十九話 元獣はお星様を幻視する
「ッ!」
椅子に座ったルークの言動と行動に四人は驚嘆した。
先ほどまで凛々しくたたづんていたはずの王族が今目の前で椅子にだらしなく座り、凛とした声音ではなく、まるで仕事終わりのような疲労感が含まれているような声音を出していた。
「もうさぁ、なんなの? ねぇ、いったいなんなわけ? 俺がこんなところにいることは分かるよ? 俺のせいだからなにも文句は言わないよ。でもさぁ、何なのあの対応? 王族だからってやりすぎでしょ?」
突然愚痴を漏らしだすことにさらに動揺していく四人。それに対してルークの呟きが聞こえてきたヒデは特に何も思わず、それどころか四人の百面相を見て笑っていた。
「っていうかまぁ、分かるよ? そりゃさぁ、王族だからみんな俺をたたえようとするのは分かるよ? だからってあれはやりすぎだろぉ」
「……ねぇ、あれ誰だ?」
あまりの変わりようにリルは隣にいるエルの耳元で小さく呟く。
「一応、第一王子殿下だと思いますよ」
リルの問いに同じくらいの声の大きさで苦笑しながら答える。それにつられてリルも苦笑する。
「だいたいさぁ、本当に何者なわけ? なんでそんなに強いの? っていうか、あの姿はなんなわけ?」
もはや王子としての貫禄も権威も何も存在しないその男は気怠そうにヒデに視線を向ける。
「あの、あの姿とは……? まさか、殿下はヒデさんの正体を知っているのですか?」
「ああ、宮殿でこいつが暴れている時に知った」
「暴れっ!? ヒデ! いったい何をしてきたの! っていうか宮殿ってどういうことなのよ! どうやって移動したのよ! はっきりと答えなさい!」
四人は宮殿で暴れた事に驚き、あまりの経探査にレティが半狂乱でヒデに迫り、肩を前後に何度も揺らす。
「ぐ……ぐるじぃ!」
揺らされているヒデはだんだん苦しみだし口から怨霊のような声音を漏らしながら意識を手放していく。そして、その影響で隠していた耳と二本の尻尾が露わになった。
「はぁああ!? 二本!? あんた尻尾一本しかなかったじゃない! どうなってるのよぉ!」
「レティさん落ち着いてください! 確かにヒデさんの尻尾の数には驚きますが、それ以上やるとヒデさん落ちてしまいますよ!」
流石にやりすぎだと思ったのかエルが焦りを露わにしながらレティを止めようと声をかけるが、レティは正常な思考能力を放棄しかけているのでエルの声が届いていない。
「ひとまず落ち着け」
今迄静観していた男勢二人、リルはヒデからレティを話し何とか落ち着かせ、ギデは若干白目をむいてしまっているヒデを覚醒させようと数度頬を叩き、やっとヒデは目を覚ました。
「おう、大丈夫かヒデ」
「……ああ、ギデが三人に見える。ごめんなさい、全部話すからお星さまみせないでぇ」
「駄目だこりゃ。星が頭の上で回ってやがる」
遂に限界に達したのかヒデは頭をゆらゆらと揺らしながら星を見始めている。それをギデは他人事のようにその様子を解説する。
「レティ、やりすぎだ」
「やりすぎですよレティさん。王子殿下が近くにいてちょっと動転しちゃうのは分かりますけど、やっぱりやりすぎですよ」
リルとエルに諫められたその瞬間、レティの何かが切れた。
「あんた達には分からないのよぉ!」
寝に行った村人のことなど気にせずにレティは絶叫する。
「あたしはねぇ! あんた達が来るまでずっとこの居た堪れない空間の中でずっと頭を下げて、ヒデの行動を諫めようとしてもヒデはゆうこと聞いてくれないし! 王族がいるから最大限に気を使って、周囲をずっと瞬きもせずに頭を下げながら警戒し続けたこのあたしの気持ちなんて、あんた達に分かってたまるもんですかぁ! フー! フー!」
レティの今までの苦労が芯の髄まで理解できる有り難い言葉が森の中に、それを聞いた五人の心の中に浸透していく。
レティの目は若干湿っている。それを気にすることなくルークは諦めの境地を体験していた。
これは、悪いことをしたな。帰ったら何かいいものを奢ってやろう。
ねぎらいが必要ですね。帰ったらレティさんの好きそうな服でも買ってあげましょう。
めんどくせぇが、何かいいもんでも渡してやるか。
三人は今まで苦労してきただろうレティのために少しばかりの慰める物を買うことを打ち合わせることもなく同時に決定した。
「あぁ、お星さまがキラキラ~」
この時ヒデは目の上に浮かぶ幾つもの星を虚ろな目で本物の星を背景に眺めていた。
月を眺めて楽しむこともせずに終わった細やかな宴の後、ヒデという少女の能力や正体についての考察も何もできずに眠りについた。
太陽の陽光が大地を温め、生きとし生きる者に朝を伝えると、夜を好むもの以外が生活を始める。人間も例外なく生活を始める。
朝になりしばらく時間を置いた後、リル達は村人の全員を再び呼ぶことにした。
何故なら、王子がここにいたことと、ヒデの正体についてを黙秘してもらう約束を取り付るためである。
昨晩、気絶して正体が完全に露わになってそのまま眠りについてしまったヒデに布を隠して家の中で寝かせていたのだが、寝相の悪さで上にかぶせていた布は彼方へと行ってしまっていた。その時に王子を起こしに来た人がヒデを目撃してしまう。しかも、まだ頭の中にもやがかかっている状態であったがためなのか、耳と尻尾を隠さずにヒデは外に出てしまった。そのため、村人の全員にはっきりと見られてしまったのだ。
人の噂に戸を立てることはできないが、ここ話辺境の村であり、本来なら王宮にいたはずの王子がこんなところにいること自体信じる者はいない。
ヒデに関しては、耳と尻尾はヒデの意識がしっかりとしていれば問題なく隠せることはすでに周知の事実なので問題はない。もし何か言いがかりをつけてくる者がいれば知らぬ存ぜぬで通せば何ら問題はない。
しかし、どこにでも研究熱心な者はいる。興味本位でヒデと同じ背格好をしている者を拉致してしまう可能性も生まれないわけではない。
故にヒデを除いた【星の欠片】の四人はルークと話し合い全てを忘れてもらうことにした。
昨晩のだらけきった王子の姿はそこにはなかったことに密かに四人は何かの見間違いだったのではないかと思ったほどだ。
依頼完了のしるしを貰った五人は王子を連れて王都まで向かうことにした。
緑豊かな草原の中、穏やかな曲線を描く街道を警戒にかける馬車が一台。
【オークス】に向かうそれの中には、五人の人間と一人の人外がいた。
馬の手綱を持つ巨漢の男であるギデ。
二本の尻尾と耳を露わにし、起用に尻尾だけを使い体を宙に浮かすという新感覚を楽しんでいるヒデ。
それを傍らから眺める五人。
宙に浮いているヒデを心配そうに慌てているエル。
毎度のことで半分呆れてきているリル。
まるで自分の子供が新しい玩具で遊んでいる様子を眺めているレティ。
そして、その四人を観察している者こそ【星の欠片】のメンバーではないが、この国の中で最も重要な人物であり、次期国王になる確率が最も高い人物こそ、王位継承権第一、第一王子ルーク・フォン・ブルーノである。
「あぁ、やってられない」
馬車の中で気怠そうに横になっているラフな格好の男こそ、次期国王であるルーク・フォン・ブルーノなのである。
元々着ていた服装では目立ちすぎる。そして目立った結果その人物が王子だと分かればよからぬ輩が利用しようと躍起になって襲ってくる可能性がある。
そのため、あの豪華な服と剣は村の中にあった箱の中に入れてある。それがいけなかったのか、村人の姿が見えなくなり馬車の中で六人だけになるといきなり横になり、凛とした姿が過去の遺物と成り果ててしまっている。
ヒデ以外の四人はやっぱり昨日のは幻覚じゃなかったのかと落胆していた。
「落胆しているところ悪いけどなぁ、王子っていうのはいつも周りに気を使って凛々しくいなくちゃいけないんだよ。だから心労がたたって仕方がないんだよ」
「では、なぜ私達にはそのような姿をお見せになられるのですか?」
今の説明では自分達にも気を張っている姿を見せなければならないのかと考えたエルはルークにその言動と行動との矛盾について聞いた。それが四人にとっての運命が決定した瞬間だった。
「ああ、こんな姿を一般人であり、国民である者達には見せることができない」
横にしている体を起こし、ニヤリと笑う。
「と、言うことで、お前達全員私と共に王宮に来てもらう。ああ、しっかり護衛を頼むぞ。帰ったらしっかりと報酬は払ってやる」
強制的な依頼受諾に四人は絶句すし、なんで勝手に決めてしまうんだと思った。つまり、この王子様は自分たちのパーティを護衛として雇うということであり、悪く言えば最も危険な旅の道ずれにすると言っているのだ。
確かにヒデのせいでこんなところに来てしまった。しかし、それはヒデのせいであって自分たちは関係がない筈である。
「あ、あのぉ、お、お断りすることは……」
「できるわけないだろう」
最大限の命乞いに似たエルの懇願は言い終える前に却下された。エルの懇願を断ったその笑顔はまさしく貴公子のような笑顔だった。
手綱を握っているギデは、いっそのこと馬を暴走させ、事故を装いここに王子を置き去りにして何もなかったことにしてしまおうかとも考えてしまったが、何とか踏みとどまる。