02 新生活始めます。
……前言撤回する。
何が『すごく優しい人かもしれない』だ。勘違いも甚だしいぞ俺。
ヘルヘイムの城を案内するよりも前に、『貴様がこれから使う部屋を紹介する』、と、ワープらしき魔法を使って、新たなる俺の休息の場へ到着。
あのさぁ……ヘルヘイムのどの辺にこの部屋があるのか、とかわからなくてめっちゃ不安なんだけど。
ちなみに、机と椅子があるだけの殺風景な部屋。
俺は椅子に座って机に向かい、勉強中。
『この世界の常識がわからないようでは困る。まずは一時間でこの本に書かれた情報をできるだけ頭に叩き込め。ついでにこの世界の語学も学んでおけ。私は日本語? とやらを話せるから大丈夫だが、他の者は基本的に日本語などわからない。言葉は生きていくための術の一つだ。では、一時間後テストをするから、はいスタート』
鬼だ。机には何十冊もの分厚い本が積まれている。これだけの量を一時間で?
全然優しくねえじゃんか!
つーか、ついでにこの世界の言語学んでおけって……そのついでが一番俺にとって問題なんだが……。
積まれた本がこの世界の言語である以上、言語を理解しなければ、内容を把握することもできない。
それでも、ただ一つ、やっぱり優しいのかもしれないと思ったことがある。
俺のためにか、全ての本に、文章のすぐ下に俺の世界の言語が綴られていた。
膨大な量の文字の羅列。
「……はぁ」
やるしか、ないな。
今までにないくらい、集中力を研ぎ澄ます俺。
この調子でいけば、某国公立大学も受かりそうだ。こういうタイプの集中力は持続性がないから、結局は無理なわけだが。
ふと、俺は窓から外の様子を見る。
せっかく異世界に来たわけだし、気分転換ついでに異世界の風景を目に焼き付けたい。もちろん、俺はご当地のアニメグッズとか、期間限定だったり地方限定のアニメグッズに弱いタイプの人間だ。限定品に弱い。
周りを見渡すと、ヘルヘイムの庭で、剣の素振りをしている女性が視界に入る。
髪を後ろでまとめ上げていて、眩しいほどに煌めく金髪が彼女の存在を際立てている。
「可愛い。超可愛い。金髪美女とか異世界って感じする」
異世界に召喚されて以来、過去最高に興奮していた。
金髪の女騎士って、超ファンタジーしてるぜひゃっほーい! って感じしない?
俺の中ではドラゴンよりも金髪の女騎士が一番ファンタジーって感じを実感する。
ってか、金髪の女騎士ってメインヒロインとして扱われることが多いよな?
まさか……?
彼女が俺の……?
メインヒロイン……?
胸の高まりが抑えきれなくなってくる。
「あ、ああ、どうしよう、今すぐ彼女に会いに行きたい……俺のハニー、俺の未来の恋人!」
途中で抜け出しても大丈夫だろうか?
「大丈夫なわけないだろう?」
「だよね」
…………。
「はっ、ヘ、ヘル様なぜここに⁉」
心を読まれた……? いや、きっと偶然だろう。考えていることを悟られただけだ。
ヘル様は俺に微笑みかけて言う。
「ちなみに、この部屋を出ると、貴様は自然に爆発して、ゲームオーバーとなる機能が実装されている」
「こ、こわ……マジですかそれ……」
「嘘だ。多分絶対に嘘だ」
「なんですかその支離滅裂な返答!」
ヘル様の言うことが、本当に嘘なのか真実なのか判定できない。
この人あれだ。冗談を言っても冗談として片づけてもらえないタイプの人だ。
「ところで、サボる気満々だったみたいだな? まあ、今回は見逃してやる。勉学に集中しろ」
「は、はい……できるだけ、知識を叩き込みます……」
「そうだな。一つ良いことを教えてやろう。貴様が見惚れていた奴はヘルヘイムに住んでいる。食事の時に顔を合わせることになるだろう」
マジか! ふぉおおおおおお! やったぁぁぁぁぁぁ! ついに脱童貞!
「ついでに一つ、残念な知らせだ。奴は私にぞっこんだ」
マジか! ひゃっほぉぉぉぉ! リアル百合ぃぃぃぃ! そして奪童貞!
「……マジかよぉ、俺のヒロインがさっそく取られた」
「ふん。オタクの貴様が考えていることはお見通しだ。私もオタクだからな。私はキモオタなんだ」
ヘル様は、愉快そうに言った。
「自分のことをキモオタだと喜んで言う人初めて見たぞ……ってか、ヘル様、なんで俺のいた世界の文化のこととか、契約をする時のボールペンもそうだけど、俺の世界の道具を持ってるんですか?」
「貴様を召喚できたように、貴様の世界の道具や情報、ほとんどのものはこちらに召喚できる。この世界で私くらいだろう、そんなことができるのは」
「なるほど。そりゃ、オタクになるものだ納得」
「だが、断る」
「うん、使い方間違えてますね」
こんなお嬢様って感じの人がオタクの文化の虜になってるとか、不思議なものだ。
リアルのオタクだったら、顔のレベル的に中の中でも姫扱いされるというのに。
俺はリアルそのものが嫌いだから、姫とかに媚びることはなかったが。
そういう俺は、このオタク姫の奴隷なのだから、あまり強くは言えない。
「さて、では私は仕事があるから失礼しよう。貴様も、勉学をサボることのないように。一時間後にテストするんだからねっ! 別にアンタのためじゃないんだから!」
淡々とツンデレるヘル様。悪いがそれでは萌えねえよ!
「唐突にオタクネタ入れるのやめていただけます?」
「ん? これはよくわからないが、枕詞や序詞の類のものではないのか?」
「やばい解釈してんなぁ……そもそも、枕詞や序詞は後じゃなくて前に置くものなんですよ」
「枕営業」
「うん、それについては覚える必要なし! しょうがない、俺で良ければいろんなことをお教えしましょうか?」
やはり間違えは正すべきだ。
特に、ヘル様のようにプライドの高い人間は。
「ほう。頼もしいな。では頼むとしよう。オタク知識ももっと培いたい。頼むぞ、オタクティーチャー」
「オタクティーチャーの称号、ありがたく頂戴致します。全然名誉ではありませんが」
ああ、でもオタク知識を教えたら、ご褒美に何かアニメグッズとかをこの世界に召喚してもらえるかもしれない。
できれば、ノートパソコンとエロゲを召喚してもらいたい。俺は今エロゲがめっちゃやりたい。二次元の彼女に癒されたい。愛を育みたい。
「ヘル様ヘル様、オタク知識ならいくらでもお教え致しますので、ノートパソコンとエロゲを数種類召喚してもらえませんか?」
どうせエロゲなんて言葉は知らないだろう。平気だ平気。
しかし、ヘル様の顔つきが険しくなる。
そういや、俺は奴隷だった。奴隷がギブ&テイクな関係を求めるのは主への反抗だ。
やばい……。
冷や汗が全身に滲みだす。
「貴様、女性である私に、そんなハレンチなゲームをよこせとは何事だ!」
そっち⁉
つーか、エロゲが何か知ってたのかよ!
「で? 貴様はこの部屋に籠ってエロゲをやって、ナニをなにするというのだ? ほら申せ。私の城内でナニをするつもりなんだ?」
「いや、そんなことしねぇ……ですよ! ただ単に俺は二次元の女の子とイチャイチャしたいだけなんです!」
「では、条件1つと命令が1つ。これを聞けるなら明日召喚してやろう」
な、なんだろう……。
物欲を主に満たしてもらおうという、奴隷としての俺の無礼には怒ってないみたいだから良かったが。
うーん、この世界の奴隷の扱いってこんなもんなのか? ペット扱いみたいな? ちょっとした便利係みたいな?
「ノートパソコンとエロゲは私の部屋に配置する。私の管理下でエロゲをしろ。あと、さすがにネット回線までは繋ぐことはできない」
「ヘル様、ネット回線も知ってるとか俺の世界のことを知りすぎだろ……はいはい、それで構いませんよー。別にナニかをするためにプレイするわけじゃないしな」
二重の意味でプレイをしなきゃいけないから辛いところではあるが。
エロゲをプレイすることと、人前でそれをプレイするという羞恥プレイの2つ。
上手いこと言うなぁ、俺。
「では、次は命令だ」
一瞬だが、ヘル様は視線を伏せ、儚げな顔をしたように見えた。
「ヘル、と呼び捨てにし、敬語も外せ。召喚した時は少し腹立たしかったから、敬語を使わせたが。私は敬語が嫌いなんだ」
思いもよらない発言に、俺は驚愕せざるを得なかった。
「え、い、いいんですか?」
「ああ、いい。今すぐ敬語を外せ。それと、ハイル。雑談をする余裕があるのか? さっさと勉学に移れ」
そそくさと、部屋を出ていくヘル様。
ほんの少しだけだが、顔に赤みを帯びていた気がした。
「おいおい、なんだよなんだよ」
ヘルがメインヒロインじゃないのか? とか疑っちまうじゃねえか。
その後はもちろん、有頂天になった俺が勉強に集中することはなかった。