十七話 元獣はお願い事を断る
「今迄の無礼! どうかご容赦ください!」
「本当に申し訳ありません殿下! エルさんとギデさんが御無礼を働いて申し訳ありません!」
「重ね重ねうちの者がご迷惑を! 本当に悪いのはそこの男二人なので私達は罰しないでください!」
「おいレティ! なに二人で責任逃れしようとしてんだよ!」
初めは二人と同じようにレティも王子を疑ったが、初めから剣を持っていたことですぐにきずくことができた。
だが、緊張で体を動かす事ができなかったせいでリルとギデの蛮行を防げなかった。だが、それで連帯責任で処刑されるのはまっぴらごめんだ。
しかし、ここでこの二人とは赤の他人と言いたいレティだが、ヒデと仲良くしていてさらにそのヒデが三人と仲良さそうにしているために無関係は装うことはできない。もしそれがなかったとしてもほぼ確実に仲間に道連れにされる。
ならばと、レティは仲間と共に土下座をし、堂々と逃れるために命乞いをした。
「私はまだ死にたくないのよ! プライドより命よ!」
「いや、プライドは大事だろ!」
「プライドで命が買えるわけでもないでしょうが! 命あっての幸せよ!」
「アハハハハ!」
ギデとレティが言いあっているのを傍らから見ていたヒデは子供達と一緒に腹を抱えながら爆笑している。
はっきり言って殺意がわかないでもないが、目の前に王族がいる時点でしかも現在命乞いの最中なので迂闊な行動ができない。
「っていうかヒデさん! 何勝手に殿下の剣を使っているのですか! 今まで忘れ……いえ! あえて! あえてスルーしていましたが、やはり勝手に使うのはまずいです!」
王族の剣を忘れていたと言いそうになったエルはすぐに言い直し、わざと無視したのだと言い張る。わざとでも無視するのは大概なものだということを、今現在混乱しきっているエルの頭では理解できないでいた。
「え? 許可っているの?」
何を当たり前なことをと思った。常識を教えていた時にしっかりと国にある階級と今自分達の階級について教えてある。その階級の意味もしっかりと教えてある。
以前起きた貴族との諍いは既に解決してはいるが再び上流階級と問題が起きた場合手に負えなくなる。だからヒデには徹底的にそのあたりを教育した。
だが今現在、その努力が無意味になったのではと四人は思い、ギデは少し怒りを覚えた。
「いるに決まってるだろうが! お前にはしっかり教えたはずだぞ! まさかもう忘れたのか!?」
「ひっ! わ、わわわわすれてなんか! た、たただ、私は……そう! 椅子に置いてあったのを取っただけで! 王子様の物とは思わなかったの! もう分かったからすぐ取ってくるね!」
慌てふためき両手を胸の前で左右に振るい、勉強している時に説教を受ける時のことを思い出したために顔を青くしながら言い訳をしたヒデはそのまま剣を拾いに行った。
ヒデが何かをやらかし、誰かがヒデを叱る光景は五人にとってはこの数か月で当たり前の光景で誰も不思議には思ってはいなかったが、第一王子は愕然とした。
自分には相手の能力を把握する能力は備わっていない。王の命令で剣術の指南を受け一般人よりは強いと自負はしているが、それで慢心はしない。
なぜなら自分の周りには自分よりも強い者達がいたからだ。その者達がついさっき現れた少女に一方的にやられたのだ。その時はかなり驚嘆した。
この国最強とされていた騎士を見た目十四ほどの少女が打ち負かした。だれもが、嘘だと思うことをやってのける強さを持っている。
そんな少女を畏怖させる存在を目の前にしてルークはどれだけの強さを秘めているのか探るような視線を四人に送り、内心さらに焦る。
もしかして、今ものすごく危険な場所にいるのではないか?
しかし、ルークは考えを改める。
さっきまでの暗い空気が払拭されかけている今ならば話が通じるのではないかと。
「少し、よいか?」
四人はさらにヒデに何か言いそうだったギデを抑えようと声を出しかけていたが、それはルークの震えそうになるのを表に出されないようした声によって遮られてしまう。
四人は油の切れた人形のように動きがぎこちなくなってしまった。
「な、ななんで、しょうか、殿下?」
恐れながらも声を発するリルに三人は、さすがリーダーと心の中で賛辞を送った。
同時にルークは遂に話ができるのかと内心歓喜した。
「お前達は、ヒデの何なのだ? あと、お前達はヒデのことをどれだけ知っている?」
最強を破った者を知りたいという欲求を満たそうと質問をしたが、当の四人は何故そんなことが知りたいのか訝しく思ったが、王子の言うことに正直に答えることにした。
「俺た……私達とヒデは冒険者で同じパーティのメンバーです。ヒデについては……あれ、そういえば特に気にしたことはなかったな……ですね」
「ですね。もし、ヒデさんについてお知りになりたいなら直接聞けば答えてくれると思いますよ」
顔を蒼を通り越して白くなっているエルはできるだけ明るく、相手に不快感を与えないように必死になっている。
今までヒデについてのことは極力聞かなかった。というよりも教育が忙しかったために聞くのを後回しにしすぎて忘れていたのが四人の本音だ。
「そうだな、この際だからヒデの奴にいろいろと出来る事をきぃてみっか……みますか」
いつも通りの口調で通してしまってギデは後付けで敬語を入れる。
話題になっているヒデはいつの間にか気に刺さっていた剣を抜き取り子供達とまじまじと観察していた。
「おいヒデ。ちょっと来てくれぇ。あ、剣もちゃんと持っ来いよぉ」
「うん? は~い」
ギデの声に反応して素直に返事をしたヒデは周りの子供達に一言言ってから剣を片手に持ちながらやってきた。
「ヒデ、まずその剣を殿下……王子様に返すんだ」
「うん。もうこれが王子様のって知ってるからねぇ。はい」
「あ、ああ」
今まで自分に対して父以外、敬語などを使って下から者を貰うということしかやってこなかったためか、ルークは上から物を渡されることに口から戸惑いの声音が出る。
「よし、ちゃんとできたな。偉いぞ」
「もうあれは御免だよ。二度とやりたくない」
「俺もごめんだぜぇ。なんせ俺も廃人みてぇにじっと家にいなくちゃならねぇからなぁ」
「……二人ともよく堂々としていられますね? 王子殿下の御前ですよ?」
自分達よりも高位な人間の前で堂々と巣を出す二人にエルは驚嘆し、おどおどしながら口を開ける。
ヒデは教育を施してはいるがまだ実感がわいていないと言えば片付くがギデはそうではないためその豪胆な性格が原因であることは今まで長く冒険者のパーティとして付き合ってきた三人には分かった。
そしてその豪胆さで今現在の暗い雰囲気がいくばくか和やかになったことに三人は今まで苦労してきたその性格に特大の賛辞を贈る。
逆にルークはなんでそんな強い少女の前でよく堂々としていられますねと喉まで出かかった質問を再び奥に押し込めた己の精神力に自画自賛する。
もしここでそんなことを言えばどうしてそう思うのかという疑問が生まれる。その疑問を解消するためにはどうしてそう思ったのかの理由、つまり王宮での惨事を言わなければならない。
だが、それは国にとって最大の汚点。ここでミスをすれば王位継承権ははく奪される可能性だって生まれる。もしくは、これを機に反抗勢力が産まれる危険性をも出てくる。
ああ、なんでこんなことまで考えなくレはならないとだろうか、とルークは今自分が置かれている状況に嘆き悲しむ。
「それで? なんか私が呼ばれた理由ってあるの?」
内心でルークが悲しんでいることを知らずにヒデは子供のように首を掲げる。
「ああ、王子様がお前について詳しく知りたいってんでな? ついでに俺達にも教えちゃくれねぇか?」
「知りたいって、具体的にどんな?」
首を掲げながらルークを見るがルークはこちらを見るばかりで何も言わない。
可愛らしく見えるその表情だが、あの惨状を見たばかりの為に、ルークにはその表情が獲物を見定めしているような顔に見えてしまい、嫌な汗が背中を伝っていくのを感じ取っていた。
意を決したルークは表情に出さないように必死に仮面を被りながら立ち上がる。
身長はヒデの方が低いので当然の如くルークを見上げる形になった。
「……まず、向こうでの話は置いておこう。いろいろ気になるところだが、まず一番気になる事から聞こう……はぁ~、帰りたい」
王宮で起きたことを隠しながら一言そういうとルークは視線をある一か所に向けた。
そこには焚火によって照らされた草原の草が赤色に塗装されていた。緑に赤が混じりまるで草原まで燃えているかのように錯覚させる草の中に、一か所だけ草が生えていない奇妙な個所があった。
それを見た途端に口から愚痴が少し零れてしまっていることにルークは無意識に言ってしまったが、幸い誰にも聞かれることはなかった。
「この世界には転移魔法という者がある。膨大な魔力があれば一人でも可能だそうだが、それは自分だけが別の場所に移動する。そんな魔法だ。だが、あれは違う。あれは下の地面も移動している」
「って、ことは転移魔法じゃないってことだね……ですね」
ルークが見ているところを見てレティが自分で考察したことを述べた時につい敬語を忘れてしまい平静を保ちながら敬語を付け加えた。
「そう、あれは転移じゃない。なら、あれは何だ? あそこにここの草とは種類が違う草がある……意味わかんねぇ」
王子としての威厳と権威を下げないように冷静にしっかりとした言葉を言う。最後の言葉は小さすぎで誰にも聞こえてはいなかったが、今回はヒデの隠れている耳にしっかりと聞こえてしまっていたが特に気にしなかった。
「と、もしあれをやったのが誰だかわからなければずっと悩んでいたはずだ。しかし、今ここにそれを起こした張本人がいる。さぁ、教えてくれ。ヒデちゃん」
できるだけ優しく話しかける。
「君は、いったい何をやったのか、何ができるのか、私達に教えてくれないか?」
子供に話しかけるように、夜中に眠らない子供を寝かせる時の母親のように、怪我で泣いている共を慰める父親のように、優しい笑みを浮かべながら問いかける。
「……やだ!」
その瞬間、世界から音が消えた。