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二話 元獣は人間と遭遇する

 月明りに唯一照らし出された泉に木々の隙間を抜けて近づいてくる影は紛れもなく人の形をしていた。

 そして、暗闇から抜け出てきた姿に四人は絶句する。


 泉の水で深まで染めたような色をした髪を持ち、それと同じ色をした服からはみ出ている四肢にはシミ一つなく、その瞳は宝石のごとく黄金色に輝いていた。


 その姿だけでも誰もが二度見てしまいかねない程の美貌を持っていた女性は、だが人あらざる者であった。


「……人……なのか?」


 この世にはいくつもの種族が混在している。


 耳を尖らせ己の中に宿る魔力を使うことに長けた森精霊、工作や鍛冶に秀で他の追随を許さない地精霊、魚の尾と人の半身を持ち水中を泳ぐことに関しては天才的な海棲獣など様々な種族がいる。


 だが、目の前の彼女のような者は歴史上存在していない。


「……あなた達……は? なに?」


 青い獣の耳と一本の尾を持つ少女から発せられた言葉に初めて意識を持ちなおすことができた四人は目で合図を出し、リッチェルは剣を下にし、他の三人は構えたまま相手を睨むのを止めない。


「君こそ何者だい? 人なのか?」


 言葉が分かるのなら会話ができるはずだと考え、リッチェルは彼女が人であると仮定して会話を試みる。


「私? 俺? 僕? 知らない」


「知らない? どういう意味だ?」


 そう聞くと少女は人差し指をスッと向け、四人はそれを追うとそこには水面に鏡写しの月華を映し出した泉があった。


「ただそれを守ってただけ」


「守っていた? 君はここの守り人なのか?」


「違う。ただ、綺麗だったから守ってた。ただそれだけ」


 言い終わると少女は手を下ろし再び無防備になる。それを四人はしっかりと見ていた。


「あなた達は」


 見ていたはずがそこには今までいたはずの彼女の姿はなく、代わりに横からさっきまで聞いていた少女の鈴のような声音が聞こえてくる。


 四人は反射的に反対側に飛びながら視線を向けるとその彼女がいた。


 泉に生まれる波紋の中心に立ちながら。


「泉を汚した?」


 ただ無感情に投げかけられる視線にここで間違えたらやばいと、その場にいる全員が錯覚するほどに眼前に映し出される光景があった。


 魔術師であれば水に浮くこと可能となるが、かなりの錬度が必要とする。だが、この森ではその錬度が高くても無意味と化す元魔体が多く、更には彼女には一見それらをなくす宝石があるようには見えない。


 そして先ほどの一瞬の動き、どこを見ても異常で異状で異怪。それ以外の感情を四人は抱くことができなかった。


「……け……怪我の治療のために少々使わせてもらった」


 ギデの体の傷は治ったが皮膚についた返り血などは元には戻らない。そこで、一度全員洗おうという意見が出たため、一人ずつ布に泉の水を染み込ませて体をふいた。


 その際に少々泉が汚れてしまっている。

 しばらくの沈黙、長く感じる静寂、誰もが息をすることも忘れる時間で彼女は一言。


「……そう」


 一瞬寂しそうな顔をした少女はそれだけ言うと少女は踵を返し泉の中央に立ち視線を下に向ける。


「……今迄、一緒に入れくれて、ありがとう。そして、さようなら」


 背中しか見えない四人には少女の表情を見ることはできないがそこには優しさが込められていることが理解できた。気づけた、そこに立ち込めていた剣呑な雰囲気は霧散した。


 それどころかただ挨拶を交わすだけでそこに神聖なもののように思えてきてしまう。


「それで、あなた達はなに?」


 向きなおした少女は再び最初の相手を探る問を投げかけ、そこで四人は意識を戻した。


「……あ……ああ。俺達は冒険者だ。この森に咲いているっていう珍しい花を探していたんだが、迷ってしまったんだ……そろそろ教えてくれ。君は本当になんなんだ?」


「私? 俺? 僕? よくわからない」


「……一人称は一つにしないか?」


 三つの自分を表す一言を言う少女に少々イラつきを覚えたリッチェルが言うと少女は首を一度だけ盾に振った。


「なら、私にする。それで、私はただここにいただけでそれ以外はよくわからないの」


「分からない? 親とかいないのかい?」


「親? 知らない何それ? それに私はずっとここで一人、泉を自由に守ってた。でも、それも今日で終わり。これからは別の場所で自由に生きる」


「……君はここの出口を知っているのか?」


 降って湧いてきた僅かな希望を持つ少女に一同は目を輝かせた。


「知らない」


 だが、その希望は彼女の無慈悲な一言によって完膚なきまでに叩きのめされ、あからさまに肩を落とした。


「でも、道は分かる」


「分かる? さっき知らないって」


「本当に知らない……でも、森までの出口は余裕で分かる」


 少女の言っている意味が四人にはよく分からないが目の前に残る希望の欠片に四人は気体の目を向ける。


「なら、俺達も連れて行ってくれないか?」


「いいけど?」


 少女は目の前の母親に縋りつく迷子の子犬のような存在に対して特に何も思うことはなく、死ぬなら死ぬ、付いて来るなら付いて来るで別にどちらでもよいと考えていた。


 生きられるかもしれないと四人はお互いの視線を交差させ、エルに至っては涙が頬を伝っている。


「こっち」


 そう言って踵を返し空色の尾を左右に振りながら進む異形についていこうとした四人は唐突に泣き喚いた聞きなれた音に視線を向けた。


 そこには顔を真っ赤に染めて下を向いているエルの姿。そして、それを見た三人も順番に腹を鳴らした。


「……クス」


 笑みを零した少女はちょっと待ってて、と言って一旦闇の中に溶け込んでいった。そして、しばらくすると見たこともない様々な木の実や山菜、果実らしきものを腕一杯に抱えて戻ってきた。


「こんなに……いったいどこにあったんだい?」


 目の前の信じられない光景に目を疑ったレティは素を出してしまい、しまったと思いい少女を見たが特に気にした様子がなかったので一先ず話しても大丈夫だということがわかった。


「森の中」


 確かに森の中にあったに違いはない。だが、レティはその森の中のどこにあったのかが知りたかったがそれ以上聞く勇気がなかったためにレティは黙り込んだ。


「食べないの?」


 いつまで経っても食べられるものを食べない四人を訝しげに眺めていてつい口に出た言葉を皮切りに四人は目の前のご馳走を貪り食った。


 四人ともとても幸せそうでローブを被った少女に至っては涙を流している。なんだかこちらまで幸せな気分になるようでつい口元が緩む。


 微笑みながら四人を眺める少女は少し離れた場所に座り泉に足を入れて、素の冷ややかさをその身に感じさせながら、上に浮かぶ葵い月を眺めた。


「これ、使う?」


 黙々と食べていたギデに向かって一本の棘を差し出した。


「なん……です、これは?」


 いつものように厳つい声を発したが、もしそれで相手の気分を害してしまった場合、道案内をしてくれなくなる可能性を考えたギデは、すぐさま敬語に変更した。


「……痛くなくなる……」


「……どんな感じ、痛くなくなるんですかい?」


「……気持ち、よくなる」


「いや、それダメだろ!」


 差し出されたのは完全に薬物。痛みが無くなるというのはまさに麻薬による物に間違いない。


 それを知ったギデは敬語を忘れ怒鳴りながら針を奪い取り泉に投げようとして、急いで腕を止め、森の咆哮に投げつけた。


「いいか! 今度から絶対あれに障ったらだめだぞ! 分かったな!」


「……? わかった……」


 一度首を掲げたが、すぐさま工程の折を伝えた。それを見たギデは満足そうに頷いた。

 それを隣で眺めていた三人は少女を叱るギデの姿に父親の面影を重ね、微笑んでいた。



 しばらくして沢山あった果実や山菜を全て食べつくした四人は少女に礼を言いそれから道案内を頼み暗闇の中唯一残ったランプの明かりを灯しながら森の中を横断していた。


「なぁ、さっきから魔物とかに一切出会わねぇんだが、どうなってんだ?」


「さぁな。俺にもよくわからん。だが、これが分かるってことなんだろうな」


 初日は辺りを警戒しながら歩いて精神を削っていたが何も出会わなかった。何度か休憩し睡眠もとってはいるがその時にも何も現れはしなかった。


 先頭を歩く彼女は辺りを警戒することもなく黙々と前を歩き時々方向を変えている。


 それに伴ってか亜獣や魔物とは一度も遭遇していない。まるで予め知っているかのように動く彼女を見て知らないが分かるという言葉はそういう意味なのかとリッチェルは理解し四人は辺りを警戒することを止めた。


 暗闇にいたせいでなかなか気づくことができなかったが、辺りが少し明るくなったことで太陽が出始めたことが分かった。そして、目の前の少女の先から零れる光を見た四人は我先にと走り出し少女を追い抜かし森を出た。


「外だ」


「ああ、外だ。俺達は……生き残ったんだ!」


 暗闇で凍てついた心を温める恩恵に目を潤ませ全身で喜びを表していた。エルとレティは更に温めようと涙を零しながら抱き合い腰を落とした。リッチェルとギデはお互いの体に一発ずつ活を入れるように殴ると肩を貸し合い喜びを分かち合った。



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