十五話 元獣は王子を紹介する
山紫水明が全て夕映えで茜色が含まれた場所にはその瞳に生命を含めておらず空ろのみを映し出している狼がその身を消して言えぬ深い傷と白や灰色などの自慢の毛皮を血色に染めている。その傍らで血肉に染まった金属でできた鎧や武器の剣や斧、魔法を使うための杖をすでに朱色を孕んだ水面に付け、さらに赤を足している。
死体の近くではお香がたかれているため、薄桃色の煙が充満している。そのため、血の匂いを隠し血の匂いでほかの獣が寄り付かないための対策が施されている。
川の近くでは獣に噛まれ深く大きな穴が開いたギデはその傷口を濡れた柔らかな布を当てて殺菌し得るが右肩からかけた小さな鞄から赤色をした液体、ポーションを取り出し傷口にかけるとそれはまるで、なかったことになるようにしてその姿を隠した。
「ふぅ、あんがとな、エル。しかし、相変わらずすげぇよなぁ。もう痛みがねぇ」
感嘆とした声を出すギデは治った傷口を一撫でする。
「これさえあれば痛みで戦闘不能になることも一瞬ですから、必須ですよねぇ」
「おい、もうそろそろ、解体するぞ。いつも通り魔石はエルの鞄に、肉は俺の鞄に入れるぞ」
そう指示を下すリル、そしてその指示に従いそれぞれ懐に入れていた短剣を取り出し死体を解体するためにそちらに体を向けた。
そこにはいくつもの狼が山のように積み重なり下の同族を押しつぶしている。そしてそれらの上に乗れば確実に全てを圧縮してしまいそうなほどの巨躯はそれらの背後にいた。それこそ、今回の討伐対象でジャッカル達の統率者『キングジャッカル』が無残な姿なり横たわっていた。
そして、死者を冒涜しようとする貪欲な人間の手は鈍く光る刃をもってその死体を切り裂き、貴重な意思を取り出し、生きる糧として持てるだけの肉を鞄に詰めていく。
死体を死体至らしめるその行為を悠然とこなすその姿は日常風景に溶け込むような当たり前の行為として人間の社会に浸透していた。
「しかし、残念でしたね。ヒデさんの実力がわからなくて」
「まぁでも、あの森の中にいて無事だってんだから、本当に強いのかもしれんぞ」
「あの見た目からじゃ、やっぱり信じられませんがね」
「おい、話すのはいいが手を動かせよ」
「了解リーダー」
「あいさ、リーダー」
リルにせかされガラ解体作業を継続し鞄に入るだけの魔石と肉を切り取った三人は山になった死体に懐から取り出した札をその真下の地面に張り付けた。
『廃葬の札』と呼ばれる魔道具。これは魔物や魔獣、もしくは獣を殺した際、その死体を放置するとその屍を食らうために有象無象が寄ってくるか、もしくはそのまま腐敗し伝染病のもととなる可能性がある。それを防ぐために、この札を使用する。
故に生物を害し殺傷するを生業とするものはこれを常時携帯が義務付けられている。
札を使うことによってその範囲に存在する生命活動を停止させた存在を土の中に引きずり込む土葬するという効果を持つ。他にも火葬するための札が存在するが、三人がいる場所は可燃性が豊富な緑豊かな山ということで今回は土葬用の札を使用した。
「よし、じゃあ、戻るか」
土葬が完了したのを確認したリルはギデとエルを侍らせながら、晩鐘を鳴らしながら、禍々しいほどの赤色が群生する森を焦がしながら、世界に暗い帳を下ろそうとしている。
夕映えに包まれる眼下の世界は漏れることなく何もかもが茜色の衣を纏う。勘の働きが鈍い人間の三人は自分達が向かう先に驚嘆が待っているとも分からずに、呑気に和気藹々と行進していった。
室外に垂れ下げた帳に影響を受けやすい子供を忘れない優しい世界は天井に宝石箱の中身を映し出す。
きらきらと自らを磨き上げた塊は誰もを遥か高みから見下すように、はたまた慈しむように、愛しむように眺め、その姿を観察するためにその姿を明るく巨大な円と共に照らし出す。
陽光が消え冷え切った体を温めようと誰もが寝床に視線を向ける。
その中で寝床ではなく仲間が待つであろう街へと向かう為に影の中から悠々と姿を見せるギデ、リッチェル、エルの三人。
彼らが向かう先は暗闇を明るく照らす火の恩恵を賜ったことで自分達の生活空間を明るく照らし縄張りを主張している。
「ん? なんだ?」
それは他の村と何ら大差ない。家の中では生活用魔道具を使用しているために火よりも快適な空間が保管されている。
しかし、それだけではなく、普段ではあまり使用されない外の間道具までもが使用されており、更には多きに火が焚かれている。三人から見ると宴会が開かれているように見える。しかし、何の前触れもなく、しかも亜獣に被害にあっている最中であり、いまだ討伐完了の折を伝えていないため、住民が喜ぶにはまだ早いと言える。
それらの要因に気づいているために三人は困惑していた。
「今日が定期的にするお祭り、っていうわけではありませんよね」
「もし、そうだとしてもだぜ。こんな状況でやるとしたら、そいつらはアホかバカのどちらかしかいねぇ」
辛辣な言葉を口にするギデは身の丈ほどのある斧を肩に担いで自分が豪胆なものだと周りに無自覚に印象ずけている。
もしこの場に矢探れていない子供がいたとしたら、その圧巻する巨躯、筋肉という鎧を纏った体、殺意の込められた刃、間違いなく近づいてしまった子供の瞳には水たまりができることは間違いない。
「ま、それはともかく、早く行こうぜ。レティとヒデに早く合流しねぇとな」
その姿とは裏腹に心から仲間達を思う所はリッチェルとエルと、この場にはいないレティは好感が持てた。未だ子供のように振る舞っているヒデはよくわかっていない。
「そうだな。それじゃ、いこうか」
「はい。早く行ってベットで休みましょうか」
悪戯嬉々としてするヒデとそれを咎めるレティ。叱るために悪戯っ子を追いかける子育てに紛争する母親を想像し、口角を上げた三人は夜の真下に灯る真昼のように明るい村に向かって歩き出す。
村の中が視認できるようになるまでに近づいた三人はまず唖然とした。
なぜならば、村の中には荒らされていたはずの畑は布で隠され、機長の新生んで見た目のいい野菜や肉、魚類などがこれまた村では日常的な場面では使うことのないような豪華な皿が使われている。
それを青髪の少女は気品の欠片もなく本来食べ物を掴むために用意してある箸やスプーンなどを使わずに素手で食べている。
隣にはその少女の姿を真似て素手で食べているせいで両手がべたべたになっている幼女や少年の姿が見える。それを窘めようとしているがそれができないなかまのレティと、その少年幼女の親らしき者が傍らでその風景を眺めていた。
周りにいる村人は満面の笑みで料理を口にしている少年少女幼女とは明らかなテンションの差があり、なんだか委縮した様になっている。
「なんだこりゃ?」
唖然としていた三人は声を発することを忘れて村の中を観察していたが、ギデが思わず声を出すとその場にいた全員が三人の姿を認識した。しかし、それでも目の前の料理にしか視線がいかなかったヒデは除く。
「えっ……と、討伐完了の報告をしに来たんですが……」
「お邪魔……でしたか?」
恐る恐ると声を出すリッチェルに続いて同じように恐る恐る声を出したエルを目にした人々の中から歓喜の笑みを浮かべた老人が前に出てきた。しかも何故か、立ち上がることなく低姿勢の状態で出てきた。
「い、いやはや、よく御無事に変えって来てくださりました」
その老人、討伐依頼を出した村長の額には冷や汗が出すぎて焔の反射で妙な光方をしており、その表情は笑顔を取り付けてはいるが内心の不安などがありありと伝わってくる。
「あ~、なぁ、何かあったのか? もしかして、討ち漏らしがこっちに来てたとか、それともここに残してきたヒデとレティが何か……」
「いえいえいえいえ! ヒデ様は何の迷惑もかけておりませんです! 断じて何もありません! 何もしておりません!」
全員が憔悴しているのは自分達の仲間であるヒデ、万が一の可能性でレティが迷惑をかけてしまったのではないかと思い確認をしようと声を出したギデは。いきなり鬼気迫る勢いで否定し始めて村長に気おされ、リルとエルは一歩後ろに下がってしまうほどだった。
村長の後ろにいる村人の全員も首が落ちてしまうのではないかと心配になるほどに首を縦に振っている。
そこで、気おされていたエルが一人村長の言った言葉に疑問を持った。
「……様? さっき、ヒデ様って言いませんでしたか?」
「は、はいぃ! そうでございます! 私達は何もしていませんです! 決してあの方には何も粗相はしていません! ですから、どうか! どうか村人だけはぁ!」
地面に額をこすりつけ、許しを請う村長の姿に困惑する三人だが、その惨めな姿と、その後ろから向けられる悲哀と哀愁の視線に三人は意味が未だに理由が分かっていな罪悪感が内側から三人を圧迫する。
「あっ! リル~、エル~、ギデ~! おかえり~!」
周りが明るく、だが全てが暗い雰囲気に包まれていた空間を破壊した呑気で甲高い声音の素は、顔にご飯粒を付けて、三人に向かって料理を素手で食べていたせいでベタベタになった手を振っていた。
もう、何が何だかわからない、とリッチェルは思いながらそのヒデの姿に呆れエルとギデを連れてヒデに近づいた。
ヒデに近づいていくとその隣に見慣れない服装の青年が豪華そうな足のない椅子に座っているのを視界に収めた。
その服装は今現在いる村の中ではまず見られることのないような、貴族が大富豪の商人などが来ているような煌びやかな服装だった。
「ねぇねぇ! 三人は王子様って知ってる?」
ヒデの近くに座っているレティに話しかけようとしたリッチェルの言葉はヒデの興奮気味たこの国の人間ならば誰もが知っている内容の言葉に遮られた。
「知ってるも何も、この国の人間なら誰だって知ってることだぞ。それが……うん? どうした、エル?」
「うん? なんかあったのか、エル?」
ヒデの質問に呆れながらも答えていたリッチェルの話を止めた原因は、エルが袖を弱弱しく引っ張ったせいである。その行動に違和感を持ちギデとリッチェルは心配そうな様子でエルの顔を覗き込んだ。エルの顔は青白く、まるで病人のようになっていた。
「ふ、ふ、ふ。エルは気づいたみたいだね」
自分の手に付いた料理のタレを舐めとり、ヒデじゃ悪役になり切ろうとしてなり切れていない可愛らしい悪くない笑みを浮かべ、しかし、その笑みが三人にはとても嫌な予感しかしなかった。
「何を隠そう! うん? 隠すだっけ? まぁいいや! それで、その王子様こそ、この人なのだぁ!」
その言葉を聞いた三人は同時に思った。
(何言ってるんだ、こいつ?)