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五話 元獣は考察される

 男とヒデが交差し数秒の硬直。すると近くで金属が鳴らす甲高い音が響き渡る。周囲の視線が音源に向かうと、そこには折れた鉄の刀身が落ちていた。


 次に周囲の人々は血面についた赤いシミの出所を探すためにヒデと交差した男の姿を視界に収めと、答えは見つかった。


 振りかぶっていたカギ爪に武器に視線をやると、三つある刃のうち左にあった一本が途中から無くなっており、更に男の首からは赤い血が少量だが確かに出ていた。


「……な、なにが……起きたんだ……」


 今起きた出来事が理解できなかったカギ爪の男は呆然と立ち竦んでおり、その現況を作り出したヒデは男と同じようにその場に立ったまま自分の手についた血を舐めている。


 獲物を狩るとき、捕食するときに感じるいつもの味。初めて獣を食べた以前から何故か慣れ親しんだことのある不思議な味。


「テ……テメェ! いったい何しやがった」


 ヒデの後姿しか見ていなかった仲間の一人が、これ幸いと連続してその剛腕を魔法の力を使用しながら右から左からと繰り出す。


 だが、声を出したが為に後ろから近づいてきているのを察知し、振り返る。そして、繰り出されているそれらを、全て笑みを浮かべながら獣のように反射だけで避ける。


 その風景を見ている人々は戦慄した。


 シルバーランクが繰り出す連撃は空を切り裂くばかりでいくら待っても鮮血や悲鳴をこの場にもたらすことはなく、繰り出されている可憐な少女はまるで初めて見る玩具を嬉々として遊んでいる子供のように見える。また、その脅威を避ける姿は貴族の社交界のダンスのように優雅で無駄がなく、唐突に背から羽が生えたとしても誰も不思議に思わないほどの柔らかな表情をしている姿に誰もが閉口し固唾をのんでいる。


「うおおおおりゃああぁああ!」


 背後に回っていた初めに襲いかかってきた剣の男が横に一閃し、ヒデを切り裂き誰もが悲鳴を上げた。だが、当の本人には肉や骨を切り裂いた感触がないことに当惑し振り抜いた状態で硬直してしまった。


「う~ん、リルが言ったのは殺すのはやめろってことかなぁ? それとも、痛いのをやめろってことかなぁ?」


「い、いつのま……!」


「ま、いっか。取りあえず寝かせればいいよねぇ」


 背後から鈴のような小さい呟きが耳に入った途端、男達三人の視界は黒しか移さなくなり、その場に倒れ伏した。


 意識を失う前、振り返った時に一瞬だけ見えたそれは、男達の瞼の裏、脳髄の奥底まで染み込んでしまうほどに、強烈な笑みだった。


「これで良しっと!」


「う~ん、いいかどうか迷うところだよなぁ」


 しかしリルのその呟きは独り言となり誰の耳にも入ることはなく、この惨劇を招いた役者は退場したやられ役の三人を器用にも右手二人左手に一人づつ襟首を掴んで組合内に入っていった。


「リル~。私中では大人しくしてたよ。暴れたのは外だし、リルの言う通り殺してないからいいよね!」


 元気いっぱいに尋ねてくるヒデにリルは曖昧ながらも肯定の折をつたえるとヒデは飛び跳ねそうなほどに喜びを露わにした。


 周囲の男衆はその姿を微笑ましく見る者と見惚れて頬を赤く染める者に分かれ、更には下衆な勘繰りをしている者に分かれた、その後ヒデの口から出てきた男の名前に嫉妬し、リルに対して怨嗟の念を向けていた。


「で、これからどうするの? 宿に行くの?」


 ヒデがそう口にした瞬間妙な勘繰りをする者達がさらに強い怨嗟の念を向けてきたことでリルの顔は蒼から白へと変わっていった。


「そ、そうだな! 早く、みんな! の宿に行こうか! その前に靴も買うからな!」


「うん? そうだね!」


 みんなという部分を強調したリルを訝しく思ったがそんなことはどうでもよくなったので強く返事を返した。宿というところはどんな所かとても楽しみだ。


 リルとヒデは対照的な表情をしながら三人が待っているであろう宿まで、ヒデは嬉々として、リルは周りの視線から逃れるように向かう。


 何かまずかったのだろうかと、ヒデは内心呟いた。







 目的地に向かう中、幾つかの屋台などに目移りしながら歩いている間に太陽は地平線に隠れ外灯の淡さに照らされた帰路を目印にしながら自宅へと帰っていく者達が増え始めている時間帯となっていた。


 宿に入った当初は組合と同じように賑やかに食事をしていた宿泊客もしくは連れ添いの者達や受付をしていた男性達などがヒデが入ってきた瞬間に一斉に会話を止め目を奪われる。


 月明りに照らされた空は暗さの中で星のような輝きを放ち、白磁のような肌はさらにその白さを増している。


 隣にいるリルに鋭い眼光を向けられ、当のヒデは初めて嗅ぐ料理の匂いに歓喜し、初めて見る情景に興奮しきっていて周りの目の意味が分かっていない。


「ねぇねぇリル! あれなに! もしかしてご飯! すごくおいしそう!」


「あっこら待て!」


 颯爽と料理に飛びつこうとしたら肩をリルに捕まれてしまい憤りを感じていた。


 曰く、あれは人がお金を出したもので勝手にとっては犯罪になり捕まってしまう、食べたかった場合そのお金が必要になるという。


 組合に行く時も屋台にある食べ物を食べたら屋台にいた人にものすごく怒られリルが銅色のお金を渡していた。


 推測するに食べ物はお金を渡さないと手に入れることができなくて、そのお金を稼ぐために組合にくるという物をこなさなければならないということが分かる。


 人間はどうしてこんな面倒なことをするのだろうか、食べ物が欲しかったら森に行けばいい。そこならたくさん食べ物がある。


 それをリルに言うと、そういうことを仕事にしてお金を貰っている者もいるという。

 人間の社会は難しくできてるなぁと、ヒデは思った。


「おお帰ったか」


「あ、ギデ!」


 奥にある階段から降りてきた三つの足音の最初の一人を見つけたヒデは大きな声で指をさしながら名前を呼びその後ろにいる二人も視界に入った。


「やほーヒデちゃん」


「こんばんは、ヒデさん」


 ギデの後ろから現れたレティとエルは全体的に綺麗になっていた。


 頬や服についていた砂埃や、泥、寝不足によるクマが、全部治っている。同じくギデも全体的に綺麗になっているがヒデとずっと共にいたリルだけは汚れが落ちていない。


「リッチェル、ちゃんとカード申請できた?」


「ああ。一緒に失敗の報告もしてきた。これで当分ランクアップは望めないな」


 その言葉で三人の方が明らかに下がったが、何故か納得したような諦めたような表情をしている。


「まぁ仕方ないですよ。私達が慢心していたんです。これも経験と思ってこれからも注意しましょう」


「そうだねぇ。まだあたし達は若いんだ。次があるってのが若いもんの特権ってね」


「だな、そんじゃま、さっさと飯にしようぜ。おめぇ達が来るのをこっちは待ってたんだからな」


「それはすまなかったな。それじゃあ、さっそく……」


「ねぇ! 料理金払うからおいしそうなのちょうだい!」


 さっそく椅子に座り注文しようとしていた矢先にいつの間にか移動したヒデがカウンターに身を乗り出しながら料理をしている者に曖昧な注文をし、どこかに持っていた銀貨を全て差し出した。


 何が来るかワクワクしながら空いている椅子、ではなく床に座りこんだ。


「ヒデ、こっちだ」


「こっち?」


 座り込んでいたらリルが腕を掴んで木でできていて周りの人が座っている椅子と呼ばれている物に座らされる。


 すると唐突に四人全員が予め予習していたかのように同時に長い溜息を吐いた。


「まずは常識を覚えさせる必要がありますね」


「だなぁ、この嬢ちゃんは本当にな~んも知らんみたいだしな」


「そうなんだよ。組合に行くだけでもう何度もご飯だけで誘拐されそうになってるし屋台の物勝手に食べようとするし、果てには食べ物でもないものまで食べようとするし……もう、疲れた」


 リルの姿を見るだけで疲れているのが分かる三人は乾いた笑みを浮かべている。


「ま、まぁ、それも恩返しだと思えばいいんですよ。私達でヒデさんに常識を叩きこんであげましょう」


「まぁ、赤ん坊じゃないし、ある程度は知識や理解力もあるみたいだからいいけど……」


 レティはそう言って俯いて溜息を吐いた顔を少し上げ目の前で運ばれてきた料理を嬉々としてナイフやフォークを使わず素手のまま食べているヒデを見た。


「ねぇねぇ、常識って何? それ覚えたらもっとおいしいもの食べられる?」


 人間の作る料理は森で食べていた木の実や山菜や果物よりも何倍もうまい。その常識という物を覚えたら、リルの言っていた御褒美を使ってもっとうまいものが食べられるかもしれない。ヒデは素手で掴んだ食物を咀嚼し嚥下する。


「これよ」


 嘆息しながら親指で指さしたレティを見やった三人は同時にヒデを見て、ヒデはそれを不思議そうに首を傾げるだけで三人はレティと同じように嘆息した。


 それを気にすることなく食べ続けようとしたヒデを三人は止めてフォークやナイフの使い方を一から教え初め部屋に戻る頃にはヒデ以外の四人が非常に疲れた表情をしていた。







 食事をし終え今夜の寝床に案内され、扉置開けると四角く白い何かが二つあったのでそこに恐る恐る手を近づけると思いもよらぬ弾力に驚いていると後ろから生暖かい視線が注がれている。


 それを気にせずそれに寝そべると思わず今まで寝ていた草の束と比較してしまい、あまりの寝心地の良さに驚嘆しながらもそれに身を委ねるといつも間にか眠ってしまった。


「で、ヒデの事なんだが」


「うん? ああ、ヒデか」


「ヒデさんですね。やっぱり、人間の新種……ということでしょうか?」


「でも、だったらなんであんな所にって疑問はあるんだけどねぇ。それに、もし産まれてからずっとあそこにいたんだとしたらヒデちゃんの親は? 言葉はいったい誰が? って疑問は残るわね。まっ、全部過ぎちまってるからもう構いやしないけどさ」


 夜色に覆われ一本の蝋燭に灯をともしただけの暗い部屋。


 ヒデが眠りにつくと今まで見えなくなっていた尻尾と耳があらわになったため、ヒデが人ではないことに今になって気づかされることとなり、一度深くヒデという存在を議論するため、元々リッチェルとギデの為の部屋に四人が会すこととなった。


 そこでリッチェルはヒデが十八歳で水の魔法が使えて、しっかりと組合の説明も覚えていたこと、約束通り組合内で大人しくしていたこと、今回三人のシルバーランクからの猛攻を意図も容易く避け続けるだけでなく、気絶させた時のことを包み隠さずに話し、更にはその際に一瞬身の毛もよだつ殺気が放たれたことでつい大声を上げてしまったことも話した。


「あの森にずっといればあれぐらいの殺気が放てるようになるのもうなずけるな」


「って言われてもあたし達はその場にいなかったからどのくらいかってのが分からないよ。そんなことよりもだよ」


「どうやってヒデに常識を教えるかって話か?」


 その言葉に暗い部屋が更に暗くなり、そこにいる四人の方は重しを背負ったかのように下に沈んだ。


「彼女はどうやら少しの知識を持った赤子といった感じですね。とても純粋で好奇心旺盛です。組合の件も疑問があればすぐに辺りに質問して答えを求めて知識を高めていっているようです。もしかしたら言ったこと全部鵜呑みにするかもしれませんよ」


「だが、ヒデは十四なんだろう? 正確がどうかは分からねぇが、あの見た目だからたぶん十四だろ? 十四っつったらもう一年で大人だ。それぐらい成熟してんなら全部鵜呑みにするってわけないんじゃないか?」


 【オークス】が属している王国【ブルーノ王国】では十五歳から大人と判断され仕事をすることが許され、同時に自立する義務が生じる。


 現在の王国は他国との友好関係を築き長らく平和が続いている。だが、平和が続き緊張が解けてしまったのが原因か貴族の中に愚者が湧いて出てきたのか、その貴族領内での横暴が陰ながら目立つようになり、それに抑圧されたが語と小さな農村などの領主でもそのような話が出る場所があると噂が流れるようになった。


 昔から平民の中では貴族には偏見を持っている者が大半であり、そのような者達が出てきたことにより平民の兵権が確定されたものへと変貌していった。


「十四でも、疑うことや騙されたことがなければその人が言ったことを全部信じるのではないですか?」


「かもなぁ。なら、まずは人のことをまず疑えってことを教えることにするか」


「なら、あたしは人との付き合い方ってやつを教えるかねぇ」


 いつの間にか口に出したリルが疑うことを教える係となり、続いて口に出したレティが自然と付き合い方を教える係になった。


「じゃあ、俺は金の使い方でも教えてやっか」


「では、私は女性としての立ち回りでも」


 そうして誰が何を教えるかを議論し終えた四人は深く沈んだ太陽と爽やかに合う為に柔らかなベットに身を沈め、意識さえも沈めていった。


 ヒデのいる部屋に戻ったエルとレティは、片方のベットをヒデが占拠しているため二人抱き合って寝ることとなった。


 翌朝、ヒデの寝ていたベットが毛だらけになっており宿の人々を大いに困惑させ、その毛を取る作業に四苦八苦する姿が目撃されたそうだ。


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