四話 元獣はテンプレと遭遇する
「説明はいらない。もう聞いてるから」
ヒデはここに入る前に組合やカードについての説明を全て聞いている。
曰く、カードは魔法具であり、カードに入る情報は表面に見えるだけではない。依頼をこなした数と内容、討伐数なども記憶され、調べれば今までの履歴の閲覧が可能。
登録した情報を譲渡しあうことにより登録者の実力、及び人格に一定の信用をさせる事ができ、登録者は全国的に初対面の相手からでも依頼の受注が可能。
表面には発行街が記載されてはいるが、発行街以外の場で依頼を受けることはできないということはない。しかし、紛失した場合は発行街でしか再発行できない。
カードがなければ依頼は受けられず、再発行にはお金がかかる。登録時は依頼を受ける人が増えることになるので無料だが、再発行には金貨三枚かかる。
更に表面には所持者のランクが記載され、依頼をこなし続けることによりランクが向上する。依頼書にもランクがあるが、決して同ランク、もしくは以下の者しか受けられないということはない。それで死亡した場合は当事者の責任として組合は一切関与しない。さかし、同ランク未満の依頼は一段階ならば可能だがそれ未満は受けることは出来ない。
組合は一般市民に対して安全を保障する義務があり、それを破る冒険者が現れれば、それを排除する義務がある。しかし、冒険者同士の争いごとに関して組合は中立を取る。組合内での揉め事も然り。更に組合は国からも乖離し独立した組織であるそうだが、実際はそうでもないとリルは言っていた。
討伐依頼の場合、対象が亜獣の場合その対象であることを識別することができる部位の採取、魔物の場合はその魔石を持ち出す必要があるという。
「それではこちらがカードになります。それでは良い冒険者ライフ」
笑みを浮かべながら一礼する二人を一瞥してからヒデは組合内を見渡す、いくつもあるテーブルの一つに居座っているリルを見つけ大人しくゆっくり歩いて近づく。
「おいおいそこの嬢ちゃん」
しかし、それを妨げる声が聞こえてきてそれと同時に目の前に下衆な笑みを浮かべた三人の内一人の男が行き先を塞ぎ、残り二人が左右に移った。
組合の中には正義感が強かったり、偽善活動が好きな奴もいる。圧倒的にそちらの方が多い。
何故ならそれだけでもメリットがあるからだ。
良いことをすれば組合や町や村の人々からの評判がよくなり指名依頼がもらえる可能性があるからだ。
指名依頼はその名の通り、依頼を出した者が依頼をこなす人物を指名するという者である。これを達成すれば通常よりもランクアップが早まるという利点と、指名制なため通常よりもほんの少しだが利益が上がる。
打算的なやさしさだが、れっきとした善意の行為。悪意ではなく善意なのだから誰も文句は出ない。
勿論、英雄願望の強いものが正義の味方として利益や打算のない慈善行為をする者ものいる。
だが、いくら正義が好きだからって全員を救えるわけじゃない。いくら正義が好きだからって正義主義しかいない世界は作れない。いつの世でも下種は生れてくる。
「あなた達は、なに?」
「おいおい、俺達を知らないってか? 俺達はシルバーランクの冒険者だぜ。それを知らないとは相当田舎から来たな? 俺達が優しく常識ってやつを教えてやるぜ」
冒険者のランクはホライト、カッパー、シルバー、ゴールド、ヒヒイロカネ、ブラックとなり、シルバーともなればかなりの実力を持っているとい意味を持っている。
しかし、ヒデはカードの扱い方を覚えることにいっぱいいっぱいになっていたために、ランクについてはよく覚えてはいなかった。
「いいの? なら、ありがとう」
ヒデ達の話を聞いていた者達は一斉にずっこけそうになった。最悪にも、依頼書に集中していたリルはそれを訝しげに見ただけで、再び依頼書に目を向けヒデを探そうとしなかった。
更に、ヒデはここに来るまでリルから見ず知らずの人についていくなと耳が痛くなるほど聞かされている。だが、その約束事はこの短時間にヒデは完全に忘れてしまっていた。
この時、親切にしてくれそうな人間三人に子供のような笑みを浮かべてはしゃぎながらお礼を言おうとした。だが、組合の中では大人しくしておくようにと言われていたことは扉の前で言われていて、覚えていたため微笑むに止めた。
すると目の前の人間の男の顔に若干の赤みが浮かんだ。なにかあったのか、後ろを見てみると、依頼板と書かれた場所でリルが紙に書かれていた絵を見ていた。
他の厳つい恰好をした人間達はいい匂いがする物を食べていたり、呑んでいたり、リルと同じように小さい絵を眺めていたりしているだけ。
何かあったのだろうかと首を掲げる。
「ま、まぁいい。それにしても、あんた別嬪だなぁ。肝も据わってるし、いい思いができそうだ」
周りからは下衆な笑みだと思われる笑みを浮かべた三人は内心狂気乱舞していた。
目の前には目が霞みそうな上玉。しかもお頭が足りていない。そして目の前の女はまったく疑わずに自分からついていくと言っている。これに喜ばない男はまずいない。
「それじゃあ、って、お前裸足じゃないか!」
ヒデは裸足のまま歩き続けていたことでリルはつい見逃してしまっていた。逆にヒデは何故足に変なものを穿いているのか気になっていた。その為にヒデはここに来るまでにずっと裸足であった。道中に視線からはその疑問の視線もあったのだ。
「もしかしてそのリルってやつの奴隷か何かか? だったら奴隷は奴隷らしく抵抗せずに着いて来いよ!」
言うやいなや、三人の男はヒデを傍らに控えさせながら組合の外へと堂々と連れていった。
「うん?」
良さそうな依頼を幾つか見つけたためそれを心の中でメモをしてから振り返ると、そこにはあの目立つ青髪の少女、ヒデの姿がいないことに気が付いた。
大人しくしているようにという約束を忘れてしまったのかもしれない。もしかしたら、変なところに隠れているかもしれないと、机や椅子の下なども覗いてみたがいなかった。
もし民間人に被害が出たらヒデはお尋ね者になる可能性がある。更に、そのヒデは自分たちのパーティに所属しているから連帯責任と一緒に罪を背負わされるかもしれない。
そう思ったリルは急いで扉までかけようとした。と、そこで行き留まった。まず、周りの連中、もしくはカウンターにいる受付嬢の話を聞いた方が無暗に探し回らずに済むかと思い至った。
さっそく受付嬢に話を聞こうとカウンターに向かった。
「うぁああああ!」
組合の外から低い声音と甲高い声音が混じった幾つもの悲鳴が辺りに響く。
当然組合の者達は何事かと今まで培ってきた反射神経を使いすぐさま外へと走った。
外に出た瞬間、太陽を隠す白が一つもない青が天井に蔓延っていた。その真下、ヒデを抱え口角を上げる男三人は、宙を舞った。
「は?」
それは組合内から出てきた人々だったのか、それとも宙を舞っている三人の声だったのか、どちらにしても響いた声音はあまりの惨状に唖然とする声だったのは確実だろう。
連れ去られていったか弱そうな峰麗しい絶世の少女と連れ去って行こうとした冒険者でシルバーまで到達した者達、誰もがその少女を哀れに思ったが、冒険者になったからには一~十まで自分でやらなければならない。弱肉強食こそが冒険者の掟。
誰もが少女の悲惨な末路を想像した。だが、外に出ると男達はいつの間にか空を舞い、少女は特に何か起きたわけでもないかのように平然と再び組合内に戻ろうと歩みを進めていた。
男の一人は外に出ていた屋台の一つに直撃して屋台を粉砕、もう一人はそのまま垂直に組合前の舗装された石畳にヒビを入れ、もう一人は通行人を数人巻き込んでいる。
「リル~、私中で大人しくしてたよ。これでいいんでしょう? 違う?」
「あ、ああ。大丈夫だ。間違ってない。偉いぞヒデ」
「うふふ、そっか。良かった!」
リルに褒められてすごく嬉しいヒデは満面の笑みを浮かべてそう言った。
「で、いったい何があったんだ?」
「うん? ああ、何かね。あの人達が冒険者の事教えてくれるっていうから、教えてもらおうと思ったんだけどね、なんか、全然教えてくれなくてね」
「おいヒデ。知らない人に付いていくなとあれ程……」
「と、とにかく! 教えてくれないなら帰るって言ったら襲ってきてね」
余計なことを言ったせいでまた説教を聞かなければならないと思ったヒデはすぐに慌てながら話を続けた。
背景と化している周囲の人々の中には先ほど吹き飛ばされ潰された一人を介抱するために人だかりができ少し賑やかになっているが、ヒデとリルはそれらを無視して続ける。
「それで、ちょっとムカついてきてね。組合? の中じゃないからいいかなって思って……」
「なにしやがったこのアマぁ!」
リルに弁明していると後ろから先ほど優しく手加減して吹き飛ばした三人が何事かを喚きながら腰についていた剣を、鞄に入れていたカギ爪を、片手に持っていた杖を使い魔法をもってリルと話をしているヒデに襲いかかった。
ヒデは三人の持っている者は何かと考え、無意識に顎に手を持って置いていた。考え事をしていたヒデに剣を持った男が襲いかかった。
何度も魔物や亜獣を殺してきた業物の剣を振り下ろす。しかし、それは空を切るのみだった。唖然としているといつの間にか男の横にそれはいた。
「ねぇ、これは何?」
「何わけのわからねぇことぬかしてんだこのアマぁ!」
避けられたことにプライドを気づつけられた男は振り下ろしていた剣を横から指さしていたヒデに向かって振るう。それをヒデは軽やかに空中で一回転しながら躱す。
地面に着地すると同時に来たのはカギ爪を持った男だった。そいつは杖を持った男が何事かを唱えると急激にスピードを上げヒデに迫る。
戦闘に関わらない者に関してはまず目視できない程の速度で繰り出される三つの鋭利な斬撃をリルは止めようとしたが、当のヒデはその場で微動だにせずに達観していた。
男が振るう鉄の刃を物珍しそうに観察しながら次々に来る斬撃を躱す。
もしこの者達が自分が考えた通りなのだとしたら、この場で殺してもいいのではないか。あの森ではたくさん殺してきても何か言いだす者はいなかった。逆に皆嬉々として捕食していた。ならばここでもそうなのだろう。
一度距離を置いてから右手に力を入れる。向かってくるのは獲物。将来の自分の餌。その餌の急所に向かっていつも通りに振りかぶる。
「ヒデ! やめろ!」
無視できない程の違和感がヒデから滲み出てきたのを逸早く気が付いたリルは反射的に大声を轟かせた。
なぜ大声を出したのかはリル本人にも理解できない。だが、声を出さなければ確実に惨事が起きていたという確信はあった。
その声に反応したヒデは意識が一瞬だけそれてしまった。
次の瞬間、青空の下に赤々とした鮮血が宙を舞った。