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六話 元獣は勉強する

 透明な壁から注がれる陽光の零れ日に眩しさを覚えて目を覚ますと何故か四人が決意を固めたような表情で枕元に立っていた。


 四人の服装は前日とあまり変わってはいなかったが、ギデはしっかりと服を着ており、リルとレティは付けていた防具は外している。エルは何故か外でもないのにフードを被ったままである。


 エルは空色を基調にして白を織り交ぜたかのような服とスカート、レティは動きやすさと耐久性を重視した女物の靴を、ギデは金貨と銀貨と銅貨を、リルは数枚のクッキーを持っていた。


「さぁ、ヒデ! 勉強しようか!」


 今日この時から、リルのその優しい言葉がヒデにとっての悲惨な目にあう合図となることを、この時のヒデは、まだ知らない。


「うん? ねぇレティ、それは何? 食べれるもの?」


「そうよ。とっても美味しい御菓子よ」


「本当! わ~い!」


 美味しい物で食べられる物とわかったヒデは両手を上げて体全身で喜びを表現する。そしてお菓子を貰おうと手を伸ばすと、御菓子を持っているリルは手を引っ込めてしまった。


 数秒してまた手を伸ばすが今度は上に逸らされヒデの手は空を掴むばかり。それを二度三度続けるが、一向にお菓子が乗っている皿をヒデは掴めない。


「う~、も~! なんでくれないの!」


 遂にお菓子が取れないことにヒデは憤慨した。

 目の前に美味しそうな物があるのに食べれないというのは、今迄獣を殺してすぐに食べていたヒデにとっては我慢するということは苦痛以外の何物でもない。


「心配すんなよヒデ。ちゃんとあげっからよ」


「本当?」


 ギデの言葉にヒデは期待に胸を膨らませる。


「おう。だけど、その前にヒデにはやってもらいたいことがある。それが終わったらこのクッキーをやる」


「ふ~ん。わかった。で? 何をすればクッキーが食べられるの?」


 何をするのか全く分からないがやらなければクッキーがもらえない。だからリル達を急かすと、服を持ったエルが前に出た。


「ヒデさん。まずはこれに着替えてください。こちらの方がヒデさんに合ってますから」

「わかった。よいしょっと」


 するとヒデは貰った服を今着ている服の上から重ねるように着だし始めた。。


「ちょ、ちょっと待ってください! 先に服を脱いでからそっちを着てください!」


「そうなの? 分かった」


 エルの説明を聞いたヒデは上から着ようとした服を一旦床に置くと、すぐに服を脱ぎ始めてしまった。

 そして、エルとレティは気が付いた。この部屋には獣が二匹いることを。


「こぉら男ども! いつまでもここにいないで、さっさと廊下に出ていきなさい!」


 激怒したレティはリルとギデを蹴り飛ばして廊下だす。蹴られた衝撃でクッキーを落としそうになったが、何とかこぼさないことに成功した。











 その後エルとレティの手を借りてやっとのことで着替えが終わったことを廊下に待機させている二人に伝えるとリルとギデはゆっくりと扉を開ける。そして、部屋の中にいたヒデの姿を視界に入れる。


 空色を吉兆として白を織り交ぜたかのような服はヒデの水色の髪との相性がいい。ひざ丈まであるスカートは明るい青とは対照の暗い赤をしている。その赤がより蒼を引き立てるのに役立っている。


「う~ん、何かちょっと変」


「我慢なさい。せっかくいいパーツ持ってるんだから、それを生かしなさいよ」


「そうですよヒデさん。持って自分に自信を持ってください」


 渾身の出来だと言わんばかりにエルとレティの顔は満足げだ。


「それで~? 男から見た感想は~?」


 悪戯が成功したようなニヤニヤとした笑みを浮かべるレティに追随するように得るとヒデもこちらを向く。


 どう反応すれば当たり障りなくかつ、からかわれることはないかを頭の中で必死に考えるが、やはり普通にほめればいいという結論に至った。


「ああ、いいんじゃないか。前よりもずっと今風だ」


「だな。俺もいいと思うぜ」


「何よ、つまんない。もっとないの? こう、ついつい襲っちまいそうだなぁ、グヘヘ。みたいな」


「お前がどんな期待をしていたのかはよ~く分かった。後で話し合おう」


 結局少し絡まれることになったが確かに襲いたくなるほどに可愛いというのは間違いない。しかし、既にリルとギデの心境はヒデの父親か兄のようになっているために、欲情すると言ったことはない。


 リルに至っては、ヒデと共に冒険者組合に行く時にすでに何度もトラブルに見舞われ、自分が面倒と後始末をする羽目になっていた。その時にまるで幼児の相手をしているような感覚に見舞われてしまっているために心境は完全に保護者である。


「嫌よ。それより、リル。早く始めるわよ」

「そうだな。ヒデ、これを見てくれ」


 そういうとリルは絵の描いてある板を床にヒデに見えるように置く。


「リル、この絵は何? なんか外でも見たことがるんだけど」


「これは数字といって、お金や物の数を数える時に使うんだ」


「そして、これが文字という物です。これを使うことで直接声を出さなくても相手が何を言いたいのかが分かる。更に、遠くにいる人に自分の言いたいことを正確に伝えることができる優れモノなんですよ」


 リルは数字のカードを一~十を並べ、エルは文字の全てを並べる。


「ふ~ん。あたっ!」


「こら、そんな座り方はいけません、ちゃんと女の子座りしなさい。こうですよ」


 不通に座ろうとしたらエルに杖で小突かれた。仕方がないのでエルがしているように両膝を畳んで同じ方向に向けて座る。

 それを確認したエルは満足そうに一つ頷いた。


「よしヒデ。これからこれらを全部と、せめて足し算と引き算ぐらいはできるようにしよう。もしできたらクッキーをやる。もしできなかったらなし。ほら、簡単だろ?」


「うん。なら、早くやろ。クッキー早く食べたい」


 クッキーでヒデをやる気にするという第一段階が成功したことに安堵し、問題はこれからだという風に四人は気を張りなおした。









 それから数か月間、ヒデは地獄という単語とその意味を理解した。ほぼ部屋に監禁され続け、お洒落というものを教えられ、お金の使い方と価値、人前での振る舞い方、を教えられ続けた。中でも、これで最後と言われてそれが終わってもまだ続くと言われ、もう嫌と言えば食べ物で釣ってきた。何度も何度も最後と言われ続けてやっとのことで手に入れた料理は格別だった。おかげで人間不信になりかけているのは余談である。


「さて、もういいだろう」


「そうだな、そろそろ依頼をこなしに行かねぇと生活的にもやべぇしな」


「やっと、外に出られる……外……外……」


 ヒデの瞳は虚構を見つめて外に出られるという歓喜の出来事に俯きながら何度も外とまるで呪文のように呪術のように唱えている。


 今迄室内という場所など知らず野生として過ごしてきた少女に対しては少しばかりやりすぎたかもしれないと四人は少々反省を見せたが、上出来だとこの数日間を思い返して不敵な笑みを浮かべた。


 買い物の仕方を学ばせるために何度か自分でお金を使わせてみたことがあったがその時も自由がなかったために、ストレスが溜まってしまってしかたがなかっただろう。


「一応、討伐依頼を持ってきました。受注してありませんけどね」


 言い淀んでいるエルは未だに俯いたままのヒデを見やった。


「ま、シルバーランク三人を圧倒出来たんでしょう? なら大丈夫だって。それで、いったいどんな依頼?」


 レティがエルに問うと肩にかけてあった鞄から一枚の羊皮紙を取り出しそこには亜獣討伐と書かれており、その下には今回のその目標の正式名称『オーク』と書かれている。


「オーク二十匹の討伐依頼です。なんでも群れを作っている最中だとか」


「ふ~ん、まぁいいけどさ。それなら、一日は食料やら馬車やらで潰れるわね。それから討伐に出向くから数日はかかる。ヒデはどうする? あたし達と一緒に行くかい?」


 虚構を見つめ続けていたヒデはいつの間にか回復しておりレティの誘いに乗るかどうか顎に手を当てまだ隠していない尻尾を窓から入る風に撫でさせながら思案する。


 四人は自分達のパーティにヒデはすでに入れてはいるが、一度依頼をさせてから入れようとしている。もしかしたらヒデは一人でやっていきたいという可能性もある。個人は個人を優先させるものだと思っているからこその提案。


「う~ん。一回自分で依頼を見つけて一人でやってみたいしなぁ。っていうか暴れたい」


「暴れんな。しかし、依頼かぁ、いいんじゃねぇか? その間に俺達は支度を済ませばいいしよ。幸いこの依頼の期間は結構長い。それにもし誰かに先をこされちまったら別のを探せばいいしよ」


「よし、ならそれでいくか。ならさっそくヒデを組合に送るか」


 そうして決まった事に全員が賛同しさっそくヒデに靴を履かせ、下着を付けさせられ、服を着替えさせ、紙を櫛で梳かして清潔感を出させ、街中で暴れない、無暗に人に付いていかないと暗記させたことを声に出させてから五人は宿を出て組合に向かった。




 街の中では絶世の美女が歩いている姿に通行人は足を止めた。どこまでもにこやかなその笑顔に心動かされた者達は数知れなかった。


 冒険者組合に打擲したメンバーはヒデ以外とても披露している様相だった。


 四人は注目されるヒデの近くにいたことで同時に数々の視線を向けられることになり、注目されることに慣れていない四人はそれだけで精神をすり減らすことになった。


「さぁってと、依頼依頼」


 その数々の視線に敵意や悪意を感じなかった日では全く気にすることなく来たので全く精神にダメージを受けていない。そのため元気よく依頼が張り出されているボードへと足を運んだ。


「う~ん。何にしようかなぁ。うん?」


 悩んでいると右下のところにランクホワイトと書かれて、更に今日限りと書かれていた物に視線が向いた。


 そこには、一人の老人を見るだけという非常に簡単な内容だった。

 それだけならと思いヒデはその羊皮紙を取りカウンターに持って行こうとした。


「ちょっと待ちな」


 目の前を遮る男を見て、前と同じようになるのではないかと思い返事をすることなく素早く横を通り過ぎることを選択したヒデは依頼書を受付に渡した。


 受付の女性は非常に微妙な表情をしているが、ヒデは特に気にすることなく受注された依頼書をもって四人が待つ外に素早く飛び出した。


「お待たせ!」


「おう。で、何受けたんだ?」


「これ!」


 勢い良く見せた依頼書を四人は除くと同時に微妙な表情を見せ、何事かをぼそぼそと話し始めたが、野生並みの聴覚を持っているヒデに対しては無意味だった。


「なぁ、これってまずいんじゃないか?」


「いや、いいじゃないかい? これも経験だとあたしは思うね」


「私もです。これから冒険者として生きていくにはまず身近なものから徐々に鳴らした方がいいとも私は思います」


「俺もそうだと思うぜ。いくら魔物が殺せても仲間が死んだことで戦意喪失ってんじゃ話になんねぇしな。それに、これなら一日で終わるし、オークはやめて俺達も一日で終わる奴でもやるか」


 賛成的な三人に負けたリルは渋々といった具合に承諾した折をヒデに伝え、四人はそれぞれ一日で終わる簡単な仕事を探しに行った。


 何かあるのだろうかとヒデは勘ぐったが内容的に問題ないと踏んで依頼書に書かれていた地図に沿って目的地に行く。四人は心配そうにヒデの背中を見送った。


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