最終話 元獣は喜び笑う
なんか、変な終わり方になってしまった?
あの肉塊から取り出された男は目を覚まし混乱した。
目の前には恋人にすることが人生の目標になるような可愛らしい少女。そんな少女が自分の腕を掴んでいる。しかも、こちらに微笑みかけている。
しかし、前を向けばそこにはおぞましいほどに膨れ上がった何かがいた。それが恐ろしく恐ろしくて仕方がなかった。
「大丈夫?」
「え? あ、ああ、大丈夫、です」
顔を蒼を通り越して白くなったいる男にヒデはできる限り優しく微笑みかける。それに気を許したのか男にも笑みが現れる。
そんな男を見てヒデはさらに笑みを強くした。
「そっか! ねぇ、あなたの名前を教えてくれない?」
「あ、アスワルド、です」
「そっかぁ、アスワルドさんかぁ。うん、最後に教えてくれてありがとう」
最後、という言葉に疑問を持ちアスワルドが不思議がっていると急に握られている手に力が入った。
「いやぁ、本当にあなたで良かった。あなたを初めて見た時から人間の血の匂いがしてたし。それに私、あなたを見ていると……すっごく殺したくなってくるんだよ!」
明るく、極めて明るく殺意を込めて笑う。
「じゃ、バイバイ」
そういうとさらに手に力が入り、少しの浮遊感が彼を襲った。
気が付くとアスワルドは宙を飛行しており、黒い肉塊と程同じ高さとなった。気配を感じて振り向けば、紫と赤の配色のグロテスクな瞳と目があう。
「グエッ!」
そのおぞましさを肌で感じたアスワルドは背中に冷や汗をかく。だが、それと同時に彼は重力ではない別の者によって真下ではなく斜めに落下していき地面に激突した。
「かっ……あ、ああ、あああああああ! ゴフッ!」
アスワルドのには住人を取り込むときに使用された触手が深々と刺さっていた。しかし、それは他の者とは違った。なぜなら、彼の刺さっている腹から赤い液体が湧き水のように流れ出ていたからに他ならない。
「は、腹が……ああ、な、何だ! やめろ、やめてくれ! たの、がぁああああ!」
呆然と自分の体に刺さった腹を苦しそうに見ていると、次から次へと痛みを与える者が現れる。先が尖った黒い肉、鋏の形をした黒い肉、ワインのコルクを抜くための栓抜きの形をした黒い肉、そして、子供サイズの人間の手と、怒りを露わにした獣の顔がいくつも現れていた。
それが、同時にアスワルドに襲いかかっていった。
「アッハハハハハハハハ!」
血を流し、悲鳴を上げ、苦痛に顔をしかめ、痛みで叫ぶ様子を見てヒデは笑う。嗤うのではなく〝笑う〟。狂わず、理性を持ちながら平然と楽しそうに、嬉しそうに、まるで喜劇や道化を見るかのように笑う。
「おいヒデ! 早く助けねぇと死んじまうぞ! お前がやらねぇなら、俺がっ!」
「ダ~メ!」
「うおっ!」
子供のような間延びした話し方で一瞬でギデの背後に回り首回り腕を回し後ろからギデを地面に横倒しにして動けなくした。
「な、なにしやが……」
「ねぇ、なんで助けようとするの? あの人が、ギデが言ってたクソ野郎なのに?」
「ッ!」
その様子にリル達は唖然とする。
「あの人からは死臭がする。死んだ生き物が発する匂い。それがあの人から匂ってくる。沢山の生き物を面白半分に殺してたんだねぇ。それに、なんだかあの人の匂い私すっごく嫌い。だからかはしらないけど、あの人の場所はすぐにわかったよ。まぁ、ああなるのも自業自得? ってやつだね、キャハハ!」
その場を見ればまさに狂気的で、地獄の様子を再現しているかのようだ。
苦しみ抜く男の隣で女がうれしそうに笑う。これに狂気が乗っていないと言えるものがいるならば会ってみたい。会って言ってやりたい。
狂気以外なにが存在しるのだ、と。
叫び声はいつまでも続いた。痛みで気絶し叫び声が聞こえなくなることはなく、永遠とアスワルドが死ぬまで悲鳴は続いた。
そしてついに、男が死に、黒い肉達はその場を後にした。そこにはもはや人の形を保っていなかった。
「うっ!」
あまりの惨さに死体に慣れていないエギルは吐き気がする思いをする。
普段死体を製造する仕事をしているリル達でさえ目を背けてしまいたくなるほどに惨たらしい死体だった。
ずたずたの内臓が腹部から露出し、眼球が潰れ、折れた歯が喉に突き刺さり、腕が捻じれており、足が折り畳まれ、全体的に抉られたような傷と食い千切られた傷が目立っている。
「アッハハハ! あれが! あれが本当の〝肉〟って奴だねぇ! アハハ、うん?」
おぞましい元人間を見てもヒデは笑う。だが、突然元人間を襲っていた黒い肉達は今度はヒデに向かって威嚇を始めた。
「やりたいことができたから、ちょっと調子乗っちゃったのかなぁ? 失せろ、弱者」
そこで彼らは幻視し、ある場所の体験を思い出した。
あの森、ヒデと出会ったあの入ると同時に体に襲いかかった不安と恐怖、絶望などの負の感情が凝縮されたような暗い闇の気配。底知れない恐ろしさのみが充満するあの場所と、今ヒデが放っている殺気はまるで同じ、否、あの森よりもさらに暗くしたような底知れない畏怖が孕んでいた。
『クゥ~ン』
威嚇していた黒い肉達が去っていく。そして、その全てが大本の巨大な肉塊に取り込まれると途端にそれは膨れ上がり、風船が割れるように破裂した。
「なっ! 勝手に死んだ!?」
そして、まるで奇跡のような出来事が起きた。
「なっ! こ、これはいったい!?」
「まさか、いや、現にそうなっているし……」
破裂した肉の中には取り込まれた人達が入っていた。
そして、その入っていた人達は肉が破裂したと同時に落下を始め地面に叩きつけられた。幸いそこまで高い位置にいなかったため、みんな軽傷で済んでいるようだ。
その事にひとまず安どの域を零すが、その頭上にはいまだに破裂した肉片が漂い、一つにまとまっていっている。
それに全員が警戒していると、それは徐々に小さな形を作っていき、ある一つの形がとられた。
「卵だ」
「卵ね」
「卵ですね」
「卵……だなぁ」
「たっまごぉ!」
「卵、って! あんな凶暴な奴が卵になるって、危険じゃないのか!?」
黒い卵が形作られた。警戒しながらもその口から零れ出ている会話は何と呑気なものかとエギルは呆れてしまった。
「そんな危険物、早く処理しないと!」
「ダメェ! これは私のなのぉ!」
破壊するべきと言い放ったが、それを聞いたヒデはその卵を誰よりも早く奪い取り、頭にのせる。絶妙なバランス感覚によって卵はその頭から転げ落ちることはなかった。
「バッ! 早くそれを捨てろ! 何が起きるか」
「これは私のなの! 私が倒して奪ったんだから私のなの!」
「……うっ、う~ん。ここは……」
そんなことをしている一人の男性が目を覚ました。
「確か、俺はヒデちゃんのことを見ていて、それから……思い出せない」
どうやら男はあの黒い肉塊に取り込まれたことは覚えていないようで、その後続々と目を覚ました者達も同様な回答が自然と零れ出ていた。
だが、そんな落ち着いた雰囲気は途端に破綻した。
「きゃああああ!」
「なんだ、どうした!」
やはり何か異変があったのかと思いすぐにそちらに視線を向ける。
「な、ま……まさか……お前、痩せている、だと!」
太っていた妻が何故か無駄な脂肪が無くなり喜ぶ夫婦や恋人や同士や夫婦達が喜び合う現象が起き始めたのだ。
「その卵をよこせぇええ!」
「いーやぁ~!」
卵を器用に頭にのせて疾走するヒデを必死に追いかけている現王子。
「なにこれ?」
唐突に出たレティの問いに答えられるものはその場にはいなかった。
エピローグあります。