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二十二話 元獣は住民からの信頼が厚い

「なんだこれ?」


 ルーク、改めエギルはもう驚かないと密かに決めていたが、目の前の光景に思わず驚いてしまった。おそらく、普通ならば問題はない光景だろう。


 少女が子供と遊んでいても、少女が店の亭主と笑いあっていても、子供の母親達の仕事の手伝いをするのだって、普通ならば何ら問題なく、いや、普通ならばよくできた娘という好印象を持つだろう。


 しかし、エギルの目にはその少女に対する評価は普通ではなかった。ある意味国落としに一番近づいた人物。王族を誘拐した大犯罪者。それらが根底にあるために、エギルは少女、ヒデが街の人々に好かれているのが信じられなかったのだ。










 リル達が拠点としている街【オークス】についた時のエギルの印象は小さいだった。


 王族であるエギルは王都で生まれ王都で育ってきた。それもその王都の全体が見渡せるほどの高い場所に住んでいたために、どれだけ人がいるのかが分かる場所で過ごしていたためにその感想は仕方がないものだった。


 街の中に入った後、リル達は初め乗っている馬車とそれを引く馬を売ろうと考えていたが、それはできなくなった。


 期せずして王族を王宮まで護衛するという前代未聞の依頼を受けてしまった。徒歩で王都まで行くのは論外。故に馬車が必要不可欠なのである。


 馬車や馬は借りるということはできない。もし馬車を貸すような店があった場合、その店は近いうちに潰れることになる。


 なぜなら、馬車を貸したら、その借りた者はほぼ確実に返すことなく自分の者として持ち逃げするからである。 


「ここは人が少ないな」


 門を潜り中の様子を見たエギルの感想はここに住んでいる者達からすれば失礼極まりないものだった。


「まぁ、王都に比べればな」


 今の時間帯は丁度昼食時であり、大通りには屋台に人々が集い、有名な食堂には少々の行列ができているのだが、やはり王都と比べれば少ない方なのだろうとリル達は思った。


 そこで、いくつもの馨しい香りをその鋭い嗅覚で嗅ぎ続けていたヒデは我慢の限界が来たのか、腹の虫が鳴き、更に手をその腹に当てて撫でている。


「さて、俺達もなにか食べるか。さすがに宮廷料理には劣るが、庶民の味も馬鹿にできないと思うぞ」


 食事にありつけると聞いたとたんにヒデの顔に満面の笑みが浮かんだ。


 王宮で出てくるだろう御馳走と庶民の味を比較されれば当然庶民の味の方が数段落ちる。更に評価されれば確実に料理を出した店主を怒らせることになる。


 そうなれば食事どころではなくなってしまうが故のリルの助言。


「馬鹿になんぞしていない。むしろ楽しみだぞ私は。王宮で料理を食べる時はマナーが何だとうるさかったからな。ここならそんなのを気にせずに食えるのだろう?」


 だが、エギルはそんなリルの心配が必要なく、エギルは今まで苦労して手に入れた食事中のマナーをここでも使わなくてはならないかをギデに問いかける。


「まぁ、滅茶苦茶値段がたけぇ所に行かない限りはそうだな」


「よし、ならあそこに行くぞ」


 めぼしいものを見つけることができたのか、エギルは我先にとある店に向かって歩みを進めていく。

 本来ならすぐに店に付くはずが、エギルはなかなか辿り着くことができなかった。


「おう、ヒデちゃんお帰り!」


「帰ってきたのねヒデちゃん! 七日はいないんじゃなかったの?」


「あー! ヒデ姉帰ってきたぁ!」


「お帰りなさい、ヒデさん。うちの新作ができたので良かったら食べに来てくださいね」


 街の中に入ってからヒデがよく人に話しかけ、それに対してヒデが話しかけてきた全ての人に挨拶をし返事を返しているために時間がかかっているのだ。


 男も女も子供も老人も無差別に話しかけてくるヒデの人脈に流石のエギルも舌を巻く。


 客観的に見てもヒデは美人に分類する。綺麗と可愛いを半々で分けたような妖艶な美少女。世の中の男どもは黙ってはいないだろう。


 それに加え、明るい空色の髪をしているために非常に目立つ。村人の中から探し出すのは容易であり、ヒデの性格はおおらかで明るい。


 高齢の者達からは孫のように接せられている。


 ヒデには人の話を聞くということを教えたがあまりそれに従ってはいないが、老人には優しくということは守っている。


 老人は長話をする者が多い。それに多くの若者がうんざりする中で、ヒデは話し終わるまでずっと笑顔で過ごしている。これで好かれないはずがない。


 ヒデよりも年下の子供からは同い年の友達のように思われている。


 子供にも優しくという約束だけではなく、子供好きであるヒデは積極的に自分よりも幼い子供達といろんな遊びを共に遊んでいる。


 店を経営している者達からはいい看板娘のように考えられている。


 冒険者稼業を始めてからヒデが最初に行った人の死に際を見届ける依頼をこなした後、数か月にわたり【オークス】内にある人員募集をしている店に冒険者に出される依頼として働いていた。一般受けする容姿とその明るい性格から一般客からは好印象を受けているためにヒデが店に入れば、ほとんど男だが客が増える。だから、店先では大抵ヒデは歓迎される。


 因みに、男客からナンパされることが多々あるが、ヒデはそれを本当の好意として受け取ってしまう。


 ヒデがナンパされる度に店長やほかの従業員などがやんわりと断りを入れているために、忙しさが増してしまっている。


 それさえなければヒデは完璧な客寄せパンダとなれることは間違いないとされている。


「なんだこれ?」


 街のあんまりの対応の仕方に思わずといった口ぶりでエギルは呟いた。


 みんなこの女の異常性に気づいていないのか。それとも気づいていてあえてそこに触れないようにしているのか、もう意味わかんない。街の人々はこうまで順応力高かったのか。


 エギルの思考は再び冷静さをどこかへ追いやってしまった。


 街の住人がヒデを見かけるたびに声をかけるために全く足が前に進まない。長い時間停滞していてようやくエギルの思考は元に戻り、呆れが沸き上がったために溜息を吐いた。


「なぁ、毎回こうなのか?」


「はい。殿……エギルさんの言う通りです。ヒデさんすっごく街の人達とすごく仲良くなっちゃって、何故か只今街の治安向上中です」


「なんで?」


「さぁね。いいじゃないか別に。治安が良くなるのはいいことなんだし」


 彼らは知りもしないが、ヒデが街中で有名になることにより、ある組織が秘密裏に発足された。組織の名前は【青友会】


 別名、『青髪のヒデちゃんと友達以上になりたい会』という、ヒデに惚れている者達がお互いを牽制するために作り出された組織である。


 ヒデにいいところを見せようとして、もしくはヒデが過ごしやすい生活を送らせるために、会員達は必死になって街に貢献している。


 組織にはポイント制というものがあり、善行、もしくは悪事を見つけそれを組合に報告、もしくは見つけた当人が解決することでポイントがプラスされる。


 ポイントがたまればヒデにアプローチをする権利を得ることができる。ヒデが断ってしまった場合は終わりだが、ナンパだろうが何だろうがヒデはすぐについていくためほぼ確実にアプローチが可能な時間を作ることができる。


 この組織は秘密裏と言ってはいるが、その存在は冒険者組合、そして街の人々にも認知されており、しかもポイントは組合が管理している。その為に勝手な抜け駆けや不正はできない。


 だから【青友会】の会員達は我先にと善行を積む、もしくは悪事を働くものを裁いていっている。その為に街の治安は例年の数倍も良くなっている。


 住人からも好印象を持たれているために、もはや組織は一種の職業として成り立ち始めているという噂がまことしやかに囁かれていた。


「俺は最近どこからともなく殺気を当てられたり落ち着かなってきているんだが……この間なんて上から何故か花瓶が降ってきたからな」


「気のせいよ」


「いや、気のせいじゃないだろう。どう見ても俺殺されかけてるじゃん」


 リルが感じている不安をレティは一蹴する。


 因みに、【青友会】のメンバーはヒデとほぼ毎日いるリルに対して殺意を持っているために、隙あらば亡き者にしようと奮闘しているが、堂々とすればポイントを減らされてしまうために、バレないように画策している。


 要はバレなければいいの精神で成り立っている嫉妬の塊達は虎視眈々とリルの隙を伺っているのである。


「へぇ、そりゃあ災難だったな。俺はそんなこと一度もねぇよ。リル、お前相当運がねぇんだな」


 組織はリルを狙うことはあってもギデを狙うことはない。


 では、なぜギデは狙われないのか。その心理は単純で、ギデがシルバーのランク持ちであり、その厳つい容姿と自分の体重と同程度の斧を持ち歩いているからである。


 本音を言うと、ギデは怖いのだ。


 リルもシルバーのランクだが、その優しそうな顔つきのせいで怖がることがないために、狙われているのだ。


「うるさいぞ、ギデ」


「なぁ、いったいいつになったら昼食が取れるんだ?」


 流石に我慢の限界が来たのか、エギルの声音が低くなり若干イラつき始めた。


「……はぁ、なら、組合に行くか。あそこなら多分すぐ食べれるだろう」


 街中を見る限り飲食店などは既に全てが満席になっている。料理を食べたければ待つしかない。だが、王族のエギルがイラつき始めたために組合ならばとリルは考えた。


「いいんじゃない? 組合で出される料理って意外に美味しいし」


「私もそれでいいよ! あそこのお肉美味しいし」


「肉決定かよ! ハハハ!」


 他愛無い話をしながら六人は組合へと足を進める。


 組合の中では依頼を張り出すだけではなく腹を空かした者が出た時ように料理が用意されている。


 組合は依頼達成時に出される報酬の四分の一を収入としている。他にも冒険者が依頼の達成報告である亜獣、もしくは薬草などを売りさばいたり、依頼を失敗してしまった場合に発生する賠償の三分の一を受け取り組合の収入としている。


 また、『廃葬の札』は勿論、傷が治るポーションなど有料だがすぐに手に入る用意もしてある。


 だが、それだけでは組合はすぐ経営難となってしまう。そのために、他の飲食店と同じように料理などを提供しているのである。


「やっと着いたか」


「ああ、これで腹が膨れるぜ、王子様」


「エギルだ。二度と呼ぶなよ」


「へいへ~い」


 冒険者組合に辿り着いた六人はその場で立ち止まり、軽い会話をする。

 その会話はずいぶんと受け答えが仲間内でするようになってきた。


 初めから敬語を使っているエル、完全に割り切って考えているレティ、そして豪胆な性格のギデ、特に何も気にしないヒデ。みんな重い思いに順応して言っていくことにリルは満足したように首を縦に振るう。


「そんじゃま、入りますか」


「うん! 早くご飯食べた~い!}


「ふふ」


 相変わらずのヒデの様子にエルがつい微笑ましいものを見てしまった時のように笑みを零いしてしまったが、周りの人々はそんなエルに賛同する者はいたが、否定するものは誰一人としていなかった。


 初めに扉をリルが組合の扉を開け、その後ろに引っ付くようについていくヒデは組合に入った瞬間にその子供らしい笑みがまるで大人のような笑みへと変わった。


「……え?」


 その様子をまじかで目撃してしまったエギルは更に困惑した。


 最近困惑してばかりだと考えながら、もうヒデに関することには驚かない。そう心に決め、エギルは五人と共に開いている席へと座る。


 全員が座るとリルが静かに手を上げる。するとウエイトレスの格好をした女性がペンと紙を持って近づいてくる。


「ご注文はいかがいたしますか?」


「俺とエルとギデはいつものを。そっちはどうする?」


「私は肉がいいな」


「そうね。折角だし私もお肉にするわ」


「私はここにある料理を知らないからな。そっちで好きなものを見繕ってくれ」


「かしこまりました」


 全員の注文をメモに書くと女性は笑みを浮かべながら一礼し、その場からそそくさと立ち去っていき、厨房ら式場所にメモを置いて今度は料理を持って別の場所へと向かっていった。


「どのくらいでできる?」


 早く何かを食べさせろと催促する腹の虫を感じながらエギルはリルに虫の声が聞こえなくなるのは後どれくらいだと問いただす。


「そうだなぁ……この込み具合だから、あと十分ほどかな」


「なるほど。案外早いものだな。あそこではもっと時間がかかるのだがな」


「へぇ、やっぱりこだわるから時間がかかるのかしらね。こっちは質より量って感じかしら」


「なるほどな」


 庶民の食事について興味を持ち始めたエギルはそれからどんな食べ物があるのか、この中ではどれが一番うまいのかを聞き始める。


 その質問をし続けたおかげかもともと合ったエギルとの溝のようなものは大分解消され気負うことなく話せるようになっていた。


 いくら割り切っているからと言って気負わないということはない。それがいま解消されたためリル達の居心地はだいぶ楽なものへと変わった。


「へへへ、嬢ちゃんちょっといいかい?」


 料理の話に花を咲かせていると、受付のところに帽子をかぶった小さな少女が三人の厳つい男に囲まれている現場を目撃することになった。


 よく見ると、その三人はヒデによって制裁を加えられた三人だった。


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