プロローグ
「あら、やっと起きた」
重い瞼をうっすらと開くも、眼球に薄い膜でも引っ付いているかのように、辺りがぼんやりとしてよく見えない。
意識がはっきりとしてきたかと思いきや、また遠のいていく。
途切れ途切れの意識の中、声だけは鮮明に聞き取ることができた。
「辛い? 辛いわよね……でも、大丈夫よ?」
声の主は、俺の頬を指先でなぞる。
ゾクゾクとするような不思議な感覚に陥るが、それがとても、心地良く感じた。
「あなたと私が組めば、世界は私たちのもの。あなたの願望、なんでも叶えられるわ」
やっと、やっとだ。
やっと、この世界を手に入れられる。
やっと、俺は救われる。
「私たちの勝利を手に入れましょう?」
そうだ、俺はやっと幸せに……幸せ?
その瞬間、頭の中に電流が走り、意識が覚醒した。
それでも、視界はぼんやりしたままだ。
さらに、あることに気づいた。
手足に枷を付けられ、身動きが取れない。
何度、腕に力を込めても、鎖が唸る音が生じるだけだった。
相手に飛び掛かることもできない。
だから、
「――言っておくが」
お前に臆せずに、
「俺は」
俺の勝利は、
「あの子を幸せにする」
ことだ。
あの子を絶対に救ってやる。
「……そう」
「でも、大丈夫」
あ、あれ……?
気づいた。
気づいてしまった。
刃物で、腹部を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……突き刺されている。
刃物が内部に押し込まれると、俺の肉体はそれを離さんと吸いつき、強引に抜かれると、血が噴き出る。その繰り返し。
気持ち悪い感覚だった。
いっそ、早く死んでしまいたいと思うほどだ。
そう思った瞬間、俺の口角は不気味なほどにつりあがった。
「ふふふ、壊れるにしては早すぎないかしら?」
「は、ははは……」
今も尚、刃物による拷問は終わらない。
「大丈夫。今は苦しいけど、すぐにあなたを私のものにしてみせるわ」
「無理だな」
「……どうしてかしら?」
「いっそ早く死んだ方がマシだ。すごく苦しい。でもな、その程度の苦しみ、たいしたことないんだよ」
「……そう、楽しみだわ」
刃物が抜き差しされる音は延々と続いた。
徐々に眠気へと誘われていく。
ザク、ザク、ザク、という音に比例して。
それからすぐに、俺は意識を手放した。