二十六話 元獣は玩具で相対する
祝10,000pv!
皆さん呼んでくれてありがとうございます!
大通りは毎日のように人だかりができる。食料を買い求める主婦や、仕事に行く夫、露店で客商売をする商人、元気に走り回る子供達で賑わっている。
しかし、今日はその賑やかさはまったくの別種であった。大通りは普段ならば人々の足が止まることなくしっかりとした目的をもって移動している。だが、この日は移動するもの達ではなく、その場に立ち止まった人達によって賑わいができている。
賑わいの中心には両手を腰に置いて胸を張る青髪の少女ヒデ、その対面には私服の男達と、鎧を纏った男が模擬刀を持てヒデにその先を向けている。
集団対個人、一対多数。圧倒的な数の暴力の向けられているのはひ弱に見える少女。そしてそれを眺めるだけの市民達。
何も知らないものが見れば一目見れば集団暴行をされそうになっている状況に対してなにもしようとしない冷徹な人間の集まりのように見える。だが、その市民たちの目には冷血のような者は宿っておらず、むしろ娯楽を楽しみに来た者のようである。
「さぁ~張った張った! 騎士か少女か、それとも兵士か! 今のところは少女が大人気だ! 大穴で兵士だ! さぁ、買った買った!」
「俺は勿論ヒデちゃんに賭けるぜ!」
「バッカ! そんなのつまんねぇだろうが! 俺は兵士だ! あいつらはやるときゃやるってところを見せてもらうぜ!」
「私は無難に騎士様にするわ。兵士よりも強いし、可能性があると思うの」
更に賭け事をするものまで現れ、そして嬉々として思い思いの勘で金を賭けていく。
そこには心配という言葉はほとんどない。唯一婦人や子供達が心配しているが、男の子はまるでそれがなく興奮気味にヒデや兵士の名前を出し応援している。
「おい、アデル! そんな弱腰でヒデちゃんに勝てると思うなよ!」
「ちょ、親父! 弱腰というなよ! 今の俺めっちゃ張り切ってんだからよ!」
兵士の中に息子がいたのを見つけ出した男が大声で息子を笑いながら応援をしたことによってその場に笑いと喊声が湧き上がる。
「ねぇ、そろそろやろ? 私、もうやりたいんだけど?」
「ハァ、ハァ、ヒデちゃん。そのセリフ、体を横にして男を誘うようにおねがッ!」
「変態が!」
観客の一人の男が息を荒らしながら子供の教育上に悪い事を言ったためにその近くにいた兵士がその者の頭を模擬刀で強打し気絶させた。
「ねぇ、まだぁ?」
そんな光景がどうでもいいのかヒデの表情は正に不貞腐れた子供のそれだ。
「ああ、そうだな。本来ならこんな演劇じみたことはしないのだが、仕方ない。いざ! 尋常に……勝負、開始!」
「おおおおおお!」
鎧を纏った騎士の一人が抜剣し、剣を頭上に掲げる。それを下に振り切り掛け声をかけた瞬間に、兵士達が雄叫びを上げながらヒデへと駆け、観客達が歓声を上げる。
「よし! 私も、いっくぞぉ!」
気の抜けた、雄叫びとはお世辞にも言えない声を上げながら、ヒデは向かってくる大群に向かって駆ける。
ヒデの極力ならば実は一瞬にして兵士を抜け、後ろにいる騎士の場所までたどり着き、さらにその首をけるだけで即死させることが可能である。しかし、これは本当の戦闘ではなく劇であり、模擬戦なのである。
よって、ヒデはこの数か月の間に観察して得ることができた〝一般的な少女の全速力〟で兵士達に向かっていく。そのために、ヒデはあの大群を相手にしなければならなくなるのだが、ヒデ自身はそれ自体を楽しんでいる。
「ヒデちゃん! 覚悟!」
戦闘に走り出てきていた若い少年が型も何もなくただ単純に模擬刀を振り下ろしただけの攻撃をヒデは体を横にずらすだけで躱し、その場で回転すると、踵でその兵士の顎を強打した。
「グハァ!」
「うお!」
良い位置に入ったヒデの一撃により少年は宙を舞い、その後ろにいた同僚を巻き込み二人を気絶させることに成功する。
「ニヒィ」
どうだと言わんばかりにヒデは顔に笑みを浮かべる。
呆気に採られている間にヒデはすぐ横にいた青年の顔面を拳で殴りつけ、三人を巻き込んで後方へと吹き飛んだ。
「はぁああ!」
拳を振り切った体勢で隙ができたヒデに真横から年若い少年が模擬刀を振りかざしたが、当たる寸前にヒデは大きく広報に飛び退いてそれを躱す。
当然のごとく少年は追いかけ追い打ちをかけるように何度も何度も模擬刀でヒデに向かって切りかかり続ける。
型を忠実に再現した剣筋。その筋の人間が見れば型通りにはまった動きは見破りやすく予測しやすいというかもしれないが、生憎ヒデは剣を全く使えない。
そのため、ヒデは全ての攻撃を目視し、それから回避行動に出ている。
「せいっ!」
「やぁ!」
掛け声とともにヒデの胸を目がけて突きを繰り出すが、ヒデはその場にしゃがみむとその頭上を模擬刀の鋭い突きが通る。そこにヒデは手を地につけ足技を繰り出し、模擬型らを遥か空に飛ばした。
「……残念」
模擬等を失った少年は満足気味に独白した瞬間に体に力が入らなくなり真横に痛みとともに持っていかれた。
その場にいなくなった少年の代わりと言わんばかりに空中に放り出された模擬刀がその身を回転させながら落下する。しかし、それが地面に当たる寸前、ヒデが模擬等の開店に合わせて腕を回し、模擬刀の回転速度を上げる。
模擬刀を回している腕を後ろへもっていくと、ヒデはそのまま勢いよく前方へと投げつける。
模擬刀は速度や威力をおとすことなく前方へと進む。集団でいる兵士達はお互いの体が邪魔をしてそれを躱すことはできないでいる。
それを悟った青年が意を決し、迫りくる脅威を眼前に見据え、タイミングを見計らって下からの切り上げる。
「ふっ! クッ! はぁあああああ!」
火花を散らしあう模擬刀と模擬刀。しかし、祖の勝敗は青年の切り上げの威力が勝り模擬刀は威力をおとしてもなお回転をしながら軌道がそれる。
「ふぅ……なっ!」
安堵の吐息を吐き再びヒデを視界に収めようと前を向けば、しっかりとヒデを視界に収めることができた。ただし、他の物が映らないまでの至近距離で。
「ガハッ!」
ヒデによる腹部への強烈な拳による一撃によって、肺の中にある空気を全て吐きだし、何人も巻き込み球になりながら後方へと転がっていく。
拳を振りかざした姿勢のままであるヒデは隙が大きい。そこをつかんと周囲にいた二人の兵士は左右同時に切りかかる。
絶体絶命のピンチ。しかし、ヒデは焦らず冷静にその現状を楽しんでいるかのように顔に笑みを張り付けている。
それはいつもの事だと承知している二人は怪訝に思うことなく油断することなく切りかかる。しかし、頭上から空を切る何かが飛来し、一方の剣戟を刃で止め、もう一方は飛来した物を掴んだヒデがそれを縦にすることによって防ぐ。その二つを防いだのがほぼ同時。
「なっ!」
「なにぃ!」
入ると確信した攻撃が防がれる事態となった事に唖然とした二人は苦虫を噛み締めたような表情となる。
民衆が安全に観覧する場で、全員が娯楽の中心を視認する。そこには、先ほど兵士が上空に打ち上げた模擬刀がヒデの手に握られていた。
否、握られているわけではない。兵士の模擬刀と刃同士でぶつかり合っているわけではなく、持ち手の部分で防がれている。ヒデの手は兵士の潰してある刃があった逆、つまり持ち手にただ添えられているだけだったのだ。
「よっと!」
持ち手を抑えている手に力を加え当てられていた模擬刀を打ち返す。加えた力が片方に行き過ぎたために、模擬刀は再び回転を始める。
回転する武器の傍らで、一人の少女が火花を袂に置きながら、楽しそうに舞う。
他人から捧げられる数多の贈り物を彼らは刃に乗せて届けてくる。それをヒデは円にまで見えるほどに回転をした模擬刀で、拒絶する。
優雅さ、華麗さ、気品さ、その全てを持たない獣は勘と反射で全てを拒絶する。
上段から、下段から、袈裟から、横薙ぎで、ヒデに傷をつけようとする一撃を、ヒデは円を盾にしながら防ぐ。
模擬刀を蹴り、殴り、胴を軸にして回しながら、周りの兵士を翻弄する。
端の方で相手の斬撃をくらうと、一時的に回転が止まる。しかし、ヒデは懺悔くをくらっだ反対側に打撃を加え回転を止めないようにしている。
「しまった!」
兵士の一人が模擬刀を取り零す。地面に付くと同時に拾おうと考えてしまった兵士は再び驚嘆することになる。
地面に落ちる寸前に、ヒデは持ち手を蹴り飛ばし、見事兵士の顎に蹴り飛ばした持ち手が衝突し、兵士の意識は暗い闇の中へと落ちていった。
見事なまでに一本を円にしただけの盾、それを扱うことは至難である。しかし、ヒデは至難故に自在に操る。
常人にはまねすることができないことを何でもないようにするヒデに観衆から歓声が贈られる。
二個となった癖がありすぎる盾を、ヒデは笑みを浮かべ楽しそうに二本の玩具を操り、迫りくる刃を止まることなく動き続け、動かし続けて全てを防ぐ。
ヒデは武器を使うことができない。練習をすれば使えるようになるかもしれないが、ヒデはそれを楽しいこととは思わなかったために、武器を扱うことができない。しかし、ヒデは玩具を使うことには楽しかったために慣れている。
手にした玩具で楽しく遊ぶ。手にした武器で相手に傷をつける。手にする非殺傷で練習をする者達に視線を釘づける。
それぞれが違う目的を持ちながらその場に熱気を籠らせる。
ヒデちゃん、模擬刀をいつもよりも多めに回しておりま~す
予告、次回で何故ヒデがこんなことをしているのかの説明が入ります。