三話 元獣は人間の街を知る
その後を追うように森から出てきた少女は果実を咀嚼しながら現れ喜んでいる四人を見ていまいち状況がつかめず困惑していた。
「これからどうする?」
「まず街に行きましょう。もう疲れちゃった。早く柔らかいベッドに横になりたいわぁ」
「そうですね。私も横になりたいですね。リッチェルとギデはどうしますか?」
「俺は依頼失敗の報告をしてくるよ。一応これでもリーダーなんでね」
肩を竦ませながらいう四人パーティのリーダーは苦笑いしている。
「俺はぁ、武器屋でかわりの武器を探してくらぁ。しっかし、大変だよなぁリーダーってのは。まっ、それが分かってっから任せたんだがね」
「ひっでぇなぁ、ははは」
「はは」
ギデとリッチェルはお決まりの会話をして笑いあった。そんな時後ろに控えて果実を咀嚼し続けている彼女を見つめ、少女も気づき視線を合わせた。
「そういえば、報酬がまだだったね。はい」
リッチェルは懐から銀貨を数枚取り出し彼女に手渡し、少女は茫然とそれを眺めていた。
「あんな危険なところからの道案内だからもっと必要だと思うんだけど、今は持ち合わせはそれしかないんだ。あとで必ず払うよ」
手を合わせて謝罪するリッチェルを無視し手の中にある数枚の銀貨を物珍しそうに観察している少女は、日にかざしてみたり側面や裏を何度か見たあと、その中の一枚を手に取り、噛んだ。
「えっ!」
流石のリッチェルも金を噛むという行為をするとは思わずスッとんきょんな声を上げた。
「固いし不味いからこれいらない」
言うやいなや銀貨を全てリッチェルに返した。
「えっ……と、君、お金って知ってるかい?」
「お金? なにそれ?」
疑惑が確信に変わった瞬間にリッチェルは天を仰いだ。
その様子を見ていたメンバーの三人がリッチェルに近寄り件の少女を見た。
「ねぇ、どうするのよこの子。ここでさようならってわけにもいかないでしょう」
「だよなぁ。世間知らずってレベルじゃねぇしなぁ。このまま自由にさせてたらぜってぇ大変なことになるぜ。流石の俺でも良心が痛むぜ」
「ですよね。それにこの見た目ですから」
そう言ってエルは少女に生えている耳と尻尾、そして少女本人を見やる。一般の人々が見ると一体どんな反応をするかは火を見るより明らかだ。
「……なぁ、彼女を俺達で保護するっていうのはどうだ? 同じパーティに入れてさ」
「いいんじゃない。あたしは賛成だよ」
「俺もだぜ」
「私もです。女の子一人で知らないところに出るとはやっぱり心細いかと思いますし」
リーダーの提案に一瞬動揺したがそれが一番の恩返しとしてはいいかもしれないと三人は考えその案に賛同した。
「よし、後は君の了承を得るだけだね。えっと……名前はある? 俺はリッチェルよろしくな」
ここで初めて自分達が名前すら知らないということに気が付き急いで自己紹介を始めた。
「私はエルと言います。一応魔法が使えます」
「ギデだ。力仕事はお手の物だぜ」
「レティよ。これでも結構強いのよ」
「……ヒデ。よろしく?」
いまいち状況がつかめない中で、一応名前を名乗ることにした。彼らの存在はいまいちよくわからない。でも、なんだかこういう風に会話をすることがなんだかとても懐かしく感じてしまい、知らないうちに手を出していた。
「おう。よろしくなヒデちゃん」
そう言って伸ばした手を捕まれた時に感じた温もりが、今まで殺してきた歪達と違って、とても気持ちがよかった。
彼らの話によるとこの近くには大きな街というのがあってそこで彼らのような者達が共存して暮らしているらしい。
食べ物や衣服が売られておりそれを買うにはお金という物が必要でそれを貰う為には仕事をしなければならないらしい。
特に行く当てもないため彼らについていくことにしたヒデは呑気に歩きながら彼らによって一般常識を聞き続けたが、いまいちよく理解できていなかった。
「お、ついたな」
リッチェルの声に顔を上げると目の前には大きな壁があった。円を描くように建てられたその壁には扉らしきものが開いている場所があり、そこに銀の鎧を纏った二人の男が経っていた。
「あそこが俺達が拠点を置いている街。【オーガス】だ」
まるで自分の事のように話すリッチェルは【オーガス】について説明してくれた。ここは王政を取っている国というのに所属しており貴族には階級ありその上の者達が取り締まっているのだという。
偉いというのはよくわからないと四人に聞くと四人もよく知らないらしい。
鎧を纏った二人の男達がこちらに気づき入街税は銀貨二枚だと言ってお金を要求してきた。四人は素直に懐から銀貨二枚を渡しているから私も渡した。
その時に何故か私の耳と尻尾を見てきたけど、エルとギデが衛兵に何か話すと何か納得したような顔をしていたが特に興味はなかった。
壁の中に入るとそこにはいろいろなものが混在していた。
初めて見る者ばかりで興奮してきたヒデはたまらず全部を見たいと思い踵を消すと同時に地面をけり上げ壁を昇った。
「あっ、ヒデちゃん!」
レティが叫ぶが嗣には聞こえず遂に壁の上まで登りきり立ち上がって街の中を見た。
知らないはずの建造物が立ち並び彼らのような者達が行変わり立ち代わりをしている。
見知らぬ広大な人工物に胸を膨らませ、先達による栄光に目を輝かせ、まだ見ぬ出会いと未踏に憧憬を抱きながら、眼下にそびえ立つ者共に熱い視線を送る。
「ヒデちゃーん! 降りてきてぇー!」
下からレティの声が響いてきたため名残惜しさに負けじと目を背けそのまま下に落ちた。
「きゃあああ!」
その光景にわが目を疑ったエルは甲高い悲鳴を上げリッチェルとギデは慌てふためき、レティは受け止めようとして真下に移動した。
何をそんなに慌てているのか分からないヒデはそのまま垂直に落下し地面に音を最小限に収めて着地した。
「どうしたの?」
騒然としていた周りに静寂が訪れた。それを訝しげに眺めていたヒデは首を傾けた。
これぐらいは普通の獣にもでもできることであるためにそこまで慌てる必要はないはず、とヒデは思っていた。
しかし、ヒデは生まれた時から【深淵の森】に生息する亜獣や魔物しか知らないために比較対象が異常なのである。故にヒデは、垂直の木や壁を昇ることも普通だと考え、すごく高い場所から落ちても問題なく着地できるのも普通だと考えている。
「ねぇねぇ! ここの凄いね! 知らないものがいっぱいある! 早く行こうよ!」
「あ……ああ、そうだな。それじゃあまずは組合に行こうか」
「うん! どうしたの?」
大人しい雰囲気を見せていたヒデがいきなり新しい玩具を見せられた子供のようになったことで四人は困惑し、ヒデはそれに疑問を持ったが特に気にしなかった。
リッチェルの片腕を両手で引っ張る姿はまるで兄弟、もしくは父と子のようだとも思えるが、ヒデの耳と尾のせいでやんちゃな犬に手を焼く主人のようにも見える。
そこでエルは後ろの方で衛兵の二人がエルの容姿を褒めちぎっているのを聞き、更に、やはりあの耳と尾に話題が持っていかれた。
「ヒデちゃん。その耳と尻尾、やっぱりどうにかなりませんか?」
「なんで?」
「いや、その~」
「あぁ、やっぱり目立つわよねぇ」
「ふ~ん」
話を聞くに耳と尻尾が全員気になっているらしかったので両の手をリッチェルから離し、胸の高さまで上げ一回の拍手をした。
何十にも響き辺りの建物に反響した。それに呼応するようにヒデの耳と尾は淡い光を発しながら薄らと自然に消えていった。
「これでいいよね」
「えっ! それ消せたの!」
「ううん。ただ見え失くしてるだけ。それに失くしちゃったら何にも聞こえなくなっちゃうよ。さ、早く街ってやつに行こうよリル!」
「なんでリル?」
何の脈絡もなく変な呼び方をされたリッチェルは訝し気にヒデに伺った。
「だってエルやギデやレティは短いのにリルだけ長いから覚えられない。だからリル」
「「ああ、なるほどなぁ。って、それくらい思えろよ!」
「でも、それいいですね愛称ぽくって。私達もそうしませんか?」
「いいんじゃねぇか。俺は賛成だ」
「ならあたしも。リッチェルよりもリルの方が呼びやすいしね」
「お前らなぁ」
仲間の早々の裏切りによってリッチェルは仲間からもリルと呼ばれることとなったが、当の本人はまんざらでもない顔をしている。
「ほら! 早く行こうよ!」
そそくさと駆けていくヒデを追いかけるようにその後ろを歩くリッチェル改めリルは若干森を彷徨っていた疲労とは違う疲労感を感じさせていた。
リルの背が遠のいていくのを見ていた三人は一足先に宿に向かった。
「大丈夫かねぇ」
図らずもギデのその言葉は三人の心の代弁となった。
「ねぁ、あれなに! このおいしそうな匂いは? あそこにいる人は何してるの? あっ、あれなんだろう!」
この街についてから新しい発見がありすぎて目が回りそう。とても休まる気分ではなく、というか休みたいとも思えない。見ているだけでもすごく楽しい。
というのになぜか後ろを着いてきているリルはとても疲れたように腕をだらりと下にたらし猫背になっている。
「早くついてくれ」
さながら幽鬼のように歩いている姿には瞠目するものまで現れる。背中に重しでもついているようにその足取りは遅く、リルの上にだけ小さな黒雲が停滞しているが如くその周囲は夜と見紛うほどと成り果てている。
「こら!勝手に店の者を食べようとするな!」
リルは美味そうな匂いにつられて商品を無断で食べようとするヒデを取り押さえる。
ヒデは初め美味そうなものを見つけるとそのまま噛みつきに行こうとしたが、幾度となくリルにその行為を邪魔されている。しかし、それでも森では見られなかった物を見れているために、ヒデは今でも不満はあれど上機嫌である。
せっかく楽しいのに見ていて暗くなるからやめてほしい。いったい、何に不満があるのだろうか。
「ねぇ、どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
「そう? ならいいんだけど。何かあったら言ってよ」
「あ……ああ……そう、する……よ」
何故か励ましの言葉を繋いだヒデとは対照的にリルは更に暗くなり声音は震えだした。それと比例するように辺りの男性の雰囲気も更に暗くなったが、ヒデは全く気が付いていない。
「死ね」
「なんであんな奴」
「綺麗な嬢ちゃんだなぁ」
「くたばりやがれ糞野郎」
ヒデへの羨望の眼差しを向けた者はその羨望の倍ほどの嫉妬や憤怒の眼光をリルに飛ばし、己が思いつく限りの相手を罵倒する言葉を怨嗟のごとく呟いている。
「ねぇ、君、俺達とおいしいものでも食べに行かないかい?」
「えっ、ホント! 行く行く~!」
と言って何度もナンパをかけられれば意図も容易くそれに乗り食事にありつこうとするヒデをリルが引き止め、ナンパした男達をできるだけ穏便に退散願い、それが聞き届けられない場合は実力行使をしかけることがこの短時間で当たり前になりかけている。
後にヒデから何故止めたという苦情を言われ理由を言うのも慣れてきてしまっている。
そしてしばらく森でない場所を遊覧し終えた二人は目的地に到着した。
「ここが俺達が働いて、今日からお前も働くことになる【冒険者組合】だ」
「へぇ~」
何かもが新鮮なヒデはすぐさま中に飛び込もうとしたがリルに肩を掴まれ断念した。
「いいか、中では大人しくしてろよ。分かったな」
「……」
「わかったな!」
「……わかった」
不詳不詳といった様相に苦笑しながらもリルは組合の扉を開けて中に入った。いつもと同じような喧騒とした場所。
暇な時間の大半をここで飲み食いする飲んだくれ共の巣窟。昼夜問わずに酒を飲み交わし、下ひた笑みを浮かべて悪知恵を働かせる者共の集団の砦。偏見の塊だ。
「いらっしゃいませ。ようこそ【オークス】の冒険者組合へ」
定番となるカウンターの前に立つ受付の女性、又は男性の心無い接待の言葉。
気にすることなく入るリルを酒や食事の片手間に覗いていた者達の目が次に入ってきた者によって釘づけとなった。
無理からぬことと思いここに来るまでに鍛えた無視する力を使いながらいつも行く受付嬢のとこへとヒデと共に進む。ヒデは約束通り大人しく後ろを着いてきていることでリルは内心で安堵する。
傾国の美姫の如く優雅な佇まいでつい来る平民よりも整った容姿を持つヒデは紛れもなく姫のようで、貴族の令嬢のように見える。口惜しいのはその服装が青い服一枚だけというところだろう。
「深月花の採取依頼を受けた【星の欠片】だ」
「はい。よくご無事でしたね。あの森に行って数日経過しても戻ってこないため死亡したかと思っていました。それで、深月花はどうしました? やはり無理でしたか?」
小さく肯定の言葉を返すと受付嬢は優しく微笑みまた小さく慰めの言葉をかけてきた。
「大丈夫ですよ。あの森から生きて帰ってきただけでも素晴らしいですよ。それでは、依頼失敗にしておきますね。それで……後ろの方は?」
「ああ、今日はこいつの登録をしようかと思ってな」
「そうでしたか。それでは、あちらのカウンターにどうぞ」
二つ左のカウンターを指した受付嬢を見た後ヒデはリルを見やった。
大人しくしろとは言われたが後ろにずっといろとは言われていない。それに、言っていいのかどうかもわからない。リルは首を縦に振ったためそのまま勧められるままにカウンターに向かうと、そこには先ほどの受付嬢と同じ服装をした森精霊がいた。
森精霊は普通の人間よりも尖った長い耳を持ち、気性が穏やかな種族。それに種族に美形が多いために受付なのに抜擢されやすい。
「ようこそ登録カウンターへ。それではこれより冒険者登録をしていただきます。代筆は必要ですか?」
森精霊が取り出した紙を机の上に置いてそこに何かしらの文字がいくつか書いてあったが全く読めない。
「代筆? よくわからないけどお願い」
「かしこまりました。ではまずお名前は?」
「ヒデ」
「ヒデさんですね。次に年齢ですが」
そういうとサラサラと先ほど差し出された紙に書いていった。
「十四」
歳についての概念を知らなかったヒデは見た目が少女ぐらいだからそう答えるようにとリルに道中に言われていた。
「魔法などはお使いになりますか?」
「水は使ったことがある」
そういうと空欄の全てが埋まり、紙をもう一人の同じ制服を着た男性に渡すとその男性は奥へと引っ込んでいった。
「どこかのパーティに入る予定はありますか?」
「リル達のところに」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」
にこやかに微笑みながら軽いお辞儀をする森精霊、それを退屈しのぎに観察していると後ろから先ほど髪を受け取っていた男性が白く四角い何かを持ってやってきた。
「こちらが冒険者を識別するためのカードになります。本組合、組合カードの説明はいりますか?」
「う~ん? それって食べられるの?」
「……食べられません」
予想の範疇外の質問に一瞬惚けた表情を取った二人の職員は呆れながら二人同時に答えた。それを聞いたヒデは明らかに残念そうな表情になった。
ギルド→冒険者組合に変更しました