカチャという音の直後、簡単にジーンズを引き下ろした。言葉通り、たわわな桃の間にちょこんと丸い尻尾がある。
メロンに桃に大豊作だ。そんな現実逃避に意味はなく。
「後は、犬歯が長いな」
開かれた口に並ぶ歯は、確かに犬歯が人のそれではない。
「後は……ふむ。もう思いつかない、かな」
「もういい……充分わかった」




