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八話 元獣は領主の息子に会っていた

 迫りくる月から身を隠す光の起源が地平性の近くまで迫った時刻、老人の死の一部始終を見つめ続けて依頼を成し遂げたヒデは勝手に決めた報酬のハートのネックレスを首にかけながら嬉々として冒険者組合の扉を開け放った。


 依頼を受注した際に担当してくれた女性の元に依頼書を届けると報酬として銀貨五枚が報酬としていただいた。


 銀貨は銅貨が十枚分に相当し金貨は銀貨百枚分と同等の価値だとギデにさんざん教えられている。


 他にも銅貨は鉄貨の十枚分、金貨よりも上に大金貨という物があり、それは金貨百枚分だそうで、これを持っているのは大商人か貴族か王族かその身近な者達ぐらいだという。


 おいしくもないものを使うなんて人間って変、と四人にヒデが聞くとそれで全てが賄っている。需要と供給がしっかりと出来ていると言われたが、その需要と供給が分からなかったためその時説明の時間がかなり伸ばされたのは嫌な思い出だ。


 今回の依頼人は自分の死後の処理も頼んでいたそうで、老人の死体は予め作られていた墓の下に先に眠る妻と共に埋められ、老人の自宅は商人が買い取る予定になっている。


「ふぁあ~」


 今咲いたばかりの花のような生き生きとした美しさを持つ少女は欠伸を一つしながら、冒険者組合の中にある椅子に座ってリル達が返ってくるのをひたすら待っていた。


 その少女は依頼が終わった後宿へと戻り一日を寝て過ごした。その後、一日で帰ってくる、と言っていたリル達をどこで待っていればいいか分からなかったこともあってヒデは組合で待つという選択をした。


「そこのお前」


 待ちすぎていつの間にか睡魔に襲われまどろむ眠りの海を彷徨うようにヒデの瞼は鉛のように重くなり半分が閉じている。


「聞こえないのか? そこのお前!」


 どこかで怒鳴り声をあげているがとても眠いから、特に気にならない。


「そこの青い髪の女! お前だ!」


 いつの間にか目の前まで迫ってきていた男にヒデは特に驚くこともなくただ眠そうに見つめた。男は憤懣を露わにするように顔を赤くし怒気をを向けている。


 銀の鎧に紋章のような者が兵っている未知らぬ男。


「……なに?」


「お前、俺と一緒に来い」


「やだ」


 にべもなく断りを入れる。知らない人間に声をかけられたらすぐに断るか無視しろとレティに教えられているため、目の前に迫ってきた見ず知らずの男をヒデは断った。


「なっ!」


 まさか自分の誘いを断るとは思っていなかった男は徐に自分の懐から一枚のカードを出した。そのカードは黄の色をしていた。


「これで俺が何なのか分かったな。ほら、さっさと俺と一緒に」


「やだ」


 それでもにべもなく断りを入れるヒデ。ヒデにとってカードの色という物はただ色が違うだけであってそれに自体に価値を見いだせていない。


「貴様、騎士に逆らうのか!」


 黄色のカードは国家の軍隊の軍人、国が作り上げた戦闘組織の構成員であることを示している。


「……あなたは、敵? 私の自由を奪うの?」


「何を言っているんだ? いいからさっさと……ッ!」


 同じ定型文の言葉を全て述べ終る前に、煩わしく眠りの邪魔だった物を投げ飛ばした。


 組合の中では大人しくと言われていたために自分は大人しくじっとして、目の前の男を音もなく外に出した。


「な……なにが、起きたんだ?」


 投げ飛ばされた男は自分の身に何が起こったかすら理解の範疇外なようで挙動不審に首を左右に振っている。


 ヒデは未だに反目の状態で組合の外に出て尻もちをついている男の前に立った。


「で、敵は殺してもよかったような……駄目だったような……まぁ、とりあえず……」


「な、なにをする!」


 だらしなく伸ばされた足を持つと、ヒデは視界に入らないようにしようと投げ飛ばそうとしたが、それでは死んでしまうのではと考えなおし、足首を持ったままその場で高く跳躍した。


 夕紅に己の青を染めながら、茜色の衣をまとう眼下を歩行する有象無象を注視する。


「あ、いた」


 上空に飛び上がったヒデは外壁を優に超えており、そこでヒデはこの男と同じ格好をした者達をそこで探して見つけた。すると、再びヒデは足場のない空中で跳躍した。


「な、何だ!」


 兵士達の前に着地したヒデを見て驚嘆し、その手に捕まれている同僚の哀れな姿に瞠目した二人は急いで抜剣する。


「後よろしく」


 そう言い残したヒデはそのまま知らないうちに気絶してしまった男を床に放り棄てて再び跳躍し組合に戻った。


 取り残された二人は抜いてしまった剣とピクリとも動かず白目をむいている同僚をどうすればいいのかを考え始めるまで唖然としてだらしなく口をあいていた。


「お、やっと来たか」


 新調した赤を吉兆としたアックスを背に持ったギデの低い厳格のある声音が皆が不自然なまでに静まり返っていた室内に響く。組合に戻るとそこには既に四人が支度を終えて戻ってきていた。


「それで、どうだった初の依頼は?」


「うん! たぶん、うまくできたと思うよ?」


「そうか。じゃあ、いったん宿に戻るか」


「ちょっと待ってくれ」


 宿に戻ろうとしたところでまた違った男の低い声音が五人行く手を阻んだ。


「副長」


 副長と呼ばれたその男は無精髭を生やし貫禄のある顔立ちをしている。緑に金色の意図で組合の看板である盾と剣と弓が重なった文様が刺繍されてある服を身に纏った男こそ、【オークス】にある組合内でフ番目に権力を持っている者。


「そこの彼女と少し話をさせてくれないか?」


「え、ヒデですか?」


 自分達とはまず会話をすることすらない組合内の重役が唐突に話しかけてきたために四人は戦々恐々と話を待つことしかできなかった。


「彼女はついさっき個々の貴族の兵士を拉致したんだ」


「拉致!」


 どういうことか未だに判断がつかない四人は副長から言われた言葉を同時に復唱した。


「拉致って?」


 一人だけその意味が分かっていないヒデに全員が肩を落として溜息を吐いた。組合内で簡易的な授業が短時間かつ分かりやすく説明され、拉致とは当人の了承無く力ずくに連れ去ることと意味だと理解した。


「でも、しっかりと返したよ?」


「どうやって?」


 リルに真顔で質問されたため、包み隠さずに話した。


 鬱陶しかったので優しく組合外に出してから足首をもって同じ鎧を着た者達の前にもっていき放り棄てたことを。


「これは……いいのか?」


「知らない人に付いていかないことに関してはいいんでしょうけど、権力についてはまだ教えていなかったかしら? これって不味い? というかどうして兵士がヒデちゃんを?」


「それなんだがな」


 副長が言うには昨日シルバーの三人とヒデが争った際に、一人は屋台に、一人は石畳にあたった。だが、その中に街中を歩いていた物に激突したという者がいた。


  今迄リルの言っていた事件が本当に起きたのかどうかあいまいに理解しかねていた三人は権威ある自分達の副長の言葉によってやっと理解した。


「それで、その歩いていたっていうのがここを仕切っていた領主の長男ってわけだ」


「なんて運の悪い。いや、運がいいのか?」


「何を馬鹿な……」


 四人は運が良いのか悪いのかよくわからないが、絶対よくないことが起きたと額に手を置きリルは天井を仰ぎ、エルは嘆息し、ギデは苦笑し、レティはリルと同じように額に手を置き、俯いて溜息を吐いている。


 そしてその街中を歩いていた長男はその時の衝撃により気絶、後日それを目撃していた私兵により三人の男が先に領主の元へと移送され、その話に出てきたヒデも事情聴取という名目で移送される手はずになっていたらしい。


「そこを、ヒデが追い返した……いや、置いてきた? まぁ、どっちでもいいんだがよ。これからどうすんだ?」


「最初の事件はその三人がヒデさんを連れ去ろうとしたからですから、多分大丈夫だと思うんですけど、やっぱり今回のが問題になるのでは」


 壊れた宝石を取り換えるのではなく全く新しくした木製の杖を持ったエルの発言によりその場にいる者は腕を組み唸りを上げながら苦悩する。


「というか、先にそういうこと速くいっておいてくださいよ」


「こちらだって多忙なんだ。それに、訪れてきた兵士を拉致するとは到底予想もつかん」


 この後一体貴族がどう出てくるかわからない現状では何とも言えない。それにここにずっといても何もできない。権力のある者はその存在自体が厄介なものである。


 だからこそ、誰もが帰属には逆らわず、またその配下である兵士などにも逆らわないが、それを知らないヒデは逆らってしまったため、どうなるか分からない。


「今日はもう遅い、貴族のところに行くにしてもいかないにしても今日はもう寝よう」


 いつの間にか辺りは暗くなり石畳を照らし出していた陽光の代わりとばかりに青白い月光が照らしている。黒く染まった空の天井はいくつもの光る点によって彩られている。


「それでいいのか」


 もう遅いという理由だけで貴族への謝罪を後回しにする五人に副長は微かに嘆息した。


「止まれ!」


 もう宿に戻ろうとした五人を止めたのは数十人の同じ銀の鎧を纏った者達だった。

 すでに武器を取り出し五人に向かって構えている。


「そこの青髪の娘、お前がヒデだな」


「うん、そうだよ」


 数十人の兵士に囲まれていてなお臆することがなくヒデは肯定する。その様子を見たリーダーらしき人物はその肝の座った態度に感心するも現状が理解できていないかのようなその態度と蛮勇心を鼻で嗤った。


「貴様か。貴様をアイノス子爵様へと連行するように命令されている。大人しく抵抗せずについてこい」


「うん、やだ」


 即答したヒデに兵士だけではなく、組合内に屯していた者達や副長、リル達四人までもが聞き間違えかと思うほどあっさりと拒否した。


「今から宿に行くってところだったんだよ。それなのにまた別のところに行くなんて、めんどくさいし、時間を考えてよ。もう寝る時間だよ。馬鹿じゃないの?」


「き……貴様! 我らを愚弄するか!」


 多少なりとも成長したヒデは自信満々な顔をしながら目の前の男達を馬鹿にした。馬鹿にされたリーダーは顔を真っ赤にし、声を荒げながら自分の部下に指示を出す。


「ええい! いやが何でも連行させてもらう! 全員、この娘を捕らえろ!」


 リーダーの指示に部下達は呼応し刃のない剣を振り上げた。


 暴徒鎮圧用に作られた模擬刀。これは暴走した市民や犯罪者を生きたまま鎮圧するために刃を潰された剣であり、決して殺害などをするための物ではない。勿論殺害のための件も彼ら兵士は腰に差してはいるが今回の命令で生きたままと言われているため使用は禁止されている。だが、リーダーが致し方なしと命令をすればそれらは問題なく使用可能となる。


「う~ん。人は殺してはダメで気絶させるだけっと」


 何十人の手から放たれる危機感が全く読み取れない鈍器を軽々と避け続けていたヒデが独り言を言いきったと同時に最も近くにいた者の後ろの首筋を蹴り石畳とキスさせた。


 次に近くにいた者は腹を殴って気絶させた。


 二人を同時に沈めた少女に一瞬たじろいだ様子を見せた兵士は次の瞬間には気を取り直し自らにそれぞれ活を入れ再び襲いかかった。


 襲いかかってくる仕事に忠誠を誓った者達をヒデは無慈悲に一撃で意識を刈り取っていく。顔を殴り飛ばし、手首を掴み振りわして他者にぶつけ、遥か彼方に飛ばす。


 しばらくして、何人も剣を使っている者達がいる中で自分だけが何も持っていないことになんだか疎外感あ出てきたためたおした兵士が持っていた剣を拝借した。


 その途端に周りの者達が過剰反応を示したのが少し面白かったのか、ヒデの笑みは大きくなった。


「やあぁ!」


 力の抜けるような場違いで呑気な声と共に嬉々として大振りで上から剣を振り下ろした。


「ひぃ!」


 剣が振り下ろされようとしていた兵士の一人は情けない叫び声を上げながらも持っている剣で防御しようとし襲いかかってくるだろう衝撃に備えた。だが、いつまでたってもその衝撃は来ない。訝しく思い閉じていた目を開けると剣を持つ格好をした少女が剣を持たずに立っていた。


「がふっ!」


 放心状態の少女と兵士は後ろから聞こえてきた不快な声音と重い物体が衝突したような音に目を向けると、顔を赤く染めて憤りを感じて怒鳴り散らしていた男が頭にかぶっていた甲冑が凹みその身近には剣が一本横たわっている。


「た、たいちょーう!」


「隊長! 馬鹿な! 俺達の隊長が!」


「隊長!しっかりしてください! たいちょーう!」


 なんだかノリがよくて面白い人達だな、と兵士達が瞳にうっすらと潤ませながら、怒りを露わにするように握った手を震わせている様を隣で眺めていたヒデは思った。


「さて、じゃあ、宿に行こっか!」


 騒がしく叫んでいる兵士達を取り残しながら元気よくリル達に話しかけてそのまま一人で市場を歩き回りから注目されながら宿へと向かった。


 青い少女が新しい人生に思いをはせながら残映に包まれて赤い道を闊歩する。


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