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二十話 元獣は馬車内で友好を深める

「それで、話は昨日に戻るんだが……」


「まってくれ」


 遂に話を切り出そうとしたところでリルが会話に割って入ってきた。


「結構後回しになってしまっていたんだが、俺はなんでヒデが王子様を誘拐したってことが気になるところだ」


 四人はルークがどうやって何があってここに来たのかを説明はされていない。説明を求めようとしてもいろいろと隠蔽工作をする時間がかかってしまっていたために、聞く時間が無くなってしまっただけなのである。


「俺達は依頼をしていて何も知らない。レティも知らない。知っているのはヒデと攫われた張本人である王子様だけ。王子様がここにいるということはヒデがその置換魔法を使ったせいであるのは推測できる。なら、どうしてヒデが王子様を攫うってことになったのか、どうやってヒデが攫えたのか、どこで攫ってきたのかが知りたい」


 今現在王子は誘拐されてここにきたということになっている。ここで今一番重要なのはお互いが合意の上で誘拐されたのか、それとも無理矢理なのかが四人にとって気がかりなのだ。


 もし合意があったうえで誘拐されたのであれば、ほとんどその確率はないとは思うが、万が一にもという考えでそれがありえたとしたら、四人は重罪犯の仲間として取り押さえられる可能性は低い。


 昨晩王子が零した〝暴れた〟という言葉から考えて、一番可能性が大きい方としては無理やり捕まえて連れてきたということ。そうならまず自分達は犯罪者の仲間としてとらえられることになる。


「王宮にいたらヒデが襲われてここに来た。おめでとう。これで君達も立派な犯罪者だ」


「うわ~、なんとなくわかってたけど、私今とっても泣きたいわ」


「レティさん。もう泣いてますよ」


 ルークはとてもいい笑顔で、レティ瞳からな涙を流している。


「で、でも、さ。ほら、王宮なんだろう? 警備兵とかいなかったのか?」


 すでに意味がないと分かっていても焦っているせいかリルはルークに質問する。ルークは、その困りきった顔のリルを見てニヤリと笑う。


「ああ、いたぞ。それどころか兵士の中でも最も強い存在、最強の冠を被るに相違ない存在、エルクまでもいた。で、ヒデはその全員をのして俺を連れ出したのさ」


 嘘を言っているように聞こえないことでここまで悲しくなったのは四人は生まれて初めてだった。ヒデは相変わらず自分の事なのに我関せずといった様をとっている。











 その後、ヒデが王宮でいったい何をしたのかをエギルは自分が知っていることを包み隠さず話した。

 本来ならばこのことを話せば王族の権威が失われる可能性があるが、ここで隠せば四人に対しての拘束力が自分の醜態のみということになる。しかし、これを伝えれば四人に対しての権力という名の拘束力は十二分に発揮される。


 もし、このことを話せば指名手配にするという脅し、もとい説得に使えるというのもしっかりと四人に伝え更に自分を無事に王宮に連れ帰れば無罪放免にするという約束事も取り付けた。


 そして、四人は逃げ場をなくした。


 四人は固まり己が不幸を祟り、ヒデ以外の全員が下を向いて動かなくなってしまった。


「はぁ、まったく。ヒデ……君は何者だ?」


 溜息を零したるくーは額を頭で押さえながら横目でヒデを見て問い詰める。ヒデは振り返りにこやかに笑ってルークの質疑に回答する。


「神様」


「……は?」


 にこやかにさも当然のようにそれが当たり前のように堂々とヒデは言う。


「はぁ~、嘘よねヒデ」


「うん、嘘」


 何時ものことのようにレティがいつも通りに発言を否定し、ヒデは肯定する。

 怒り心頭に発する思いだが、力技ではまず勝つことができないことを周知しているので、無駄な抵抗はしない。ルークは溜息を吐く。


「……それで? また、『私は自由だから』とか言って話さないとかいうのか?」


「いや、ちゃんと答えるよぉ。私は元狼だよ」


 二本の尻尾と耳が自己主張するように動いている。


「狼?」


 世界には亜獣や魔獣がいくつも存在し介在しているが、普通の動物などがいないわけではない。外を歩けば野良猫や野良犬、猛獣などにも遭遇する。しかし、それでも水色の毛並みを持つ狼は見たことがない。


 というより、獣が人間になる、正確には純然たる人間ではないがそれに準ずるものになったという報告はまったくと言っていい程に受けていない。


 だが、話を聞いていけば分かるだろうと思いヒデの話を促す。


「そう。私達は元狼。二匹の弱った可哀想な獣。その獣が最初から最後まで強く思い願い、それを叶えるために生まれたのがこの私。だから私は二匹の願い通りに自由に生きるの」


 体を尻尾で浮かすのをやめたヒデはその場に座り込んだ。


「はぁ、いつまでも気にしてたら負けか。それにしても、ヒデの話は突拍子もないな。もし、その話を信じると仮定すれば、お前がどうして生まれたのかは分かった。じゃあ、どうやって生まれたのだ?」


 もう過ぎたことだと割り切ったリルが二人の会話に参戦する。


「さぁ?」


 自分の事なのに分からないと言い、頭を傾ける。


「さぁって、分からないのか? 自分のことだぜぇ?」


 同じく回復したギデは馬車の進路上を見ながら振り返ることなく問いただす。もしここで振り返るなどをしたら、急なことに反応できない。ギデは何時も、もしかしたらというその厳つい体からは考えられないような思いを持って、いつも手綱を握っている。


「逆に聞くけど、自分がどうやって生まれたか、ギデは知ってる?」


「そんなの、母親の股から生まれたに決まってんだろうが」


「人間はそうなんだ。でも、それって自分で気が付いたこと?」


 問いかけられた人間の全員が口を閉じる。今まで自分が生きてきて培って知識はいったいどこから来たのかを考える。


「子供には親がいる。その親が子供にどうやって生まれてかを教えてくれる。じゃあ、親がいなかったら? 自分を生んでくれた母親や父親がいなかったら? 他の誰も自分と同じものがいなかったら? それでも人間は自分がどうやって生まれるか分かるの?」


 純粋な問いに全員が口を出せなくなった。


 自分はどうやって生まれたか。ヒデの言う通り親に教えてもらえた。親でなくても友人や知人などに教えてもらえた。だがもし、その誰もが自分の周りにいなかったら、もし、生まれてからずっと自分一人だったらと考えると、ヒデの言う通り分からないのではないかという結論に至った。


「しかし、なんかヒデに言われると釈然としねぇ」


「ですよね。今まで私達が教える立場だったのに」


 ヒデに教えられることを訝しく思ったギデは顔を歪ませ、リルの前向きさを見習い、今迄の数か月間のヒデとの間にできた苦労に対しての抵抗力を持ったエルは王宮でのことを片隅に追いやる。そして、今はギデの様子を見て苦笑するのみ。


「成長したのねヒデ。私は嬉しいわ」


「成長するってのはいいことだ。良かったなヒデ」


「えへへ~」


 難しいことを言うようになったヒデに成長を感じたレティはハンカチで涙を拭く真似をし、リルは優しくヒデの頭をなでる。ねだられたヒデは蒼を赤らめて嬉しそうにはにかむ。


「切り替え速いな、こいつら」


 ルークがぼそりと呟く。


 冒険者である四人は仲間が死んでもすぐに体制を整えなければならない。そのために切り替えなどには慣れている。普通ならば一日ぐらい寝込んでもおかしくない事態に陥ったとしてもすぐに切り替えることができる。


 ただ保留にしたということも言えるが。


「あんたもそう思うわよね、ルーク?」


「……なぁ、私が王子だと忘れているんじゃないのか? 敬語はどうした敬語は?」


 突然話を吹っ掛けられたルークは寝ころびながら顔と視線だけをレティに向け、完全にため口で話しかけてきたことに顔が少し歪む。


「だって、あんた王子だってばれるのが拙い上に、聞いてる限り堅苦しいのが嫌いなんでしょう? なら、敬語じゃない方がばれる可能性はほとんどないわよ? 逆に敬語で話しているのを誰かに見られたら、あの人はいったい何者だ? とか考える連中が絶対に出るわよ? それであんたが王子だってばれて暗殺されたきゃ敬語で話すけど?」


 恐れもせずに王族に話しかける姿は、どこか駄目な息子を窘める母親のように見える。


「はぁ、意義はない。私はまだ死にたくないからな。なら、偽名も使うか。エギルでいいか。はぁ~」


「じゃ、これからよろしく、エギル」


「度胸ありますねレティさん。まるで母親です」


 エルは正直な感想を口にする。


「あら? それは褒め言葉なの? それとも暗に年増と言いたいの?」


「褒め言葉です。決して貶してはいないのですよ~」


 パタパタと両手を左右に振ってレティの考えているようなことなど思っていないことをアピールする。最近レティの目に凄みが増していて睨まれるととても怖い。


「はい、そこまで。次はヒデの能力についての話をしよう」


 一度大きな音が響きその恩芸に視線を向けると、横になっていたエギルが座っていた。


「単刀直入で聞くが、お前は何がきる?」


 今まで気だるげだったエギルの顔は真剣身を帯び、それに伴い場の雰囲気も緊迫する。


「随分と抽象的だねぇ」


 だがヒデはそれでもいつものペースを崩さない。


「出来ること、と言えば呼吸とか、歩くとか、食べるとか」


「そんな当たり前の事じゃない。お前が使った置換魔法とか、そういうのをもっと詳しく教えてもらいたいんだ」


「ああそうだヒデ! その置換魔法っての使って王子を王宮に戻せばいいんじゃねぇか」


「あ、それ無理」


 ギデの名案とも呼べ、すぐにこの状況からも解放される案を嬉々として発表したが、ヒデの言葉によって即座に却下された。


「はぁ、なんでだよ!」


 自分でも名案だと思った策が即答で無理だと言われ思わず馬車の中を振り返り激怒する。しっかりと前方の確認とその周辺の確認を取った後で振り返ったところはやはりさすがは大人と言える。


「だって、その置換魔法は二回しか使えないもん」


「……は?」


 人差し指と中指を立ててヒデはピースのような形をとる。その様子を見てその場の全員が口を唖然として開ける。


「二回しかつ得ないっていうのは、一日に二回ってことか? それとも一か月? それとも一年?」


「ハズレ~! 正解は、なんと金輪際使えないのでしたぁ!」


 極めて明るく言い放つ彼女に誰も呆れ以外の感情を持つことができなかった。


「で、その二回は何に使った……って、王子様の誘拐か」


「違うよ! そんなくだらないことじゃないよ!」


 一国家の重要人物を誘拐することくだらないというヒデの顔からは本当にそう思っているようにしか見えない。


 ならば何故王宮で暴れたんだと問いただしたくなる気持ちを四人は必死に抑え込んだ。


「くだらないって、まぁ、ヒデにとってはそうかもな。なら、ヒデは何のために使ったんだ?」


 呆れ交じりの声音を発したリルは何のために使ったのかをヒデに聞いた。王子を誘拐してしまった結果は変わりようがない。しかし、ヒデはそれを下らないという。ならば、いったい何に使い結果誘拐となったのかをリル達は知りたかった。


「私は二人の女の子と仲良くなったの! でね、その女の子たちが絵本の王子様に会いたいって言うんだよ! 私は二人の笑顔を持ったみたいと思ったの! だから、私は二人を王子様に会わせてあげようとして、王宮に行ったの!」


「そっちのほうがくだらねぇじゃねぇか!」


 あんまりの回答にエルが再び激怒した。


「くだらなくないよ! 私はあの二人の笑顔が見たかったんだ! だから王子様に会いにおうきゅに行ったの!でもそこの人たちがいきなり襲ってきたから私は応戦したの。だから私は悪くないのだぁ!」


「悪いだろうが!」


「痛い!」


 遂に手が出てしまったのは仕方がなかっただろう。ギデがその鍛え上げた腕で力一杯にヒデの頭を殴りつけ、殴られたヒデは大きなたんこぶを作り涙目でその場に蹲頭を抱えている。


「酷い! 殴ることないじゃないかぁ!」


 狼のくせにヒデはまるで猫のように相手を下から睨む。


「じゃぁかしぃ! 殴られたからってなんだ! お前王宮の兵士全員相手してきたんだろ! なら問題ねぇよ! 馬鹿は昔からなかなか死なないって決まってんだ!」 


「じゃあ、ギデはなかなか死なないね」


「なんだと!」


「なによぉ!」


 厳密には人と狼なのだが見た目だけはまるでギデが肉食の狼で、ヒデがか弱そうな猫に見える二人が唸り声を上げながら真っ直ぐに相手を睨む。


 その光景にエギルは瞠目する。


 先ほどまでの話でヒデは人間ではないことと、この国で最強と言わしめる物よりも圧倒的に強いことを把握したはずなのにそれでもいつもの調子を崩さない目の前の四人にエギルは驚嘆を隠しきれない。


「あっそうだ、ヒデ。あんたにポーション渡してたわよね?」


 不意にかけられた言葉にヒデの体が時間が止まったかのように動かなくなった。


 その所作だけで何か疚しいことがあったことは明白なのだが、誰もそれに口を開くことはなく、ヒデはしばらくの間長い沈黙の中で向かい合っているギデの瞳に映る狼狽えている自分を目視していた。

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