十八話 元獣は大人達をこけさせた
暗く沈んだ闇の中で、一人の男が鉄の檻のにいる動物に鞭を振るう。
動物は痛みによって鳴き声を上げる。それを聞いた男は口角を上げ更に鞭を振るう。振るい続ける。
これまで何度も駄目にしてきた。練習用に何匹もの獣を相手にしていたが、もう何匹も駄目にしてきた。それで加減を知った男は今目の前にいる動物を駄目にしないように鞭を振るう。
何度も駄目にしてきた男は耐久地を上げるために回復力を上げた。方法は怪我の治りよくする薬を使うこと。副作用などを知るために何匹の獣に試した。すると、副作用は痛覚が鈍ることだと分かった。
耐久力を上げることには成功したが、これでは自分が楽しむことができないと思った男は、更に痛覚が増える薬を使った。
主に拷問用に使われるそれは一般的に販売はされてはいないが、どこの世にもそういう物を売る者達は現れる。薬はそこで手に入れた。
男は迷うことなく二つの薬を逃げ出した二匹の獣の代わりに、新しく手に入れた獣に投与した。
結果、元々薄かった理性が完全に無くなり自分が楽しむ前に舌を噛み切って出血多量で死んだ。
耐久力を上げる薬と、痛覚を上げる薬を同時に使うと痛みが快感に変わってしまうことが何度も試すうちに分かった。
ならばと薄めて試すと加減が分かり、通常よりも何倍も楽しむことができるようになり、男は歓喜し、笑みを浮かべながら鞭を振るう。
鞭だけではない。焼き石で皮膚を焼き、はさみで舌を切り取り、ナイフで四肢のいずれかを切り落とし、それを食事として与えるなどをした。
しかし、獣では限界が来た。そのために遂に男は動物に手を出した。
動物はとても男を喜ばせた。特に子供がいい。大人よりも捕まえやすく、大人よりも回復力がある。未熟なために精神を誘導しやすい、少し希望を見せれば大人よりも心が壊れにくい。
だから男は、これからも逃げ出せるような状況を出したり、通常よりもおいしい食事を出したりして、何度も痛みを与える。
嫌だと言っても、拒んでも、逃げようとしても、命乞いをしても、痛みを与える。痛み以外に何も与えない。なぜなら、それが男にとっての唯一の快楽なのだから。
「君は、いったい何をやったのか、何ができるのか、私達に教えてくれないか?」
「……やだ!」
世界が凍り付いた。
その中で唯一ヒデだけが満面の笑みを浮かべている。
誰もが予想だにしなかった返答に質問をした王子本人も硬直してしまっている始末。その中で一番に硬直から脱出したのは、最も危機察知力が高いレティだった。
無礼を働いたと思ったレティはすぐに駆け寄りヒデの頭に手を置き渾身の力を込めて、全体重を乗せて地面に叩きつけた。
「このおバカァ!」
「ふぎゅっ!」
「申し訳ありません殿下! 後で、いや、今からでもきつく言っておきますから! どうかお許しを!」
罵倒と共にヒデに無理矢理土下座をさせたレティはすぐに自分も土下座をする。
「酷いよレティ、口の中に砂入ったぁ~。ぺっぺ」
「あんたが悪いのよ! 我慢しなさい!」
ヒデは既に土下座ではなく体全体を地面につけて寝ているような体制になっているが、顔しか見ていないレティはそれに気づいていない。
しかし上から見下げているルークはヒデの様子がハッキリと見えているので、レティのその必死さは逆効果となっている。
ルークはとんとん拍子に話が変わるのが速く置いてけぼりを喰らっているために心の中では悟りに似た諦めが生まれていた。
「……はぁ~、レティ、もうそのくらいにしろ。それじゃあなんで嫌なのかの理由も聞けないだろう?」
「……分かったわよ。ヒデ、許してあげるから、なんで嫌なのか教えて頂戴」
「なら早く手を除けてほしいのですよぉ」
慣れない敬語を使いながら不貞腐れたヒデは頬を少し膨らませ、自分の頭を押さえつけている手をどかされるとゆっくりと立ち上がり体に付いた砂を落とす。
「えっと、なんで嫌かだよね?」
「ああ、そうだ。なんで私には教えてはくれないんだね?」
顔が引きつってしまうのを何とかこらえながら再びルークはヒデに問う。
「そんなの、私が言いたくないからに決まってるじゃないかぁ」
もっともな意見だ。
しかし、相手は王子で、しかも次期国王に最も近い存在相手に拒否権が通用するのだろうかとこの場にいる全員が思った。
「あのぉ、やっぱり王子様相手にそれはどうかなぁ……なんて」
「なんでそう思うのエル? 私達は自由なんだよ? 話すも話さないも自由だし、動くも動かないも自由なんだよ? だから私は自由に決めて、言わないことにしたの」
どこまでも我が道を行く少女に今まで流れにながされてきた村人達は一種の尊敬の念が生まれたが、それと同時にそれができるのは力がある者達だけなのだろうと弱肉強食の現実を直視した。
「私達が願ったのは自由に生きる事。自由を手にすること。自由を手に入れ、持ち続ける事。その自由を奪われないこと。だから、私の自由を奪う者は許さない。私は私だけの道を行く」
大人達にとってはヒデは無茶ばかりしてきた幼き日の自分を幻視し、子供は威風堂々たる姿に憧憬を抱いた。
逆に、リル達四人は瞠目した。
街のでは明るい雰囲気しか出さず、森であった時は口数が少ないだけでまだ明るさが残っていた。
だが、今のヒデの表情は真剣そのもの。今まで見たことがないほどに決意に満ちた瞳をその金の双眸に宿しているのが分かる。
その場の誰もが今のヒデを見て目を離すことができず生唾を飲み込む。
「あ、因みにあれは転移魔法じゃなくて言葉にするなら置換魔法だねぇ~」
「ズコォ!」
今までのすごみが消え急にいつも通りのヒデが現れたことで王子を含めた全員がその場で盛大にこけた。
息の合ったこけかたに子供達は盛大に爆笑した。
「え、何これ。付いていけない。さっきまでの雰囲気はどこ行った? 嗚呼、ほんとわけわかんない。もう嫌こいつ」
地面に倒れながらルークは誰にも聞かれないように小さな声で、目を虚ろにしながら呟いた。
「酷いなぁ。こいつだなんて。ちゃんとヒデって名前があるんだよぉ」
しかし、その呟きは多き間子供にしっかりと聞こえていた。
「それに、言ったじゃない。私は自由だって。だから、さっきまでは嫌だったけど今は言ってもいいかなって思ったの。だから言うんだよぉ」
ああ、本当に自由奔放だな、とルークだけではなく周りの全てがそう思った。
「はぁ~」
溜息を吐きながらルークは立ち上がり土を払う。
「じゃあ、今度こそ教えておくれよ。君は何ができるのか」
「うん。いいよぉ。何から話そうか?」
「……あの~」
ヒデがいよいよ話をしようとすると隣から見知らない声が聞こえてきた。
そこにはさっきまで一緒に遊んでいた子供の母親だった。
「私達はいったいどうしたらよろしいでしょうか?」
一般人である彼女が王族に話しかけるのにはどれ程の勇気が必要なのかさしはかることをする必要がないほどに明白。
故に彼女の知人達はその勇敢さに驚いた。
母は強しという言葉を男性陣は彼女を見て思った。
「……ああ、君たちは別に私達に付き合う必要はない。もう寝てくれて構わない。ああ、冒険者の四人は残ってくれ」
「……はい、わかりました。では、失礼いたします」
そういうと彼女は舟をこぎ始めて自分の息子のカルロを抱き上げ、傍らに自分の夫を付けて一度王子に一礼してから家の中に入っていった。
するとそれを引き金に座っていた者達は立ち上がり、宴の残り物だけを蔵へ灯っていき、後はそのままにしてそれぞれがそれぞれの家へと戻っていき、残ったのは冒険者四人と王子殿下と少女一人となった。
「……ッ!」
静まり返った空の下、王族と自分達だけという、まるで蛇に睨まれた蛙のような緊迫した状態となったっていた。
そして、ルークが動いただけでリル達四人は体を震わせた。
びくびくしている四人を無視してルークは先ほどまで座っていた椅子に座る。
「ふぅ……あぁ~やってられねぇ~」
王子の口から零れた言葉は四人を硬直させるのに十分な威力だった。
誤字脱字(泣)があったら教えてください
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