06 ヴァナルガンド
あれから俺とニーニャはベーコンエッグとパンを作り、ルルスとヘルの元へ届けた。
ルルスは常に剣を手放さず、椅子に座って窓から外を監視していた。さすがに食事を届けると、ありがとうとは言っていたものの、意識は別に向いているようだった。
ヘルはというと、浮かない顔で気分が落ち込んでいるようだった。何が彼女の精神を追い込んでいるのかわからない。
昼食と夕食を届けた時も、全く同じ感じだった。
それからというものの、ニーニャの部屋で俺と彼女はひたすら雑談を交わしている。
「俺はヘルとヴァナルガンドって、どういう関係なんだ……?」
俺はニーニャに恐る恐る質問した。
「それはぁ……ヘル様のためにも教えられないなぁ……ごめんね」
「大丈夫」
だが、二人の間に何か因縁があるのは間違いないみたいだ。
「ああ、そうそうハイルくん。この間、ヘル様に頼まれた品だよっ!」
細長い剣――レイピアを手渡された。
特に装飾が施されていない、シンプルなもの。
「ありがとう。本当にこれがすごい武器なのかねぇ……」
「その武器は昔ヘル様が使っていたもので、それで数多の試練を乗り越えたんだよ。いくつもの加護が付けられているからめちゃくちゃすごいんだよ~それ。ヘル様の持つ武器で3番目にすごい、お宝。アタシ達ですら貸してもらえないっていうのに、うらやましいな~」
「ヘル様太っ腹だな」
「戦う人なら、喉から手が出る程に欲しい代物だから、大事に使うんだよ~」
このレイピア、ずっしりとした重量はあるが、なんとか振るうことができそうだ。
「ちなみに、どんな加護がついてるの?」
「う~ん、詳しくは知らないんだけど、機能的な話をするなら、頭の中で思い描いた剣技ができる機能と、隙を突かれた時に自動的に守ってくれる~みたいな。限界はあるけどね~」
すげえ。戦闘知識皆無の俺でも十分な強さを得られるわけか。
「この武器に名前とかある?」
「その武器の名前は――死をもたらす魔剣」
それ、やばいんじゃないのか……。呪われてるじゃん。
「使用者の命も奪われるとかそういうことはないよね?」
「ごめんね……わからない……ま、ヘル様も使ってたわけだし、多分大丈夫!」
「超心配なんだけど……」
「じゃあ、こう言えば安心するかな? その武器の別名は――災いを避ける武器」
アイギス……?
ゲームとかで聞いたことのある名前だ。持ち主を守ってくれる装備。
「やっぱり。その言葉だと通じるんだぁ~」
ニーニャもヘル同様、俺の世界のことは詳しいみたいだ。
「あとさぁ、ずっと気になってたんだけどなんでみんな、俺の国の言葉が通じるわけ?」
「そっちの世界の言葉なら、こっちの世界の住人には通じないでしょ? だから、どこでも重要な会話ができるんだよ~。異世界と干渉できるのはヘル様だけみたいだし! ああ、でも覚えるの大変だったんだよぉ~?」
そりゃあ、めちゃくちゃ大変だろうな。
俺はニーニャの頭を、『頑張ったな。偉い偉い』と撫でた。
撫で終わった後も、猫のように頬に俺の手を擦りつけている。
外部に漏れてはいけない話……それはなんだろう?
ヴァナルガンドとも関係があるのだろうか。
「あおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっん!」
オオカミの遠吠えが響く。
来たかヴァナルガンド!
すっかり外は暗くなり、満月が煌々と光っている。
刹那、ヘルヘイムの城内の窓が一斉に割れる音がした。
待ちに待った時が来た!
「ニーニャ、悪い。俺はヘルを守りに行く!」
ニーニャに止められる前に、俺は全速力で壁に向かって飛び込んだ。
……が、なぜかニーニャの部屋に戻っていた。
「……え? なんで?」
「ごめんね、ハイルくん。ハイルくんはここで待ってて。すぐに戻ってくるから」
俺の背後から聞こえるニーニャの声。
彼女は壁を抜け、部屋を出て行ったのだ。
「ま、待てよニーニャ! 俺も! 俺も戦うんだ! 俺も役に立ちたいんだ!」
何度も何度も壁を抜ける……が、結局は同じ繰り返しだった。
「なんで……なんでだよ!」
部屋を出ていく寸前に見えたニーニャの顔。
その時の彼女の表情が、まるで最後のお別れを言うような、寂しい顔をしていた。
あいつは死を覚悟して戦いに挑みに行ったのだろう。ヴァナルガンドはそれほどまでの強敵。
馬鹿野郎……俺は、俺はなぁ、お前らとお別れなんてしたくない。
すごく短い間だったが、友達になれた気がしたんだよ。大切な仲間だと思えたんだよ。
仲間がいない人生など、虚しく寂しく悲しいものだ。
その孤独感を長年俺は味わってきた。
お前らと出会うんじゃなかったよ。出会わなければ、孤独が俺の普通だったってのに。
だが、出会ったものは仕方がない。
ましてや、お前は……お前らは仲間なんだ。
仲間っていうものは、全員で苦しみを、幸せを、未来を分かち合うものだろ。
だから、お前らが命を張るって言うなら、俺も命を懸けてお前らと戦ってやる。
「悪いな、ニーニャ。お前の部屋、ちょこっとだけ散らかすぞ」
魔法の壁がある反対側には、クローゼットがある。
それを力づくで移動させると、壁が姿を現した。
「向こうの壁が廊下に繋がるなら、こっちの壁は多分外だろ?」
ティルヴィングを振りかざし、壁をぶち破った。
「悪いな、ニーニャ。お前の部屋、後で修理しなきゃいけなくなった」
思った通りだ。
こっちの壁には魔法が施されていない。
外へ筒抜けとなり、綺麗な満月が見える。
吹き付ける夜風が妙に冷たく感じた。
「さあ、お前は持ち主を守ってくれるんだろう? 限界があるらしいから怖いけど」
ここは3階だろうか、それなりに高さもある。
「頼むぞアイギス!」
ちなみに、攻撃する時にはティルヴィング。守りの時にはアイギスと呼ぶことにした。
ティルヴィングって名前もアイギスって名前もかっこいいし。
俺は覚悟を決め、魔法の壁に飛び込むような勢いで外へと飛び出した。
「俺を守れ、アイギスぅぅぅぅぅ!」
一瞬、死ぬかもしれないという恐怖が心に芽生えたが、すぐにどうでもよくなった。
一人でのうのうと生きるくらいなら……!
地面が目前になった瞬間、アイギスから強烈な風が吹き荒れ、俺を包み込んだ。
気づけば仰向けに横たわる俺。今夜は星がよく見える。
膝をついて立ち上がると、細身のやつれた顔をした男が立っていた。
男の心に余裕があるのか、表情が軽い。
「あらら、ワタシの使い魔を使ってヘルヘイムを襲撃して簡単に片づけようと思ったのですが……さてさて、あなたは誰ですか?」
コイツがヴァナルガンドだな。いいさ、やってやる。
そういや、この世界の言葉は少ししか勉強してないってのに、すんなり言葉が通じるぜ。その類の加護もティルヴィングには付けられているわけか。感心するなぁ。
愛着が湧いたティルヴィングの剣先を月に向ける。
「俺は趣味でヘルの奴隷をやってるものだ。名前はハイル。ヘルヘイムの英雄になってやるぜ」
「なるほどなるほど~、名乗り遅れました。ワタシの名前はえ~と、ヘルちゃんからはなんて聞いてますか、ワタシのこと」
「ヴァナルガンド」
俺が即答すると、彼は紳士らしくお辞儀をした。
「ほうほうなるほどなるほど~、では改めまして。ワタシの名前はヴァナルガンド。国盗りをしようと活動中です~、以後お見知りおきを~」
「興味ないね。んじゃ、さっそくお前の命をちょうだいするぜ」
そして、ティルヴィングの柄を握りしめ、戦闘態勢に入った。