08 ようやく始まる物語
「あらあら、悲しいこと言いますねえ。ところであなたの奴隷さん、死にかけですけど、助けてあげなくて良いのですかぁ~?」
「ああ、出来損ないの奴隷など要らない。それに、この状態だと助からない。復活の魔術や瀕死状態から回復させる魔術はないからな。コイツは放置でいい。それよりも、お前だ」
……は?
今なんて?
そんな、なんでだよ、なんで。
俺はお前の奴隷で……ああ、奴隷、だからか。
結局は都合の良い消耗品でしかなかったわけだ。
「非情な主人ですねぇ。いやいや、しかしヘルちゃんのそういうところは嫌いではないですよ」
「クソ! クソ野郎! ヘルてめえ、裏切り者! 恨んでやる! 死んでも恨んでやる!」
俺は殺される覚悟で罵った。
せめて、お前を言葉で汚してやる。
何もできない俺がする、無様な攻撃。
どうだ、どうだよ。どんな気分だ、ヘル!
勝手に召喚されて騙す形で奴隷の契約を交わさせられて、勝手にてめえの厄介ごとに巻き込んでおいて……。
最後がこれ、かよ……。
「奴隷風情が、黙れ。私の奴隷なのだから、私がどうしようが私の勝手だ。減らず口を叩くのなら、私が殺してやる」
彼女は冷たい声でそう言った。
一度も俺に顔を合わせることがなく。
――ああ、意識が薄れていく。視界が霞んでいく。
「では、貴様を殺すとしよう。フェンリル」
「ああ、動揺しているのがまるわかりですよ。その名前で呼ぶとは、まだ癖が残っているみたいですねぇ?」
「……もういい。殺す」
ヘルの両手に光が宿り、レイピアが現れる。
2刀のレイピアは共に刀身が長い。
「ワタシを殺せるものなら、どうぞご自由に」
先手はヴァナルガンド。
先の鋭い尻尾を伸ばしながら、離れた距離にいるヘルに攻撃をした。
「やはり、鈍っているぞ、貴様」
ヴァナルガンドの動きを遥かに上回るヘル。
彼女は右手に持つレイピアを投げ飛ばし、奴の頭部を貫いた。
さらに距離を詰め、残ったレイピアで奴の腹部を貫く。
まだまだ攻撃は続いた。
ヴァナルガンドに突き刺さっているレイピアは消え、再びヘルの両手に召喚される。
次は横腹、心臓を。
その次は腰と喉元に。
次々と様々な部位に差し込む。
何度も片足を軸にローリングを決める。
彼女の剣技、いや、剣舞は、なぜか華やかにも見えた。
飛び散る真っ赤な血が、彼女の剣舞を引き立てる。
「うっ……あっ……」
ヴァナルガンドは倒れ、彼からは黒い煙が立ち始める。
薄れゆく意識の中、ヘルが俺の元へ駆け寄ってきた。
俺を抱きかかえ、今にも泣きそうな顔で、俺の頭を膝へ乗せた。
「すまない。本当にすまない。私が遅かったばっかりに……っ」
彼女の声は震えていた。
目からこぼれる涙が、俺の顔面を濡らす。
「ヘル……なん、で……」
彼女は身体の至る所が血で汚れてしまっていた。
「あの時、奴の意識はまだハイルに向いていた。だから、意識を私に向けるためにあんな、心にもないことを言ったんだ。すまない。私がお前をどうでもいいなんて思っているわけがないだろ……ハイルは私にとって一番大切なんだ……」
なんだ。ああ、なんというか。
いい、人生だったかもしれない。
最後はこうして、誰かの涙で死ねるなんて。
俺は……こんなに幸せでいいのだろうか。
「ヘル……俺も、最後まで、お前を信じることができなく、て……ごめん」
「何を言う。ハイルを死なせはしない。契約をするんだ。私の、眷属になれ。眷属になれば、私が生きている限り、お前は生きられる。早く、奴が復活する前に契約を!」
ヘルは目を瞑った。
「どうすれば、いい……?」
「口づけを、するんだ。ハイルからしないと効果はない。契約書は、私自身だ」
ああ、俺は最高に幸せものじゃないか。
何が『クソ野郎、裏切り者』だ。勘違いも甚だしいぞ、俺。
それから、俺は彼女の唇に口づけをした。
ヘルの唇は冷たかった。
だが、今までにないほどの幸福感に包まれる。
伝わった。よく伝わった。
これは、ヘルの愛情だ。
この時、俺は心に誓う。
――一生、ヘルについていってやる。
次第に身体は熱を持ち始め、全身に力が入っていった。
「ああ~、効きましたよ、ヘルちゃん。めちゃくちゃ痛かったですよ~。しかし、なぜワタシを殺すことのできない物理攻撃ばかりしたのですか?」
ヴァナルガンドが身体を起こし、余裕の表情を取り戻した。
しかし、ヴァナルガンドは疑問に思う。目の前に佇む敵が、ヘルではないことに。
「あなたは――なんで生きて……まさか、あの契約を交わしたのでしょうか……だってあの契約は……じゃあ、まさかあなたは……あなたが……?」
「改めまして、ヴァナルガンド殿。お控えなすってぇ。俺は趣味でヘルの奴隷兼眷属をやっている、ハイル・ブレット・シュヴァルツィア。では早速……殺し合いましょうや、不死身同士」
第二局面。
今度は余裕の笑みで丁寧にお辞儀をする俺と、ようやく表所を崩し、狼狽えているヴァナルガンドの姿があった。
ちなみに、ヘルはというと、
『奴の使い魔が存在する限り、何度でも再生する。言わば生命の共存。使い魔のどれかが生きていれば、奴が死ぬことはない』
『なら、不死身の俺がヴァナルガンドを殺す。俺の本体ともいえるヘルが同じ場所にいたら危険だ。ヘルヘイムに戻れ。使い魔程度の雑魚なら、お前が殺られることはないだろ?』
『それが最善かもしれないな。奴の弱点は炎。その剣には炎の加護がついている。多用は厳禁だが、使うことに躊躇するな。炎を使う時は、剣先を向けて、イグニスと唱えろ。何度も痛い思いをするだろうが、本当にすまない』
『いいさ。今のうちに痛みに慣れておくさ。これから戦いの場面に出くわすことがあるだろうしな。じゃあ早く行け、ヘル』
なんてやり取りがあった。
「超主人公してるぜ俺ぇぇぇぇぇぇぇ!」
込み上げる愉快な気持ちを発散させた。
「い、いいでしょう……あなたの肉片を一つ残らず消滅させてあげます。いい機会です。不死身の限界を試すとしますか。それから、あの女を殺すとします」
ヴァナルガンドの身体が巨大化し、黒い体毛が生え、顔も体も狼と化した。
「グルルルルルルルル……ガルルルルルル……」
歯を向けて唸っている巨大な狼は、今にも突進してきそうだ。
「四つん這い、様になってるじゃねぇか。口が悪くなってるぜ? 国盗りの前に、俺の命を取ってみな、化け物」
とか言ってみたが、
「超……こえぇよ……」
これが本音な俺だった。
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