表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/35

二十七話 元獣が遊ぶ理由

 熱気から外れた太陽の恩恵がさえぎられる暗晦とした場所。建物を作ったが為にできた絶対に日の光が差し込まれることがない靉靆あいたいたる空間。


 光が天から注がれれば影が地べたを這いずりまわる。覆ることのない事実。その場に居座るのは日の光が浴びれられなくなった者達。


 太陽のもとに出ることを許されない者達がいる場所、目を背け、決して視界の中には入れてはいけない場所、名前を【貧民街】という。


 その場に暗いローブを目部下にかぶった二人の男が歩いている。


「おい、なんでこんなところに来るんだ?」


「あ? そんなの仕事だからに決まってんだろうエギル」


 その二人こそ王子であるエギルであり、そのエギルを半ば強制的に連れだした冒険者の一人、名前をアシルという。


 エギルは強制的に連れてこられたアシルの事を道中退屈しのぎにいろいろと聞きだし、自然と仲は良好のものへとなっていた。


 アシルという男は冒険者稼業をかれこれ二十年ほど続けているというベテランでありながらも、未だにシルバーへと至ることができない者でもあり、それでも努力を諦めることをしない強い信念を持った男でもある。


 その決して折れない精神力と胆力に共感を持つと同時に尊敬の念を抱いたエギルは既に強制的に連れてこられたことへの文句はなくなっていた。


「仕事? 疚しいことじゃないだろうな?」


「おいおい、勘弁してくれよ。これでも清く正しくをモットーにしてんだ。それより、仕事だったな。言ってやってもいいが……まず、ヒデの嬢ちゃん。あぁ、青髪の嬢ちゃんがなんで兵士とあんなことをやっているのか気にならねぇか?」


 エギルは考えるそぶりも見せずに肯定の意を伝える。


 ヒデが急に始めた演劇のせいで自分は恥をかくことになったのだ。その原因であるヒデが何故そんなことをしたのかが気にならないと言えば嘘になる。即答はしたが考えなかったわけではない。しかし、明らかにこの街の情報も情勢も何もかも知らない状態が故にいくら考えても答えに辿り着けない。


「そうか、なら教えてやる。まず、ある事件があってな。詳細は省くが、その時にヒデの嬢ちゃんは領主様の息子とその兵士達に目を付けられてな」


 ここまで聞いてエギルが思ったことは、いったい何やってるんだ、という呆れが多分に含まれた言葉だった。


「ああ、ここの領主が悪性を敷いてるだとかすげぇ悪い奴ってわけでもない。ただ、人として謝罪はしっかりせねばならないってことでヒデの嬢ちゃんを招いたんだ。だが、あの嬢ちゃんはそれを拒否! しかも迎えに来る兵士達を全員叩き伏せてやがる!」


 途中からアシルの顔に笑みが現れ口に出される言葉にも紛れるようになっていく。


 エギルからしてみれば、ただ迎えに来た者達を叩き伏せる意味が予想できる限り考えるが全く思いつかない。


 内心悩んでいるエギルを他所にアシルは話を続ける。


「それが何回も続くんだが、途中から人数が増えていき、それでもあの嬢ちゃんはいかない。最終的に結構な数になってな。で、それが続く中で、ある事件が起きた……子供がいなくなったんだ」


 今まで含まれていた温かみのある会話が、最後の一言で氷点下までに下がった。あまりの寒さにエギルは足を止める。それを察したアシルも足を止め振り返り、フードの中に隠れている碧眼を見つめる。


「別にヒデの嬢ちゃんに構って街の警備を疎かにしてたわけじゃねぇ。ヒデの嬢ちゃんを誘いに来るのは巡回中の兵士以外の奴、もしくは領主がその日だけ雇った者達だけだからな」


 この街の領主は街の事をしっかりと把握している。だが、領主の息子が怪我を負わされて謝罪がなしというのは些か見聞が悪い。貴族や領主は権威や威厳がつきまとい、それが低下するのはよろしくない。


 そのために、街の治安を第一に考えてヒデを誘いに行くように命令を与え、もしくは冒険者などを雇っているのだ。


「最初は家出か何かかと思った。だが、二人目の子供がいなくなった。亜獣に襲われたんなら死体が出るはずだ。だが、亜獣がいたという報告も、死体も出ていない。魔物なら有り得るかもしれないが、目撃情報も足跡すらない。明らかに不自然だ。そこで異状に気づいた領主様は巡回する兵士の数を増やしたり、冒険者組合にも協力要請を出したんだ」


 それだけでもエギルは驚きを隠せない。


 冒険者組合は未国籍組織であるために、国に所属している貴族達は冒険者組合を毛嫌いしている。しかし、個々の領主はすぐさま組合に協力を要請したという。


 一度会ってみるのもいいかもしれない、とエギルは一人独白する。


「だが、それでも子供は見つけられなかった。しかも、俺達が必死に探しているのをあざ笑うみてぇにまた子供が一人いなくなった。そこで、領主様と組合で一計を案じた」


 子供が見つけられない自分達が情けなく、無力であることにアシルは悪罵を噛み締め怒りを抑えこむ。


「今この街ではヒデの嬢ちゃんと兵士との諍いは日常化されていた。それを演劇にするようにヒデの嬢ちゃんに依頼し、観衆の視線を集めた。そこで犯罪対策の商品の紹介をした。これで犯人は誘拐は難しくなったはずだ」


 エギルは先ほど兵士が掲げていたカードの存在を思い浮かべる。


 確かにあれならばインパクトは大きい。カードのボタンを押せばどこからともなく兵士がしかも私服姿でやってくる。


 いくら兵士でも私服を着ていれば一般人とも見分けがつかない。それを犯人が見れば、どこに兵士がいるか疑心暗鬼に駆られ犯罪行為ができにくくなる可能性がある。


 しかし、エギルはアシルの会話で矛盾を見つけ出した。


「なぁ、犯罪対策は分かったんだが、視線を集める理由はそれだけか? そこに視線が集まれば逆に犯人は犯罪がやりやすくなるんじゃないのか?」


 一か所に民衆の視線が集まれば必ず目に入らない場所が増える。


 人間の視界は興奮して集中すればするほど狭くなる。しかも激しく動き回る模擬戦をしているために観衆も兵士も視界が狭くなっている。


 犯人からしてみれば犯罪を犯す絶好のタイミングができてしまう。


「そう、そこが狙いだ」


 アシルは不敵に笑みを浮かべながら言う。


「俺達はいくら探しても見つからない。なら、向こうさんから出向いてもらうのさ」


 犯罪を犯す瞬間を狙う。つまり、現行犯逮捕が領主と組合が考えた策。


「今この街の人気のない場所に囮役として雇った小さな子供を歩かせている。俺達はその子供を遠くから見張る班と、直接足で探す班に分けられている。俺達は探す班な」


 小さな町で起きた犯罪行為に対して徹底した作戦にエギルは感嘆した。


 大きな街など、特に貴族らしい貴族が担っている領地ではまずありえない冒険者と兵士との共同作戦に見習うべきだなとエギルは考えた。


「勿論観衆達がいる通りを監視する班もいる。抜かりはない。しかし、良くできたものだよなぁ」


 顎に手を置いて考えぶる仕草をするアシルに対して疑問が産まれる。


「何がだ?」


「ん? ああ、実はこれをやったのは今日が初めてなんだ」


「……は?」


「実はな、この話が出た時ヒデの嬢ちゃんたちは依頼でいなかったんだ。んで、今日組合の中にいたからさっそく依頼を出したんだ」


 エギルの頭の中では困惑が生じていた。エギルの考えでは、これは前もって予定していたこと、もしくは今回の演劇は日常化している者であると考えていたがそれは違う。


 アシルの言う通り今日が初めてなのだとすれば、依頼をしたということ。しかし、エギルはヒデ達は一切離れることはなく、依頼を受けた素振りも何もなかった。


 ならばいつ受けたか。考えは簡単て、エギルがそばにいない時である。それは、エギルが三人の男達に激高し後を追った後ということになる。


 打ち合わせをする時間などない。ならば、どうやってあんなプロローグをやることができたのかが謎である。


「なぁ、劇っていうのはいったいどこからなんだ?」


「どこからって……ああ、なるほどな。いっとくが、あの三人の男共は劇にはかかわっていねぇよ」

 その答えで更にエギルは悩む。


「あの三人はヒデの嬢ちゃんにボコられた後、その顔の悪さを活かした仕事を組合が出したんだ。仕事の内容は『初心者の危機察知と状況判断能力を図る』だ」


 ということは、ヒデは依頼を受けた当日にその三人を利用し強引に演劇に巻き込んだということになる。恐ろしいのは、ヒデのアドリブ能力の高さだ。


 いきなり無理難題を押し付けられてそれを当日にやってのけるだけの力量を備えている者はほとんどいない。なればこそ、ヒデの行動力は見習わなければならないものである。


「すげぇよな~。俺達もまさか今日やるとは思わなくてよぉ。俺達も兵士の奴等もみんな大慌てで、しかも周りの人間にはばれないようにするのはちと苦労したぜ」


 焦点が合わない瞳でアシルはすぐ近くに壁がある筈がその先の遠くでも見ているかのような悲哀に満ちた瞳をしていた。


「なぁ、もし。機嫌を悪くしたら悪いが、もしも、犯人が冒険者だったらどうする?」


 たとえ一般人たちに今回の事がばれなくても、招集をかけた兵士、もしくは冒険者に犯人が混じっていれば何度やっても犯人は現れないだろ。しかも、こんな絶好の機会が巡っているのだからこの気に乗じて犯行を企てる恐れもある。


 そんなエギルの心配をあざ笑うようにアシルは不敵な笑みを浮かべる。


「問題ねぇよ。なぜなら、俺達冒険者は二人組で構成しているからな」


 二人組にし、お互いがお互いを監視するようにすれば犯行を犯すことわできない。しかし、犯人が複数いた場合を考え構成はしっかりとしたやり方で決定させた。


 まず、お互いに相性のいいペアを作らせ、再び別のペアを作らせる。そして、一度もペアになっていない者達をくっつけることで問題なく互いが監視するという体勢が完成する。


「勿論兵士達の監視役もいる。だが、数が偶数でなくて俺だけ外されるところだったんだ。で、そん時にお前が来た。これだけ言えばわかるだろ? さ、長話はこれぐらいにして、早く子供達を見つけるぞ」


「あっ、おい! おいてくなよ!」


 言いたいことは言い終わったと言わんばかりにアシルは一人で勝手に前へ前へと進んでいく。そのことに気づいたエギルは急いでアシルに駆け寄りそのすぐ後ろに並んで歩く。



次回からシリアスが始まります……たぶん

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ