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二十九話 元獣は笑みを崩さない

サブタイトル書き忘れてました!

……すいません

「あれ、人間のお肉だよ?」


 ヒデがその言葉を言った瞬間にその場の全員はみんなが食べている串肉を凝視した。


 どこからどう見てもほかの店が売っている串肉と対差がなく、タレの匂いもなにもかも変わらない美味しそうな物にしか見えない。


 それを美味い美味いと食べている兵士や一般の人達の姿が四人の頭によみがえり、額に冷や汗が流れ出る。


「な……何言ってんだよ。冗談は」


「冗談じゃないよ」


 驚嘆の色を隠すことができずにどもりながらもアシルは言葉を発していると花をひくひくと動かして匂いを嗅いでいるヒデにさえぎられた。


「この匂いは間違いないよ。美味しそうな匂いに隠れてるけどれっきとした人の匂いだよ。人の血と肉の匂い。あんまり美味しくない人の匂いだ」


 アシルの顔から色合いが消え失せる。その話を聞いていたリル達も顔を蒼白にしながらまるで宴のような賑わいをしている道に視線を向ける。


 リル達はヒデが嘘か誠かは不明だがヒデが元獣であることを知っている。獣なのだから嗅覚は人の数倍はあると考えられる。人間には分からなくとも動物には分かるということは多々存在する。


 嗅覚の優れているヒデの言うことは信憑性があると考えた者達は恐怖した。


 死体を隠匿する方法は多々存在する。土の中に埋める。火をつけて灰にする。


 だが、それらは見つからず、バレにくい方法ではない。土の中に埋めれば不自然な盛り上がりができ、死体の匂いが周囲に散布されるかもしれない。火をつけて燃やせば煙が出る。その煙に人は集まりバレてしまう。


 組合で販売されている『廃葬の札』を使用するという手段もある。しかし、その札には使用痕跡というものが必ず残るようになっているためにバレる危険性がある。


 ならば、どうすればいいか。簡単な話、食べてしまえばいい。食べてしまえば、証拠はなくなる。肉は元々食べる物であるために、全くの自然である。


「どこのどいつだ、そんな狂った真似のできる糞野郎は!」


 人間を殺してその肉を同じ人間に食べさせ、共食いをさせている狂人の事を思いギデが憤慨する。勿論の事、他の面々も同じ思いをしている。しかし、唯一ヒデの嗅覚の凄さを知らないアシルのみは茫然としているのみである。


「おそらくはあそこで肉を売っている者達の誰かでしょうけど……判別は難しいですね」


 怒りを抑え霊性に周囲を観察したエルは、結果をリル達に報告する。


 その場には肉だけを売っている者や魚介類だけを売っている者などがいれば、肉と野菜、野菜と魚、菓子と魚、魚と肉といった違う種類の者をその場で売っている者達も多数見受けられる。


 その中から一人を探し出すというのは難しい。というよりも本来ならば不可能に近い。もし仮に見つけられたとしても捕まえることは不可能である。


「何冷静にしているんだ! 早くあいつらを止めるんだ! これ以上共食いをさせるなよ!」


 落ち着いたように見える面々を見て唯一エギルのみが冷静さをかき、リルに怒鳴り散らす。だが、リルは諭すように落ち着いた様子で返答をする。


「落ち着け。たとえ俺達が今お前達の食べている肉は人間の肉です、と言っても誰も信じないだろう。エギル、お前が今まで食べてきた肉は実は人間の肉で捨て言って信じるか?」


「うぐっ……!」


 信じるわけがない。否、信じたくはないという思いがエギルの中を埋め尽くす。


 そういうことなのだ。真実を周りの人間に進言しても、そもそも本当に人間の肉を売っているのか、という疑問が生まれ、更に証拠は何一つ存在しない。人間の肉の匂いがしたという理解不能なヒデの証言だけしかない現状ではただの言いがかり以外の何物でもない。


「でも、ヒデの嗅覚をつかえば一発ね。ヒデお願い」


「えぇ~、無理だよぉ。だって匂いが混じっててよくわからないもん」


「まじかよ。クソ、今もしかしたら目の前に外道がいるかもってのに」


 何もすることができない現状に苛立ちを覚えるギデはそのイラつきを少しでも改善するように左手の掌を右手で殴りつける。


「……あっ、あれで最後だったんだ」


「うん? ヒデ、何が最後なんだ?」


 唐突に意味不明なことを言うヒデに怪訝な顔を向ける。当のヒデは笑顔で、しかしそこにはいつも通りの笑みは浮かんではいない。いや、ヒデはいつもの笑みを浮かべているつもりでいる。しかし、周りはその温かさの逆、熱さの逆がそこにあるように思えた。


「子供達が、探し物を始めるんだよ」


「きゃああああ!」


 何を、という言葉は甲高い悲鳴によって遮られた。誰もが悲鳴が聞こえてきた方に視線を向けるが、ヒデだけはうすら寒い笑みを浮かべる。


 あちこちから立て続けに聞こえてくる悲鳴を、同時に聞こえてくる絶叫を、阿鼻叫喚の地獄絵図が書き記されていく世界で、それらをせせらぎのように聞き流し、話を続ける。


「自分の体を、ね」


 そこには叫びが顕現した。そこには苦しみが現れた。そこには絶望がまき散らされた。


 あえて言葉にするならば、人から人が生えてきたのだ。合えて言葉にするならば、人の腸が人の腕や足となって血を流すことなく腹から突き出てきたのだ。


「な、何だよ……何なんだよ……これ……何が起きてるっていうんだ……」


 痛みもなく苦痛もなく生えてきたそれ。そこにあるのが当たり前だというように生えてきたために、それらが生えてきた物に人々は恐怖した。


 痛みがあれば死ねる。痛みがあれば狂って死ねる。だが、そこに痛みが含まれなければ、生まれてくるのは不安と恐怖と絶望ばかりだ。


「おい、こんな……こんな、何が、いったい……」


 あまりの出来事に王宮育ちの若者は現実から逃避することを試みたが、残留する理性が、今迄培ってきた知識や王宮での経験がそれを許さない。


「何が起きているかって? 見ればわかるでしょ?」


 混乱していた思考を沈静化しようと必死に思考の仲へと潜っていると、背後から手が伸びてきた。伸びた手が自分を無造作に包み、顎を肩に乗せ、腕をまっすぐに伸ばし一人ずつ指をさす。


「お腹から手が生えてる。背中から足が生えてる。足から指が生えてる。体から別の何かが生えている。見て分からないの? 貴方は馬鹿なのかな? ねぇ、エギル」


 無垢な少女は頭痛を覚える現実をただ純粋にその場に起きている一現象としてのみ捉えている。そして、物事を純粋に捉えられる獣は笑みを浮かべながら愚かな思考に浸る人間に教えてあげている。


 どうしてそんな感想しか来ないのか。どうして何も思わないのかと質問すれば、獣だからだと答えるだろう。人と獣の違いは、死が身近にあるか否かにある。そのために、ヒデは狂気を孕んだ空間をいつも通りの光景としかとらえることができないのだ。


「あが、ががががががあぁああああ!」


 体から体の一部が生えてきた者達は同時にけいれんをはじめ絶叫を上げ始めると同時に、その体は膨張を始めた。


 人間の姿を追止め肉塊となったそれらは自らの肉の一部を伸ばし近くにいる同じ肉塊を引き寄せ、くっつき更に肥大化していく。


 増加する、膨らむ、膨大する、巨大化する、増大する、増長する、膨れ上がる、膨張する、増幅する、拡大する、莫大になっていく。


「な……なんだよ、あれ」


 呆然と誰かがそれを見て呟いた。


 心臓のように脈動しているそれは、形を持たない皮袋に押し込められた肉そのもの。他に例えようがなく、言い表せる単語は存在しない。ただの肉の塊。


 それは脈動と共に宙に浮かび、革袋が次第に黒ずんでいき、幾つもの顔ができていく。


 犬の顔、猫の顔、狼の顔、人の顔、人喰いの顔達が悲痛の表情で作られた。そして、そこから声が聞こえてきた。


『おぎゃああああああああ』


 赤子にしては甲高い鳴き声が辺りに響き渡り、聞いているだけで苦しくなる。


 そして、悲劇が始まった。


「うわぁあああ! 来るな、来るなぁ!」


「この野郎! 来るならきやがれぇ!」


 肉塊からいくつもの巨大な腕が生え、狩りを始めた。また、動物の顔が迫り捕食し嚥下していく。肉が細い触手となり人間に巻き付き引き込んでいく。


 弱肉強食をを体現するという題材を著作する肉塊はその場にいる人間すべてを取り込んでいく。


「クソッたれ! どうなってやがるんだ!」


 装備していた斧を振りかざし迫りくる脅威を退けながらギデは悪態をつく。


「私が知るわけないでしょ! いいから早く皆を非難させなさい、よっ!」


 二本の剣を器用に振り回しながら肉を切り裂き、血飛沫を浴びる。


「とにかく、できる限り時間を稼ぎましょう! 『蝶よ花よと自由を禁ズ』『汝はその場に縫い付けられル』魔法【水乃搦メ手】」


 魔法を唱え幾つもの脅威を止めることに成功した。だが、全ては止められない。また数人の尊い命が引きずり込まれていく。


「お前らぁ! 全員で力を合わせてあいつを止めるんだ! 冒険者と兵士の意地を、ここで見せてやれ!」


 組合から出てきた途端に大声をあり上げたのは副長だった。副長は恐れおののいている周りを鼓舞する。短くとても説得力のない言葉。しかし、それだけで彼らの目に石が戻った。


「そうだ、俺は家族を守るために兵士になったんだ」


「恋人にカッコいいところを見せたくて鍛えたんだ。こんなところで……」


「俺は、英雄になりたくて冒険者になった。なら、今がその時だ」


 それぞれが自らを言い聞かせるように鼓舞すると目を凛々と輝かせる。


「全員、あいつを地に落とせ!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 副長の声に乎オするかのようにその場の武器を持つ全ての者達が大声を張り上げながら敵に向かって走っていった。


「あぁあ、みんなやられちゃう」


 皆が死線を潜り抜けている時、ヒデは一人屋根の上から笑いながら観戦していた。


 次の瞬間には、冒険者も兵士も、大人子供、老人、男女の区別なくその場にいた者達は急接近してきた触手達に体を貫かれた。

あと少しで最終回

予想では後二話ほどで一章終わらせたいです

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