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十三話 元獣は正体を隠すのを忘れる

 傷だらけの頭の上には獣を思わせる耳と腰から生えている尾。


 その時その場にいた全員が【深淵の森】に赴いた冒険者等の情報を思い出す。


 暗く何も見えず時間の感覚すら失われていく深淵で焦がれ、いつも見ている慣れた上を、懐かしき天井を欲していた時、不意に現れた青を思い出させられる程に青が現れたという。


 青い髪と、それと同じくらいの色の耳と尻尾を持つそれを異形とわかっていても、女神だと思えたという。


 食料を渡され帰り道を示しそのまま再び帰っていったという謎の少女。


 それが今、目の前で血を流し目を見開きながらこちらを睨み付けている。


「いった~い。でも……次は当たらないから……戦ろうかぁ、人間」


 戦意を剥き出しで人間に宣戦布告する手負いの獣。獣が蹂躙されることを恐れて化けた者、化かげた力を持った物、正真正銘の人外。


「化物め」


「あはは!」


 甲高い声音を響かせながら猪の如く真っ直ぐに走るヒデは障害物たる騎士を舞うようにして葬っていく。


 剣を躱すことなく全てを鋭利な爪で切り裂き的確に気を失わせていく。殺すことなく、血を流させる事無く、一人一人確実に吹き飛ばす。


 それを止めようと空中から三人の騎士が奇襲を繰り出すが、ヒデは倒れていた一人を真上に放り出し三人の視界から自分の姿を隠した。


 このまま下りれば仲間を切ることになると考え刃を一瞬引くと仲間をどかしたヒデが不敵な笑みを浮かべながら跳躍し三人を弾き飛ばした。


 誰も言葉を発しない。発せられるのは部下に指示を出す声と、雄叫びと悲鳴だけ。


 何度も響き続けた悲惨な光景が鳴りやむと、その場には際衛星と言われた者達が体調を残し全てが地を這いずる虫のように倒れ、起き上がることができないでいる。


「さぁってと、あとは貴方だけだ……ねっ!」


 言葉を交わすことなく残った一人に駆けるヒデは叩きのめすために片腕を前に出すが、それは隊長に触れることはなく真っ直ぐ向いていた視界は急に真っ暗となった。


 手が触れる直前、隊長は一歩後ろに下がり鞘につけたままの剣を素早く抜き取り、ヒデの後頭部を殴打された。


「きゅう~」


 力強い力に強制的に顔を床に埋もれさせたヒデはその後ピクリとも動かなくなり、周りの貴族達からは安堵の息が零れた。


「やっと死にましたか。しかし、奴はいったい何者なのでしょうか?」


「彼女が例の森の奥で発見された者ではないですかな? だとすればこの後解剖してその体を調査する必要がありますが……やはり生きていた方がよかったですかな」


「しかし、それは難航を極めますな」


 そう言った貴族の一人は周りに倒れている国の精鋭達を眺めた。気を失っている者や意識はあるが立ち上がることができない者達ばかりで、誰一人として流血している者、ましてや死んでいる者は見る限りは皆無。


「幸い、死者はいないようですな。これは幸運と言ってよいのだろうか?」


「いいわけなかろう! 国の象徴たる王を守る騎士達がこれでは示しがつかん! この現状を平民達が知ったならば我らの権威は失墜することはなくとも低下することは確実だ! このことは隠蔽せねばならない」


 怒りをあらは西顔を赤くしながら体を震わせる男は恨みがましい目で倒れているヒデと周りの騎士達を見続け扉の近くで意識を失っている幼女二人に目がいった。


「あの二人にはいろいろと聞かねばならぬな。エルク殿、あの二人を牢へ連れていけ」


「……了解しました」


 命令を下した貴族を一瞥するとその命令通り二人の子供に向かって歩みを進める。


 足元には死屍累々の部下達と破壊された武器の数々それを踏まないように歩いていると細かい破片を踏みしめてしまった。


 金属を踏みつける音が室内に鈍く響く。それはとても小さな音、しかし獣の持つ聴覚はそれすらも捕らえ耳を動かす。


「いった~~」


「ッ!」


 気の抜けた声を出しながら上に積もった瓦礫や埃を落とし体を起こすヒデを見て誰もが絶句しその中で最も驚いたのは一撃を与えたエルク本人だった。


 騎士団の隊長を務めるエルクは職業柄幾つもの戦いを乗り越えてきている。王都内に入ろうとする亜獣を討伐し、付近にいる凶悪な魔物を排除してきた。それが数多くあり瀕死の重傷を負ったことも両手の数を優に超え、死を覚悟する瞬間も多々存在した。しかし、それでも困難を意志の強さと日々の努力で乗り越えてきたエルクの一撃は『キング』クラスの魔物を一撃で屠る無類の強さを誇っている。


 その一撃をくらったにも拘らず何ともないような、子供がこけてしまったときのように呑気な言葉を出した。


「あ~頭いった~い。でも、まぁいっか……っと」


 頭を手で擦りながら涙目になって立ち上がったヒデは視線を彷徨わせ二人に向かうエルクの姿を視界に入れた。


「……二人に、手を出すの……」


 ヒデの雰囲気が一瞬にして変わった。


 先ほどまでの明るさが鳴りを潜め、目の中の光が消えている。


「なら、ちょっと本気出そうかなぁ」


「貴様……? ッ!? 傷が……無い、だと!」


 不敵な笑みを見せるヒデの体には先ほどまで垂れていた赤が無くなり傷らしい傷が何処にもなかった。更に、その尻尾の数が一本ではなく


「二本……?」


「じゃぁね」


 分かれる友達に手を振るときのような優しい笑みを浮かべたヒデに周りは一瞬場違いながらも見惚れた。だが、エルクだけ頭の中で警鐘を響かせた。


 幾千幾万の死地へと向かい、絶命の危機を幾度も乗り越え死に目に奇しくも恵まれてきた猛者だからこそ、その慣れ親しんだ感覚を信じ、鞘にしまっていた剣を抜き横薙ぎに一閃する、ことはできなかった。


 剣に手を置いたところでエルクは突然横からの重圧により移動を余儀なくされその一撃により意識が飛びかけたが持ち前の忍耐強さなんとか持ちこたえた。


 しかし、剣は床に刺さったまま、エルクのみが離されてしまい、攻撃手段はなくなった。


「やっぱり強いね、隊長さん。でも、もう立てないでしょ?」


「ク……化物め」


 笑みを浮かべる無邪気で厄介で危険な少女をエルクは痛みに堪えながら口から唾液が混じった赤を隙間から零れながらヒデを睥睨し、内心で悪態をつく。それしかエルクにはできなかった。


 骨が折れ内臓が破裂し体の中で血が溜まる。


 間違いなく重症、違いなく瀕死に近い。たった一撃でこの様で、ただの見ることすらできず勘に頼るしかできずそれですら防ぐことができなかった一度で行動不能にまで追い込まれた。


 危険だ。こいつを生かしていたら街一つ、否、国一つ滅びかねない。それよりも、こいつが生きていたら我らが主のご子息が危険に晒されてしまう。排除しなければならない。どんな手を使ってでも。


「さぁってと、ネネちゃん、ターニャちゃん。起きて~」


 気を失いすやすやと眠りについている二人の肩を揺するヒデは恨みの籠ったエルクからの視線や畏怖の視線を向ける王族貴族を完全に無視している。揺らされた当人達はゆっくりと思い瞼を開け大きく口を開けた。


「ふぁあ、おはよう、おねえちゃん」


「おはよう。おはようかなぁ?」


「うん、おはよう! さ、立って立って! 王子様に会えるよ!」


 眠そうに目を擦って起きるのを渋っていた二人は火での最後の言葉で完全に目を覚ましその瞳からは嬉々とした色が露わとなり寝ていた体を起こした。


「本当! 王子様に会えるの!」


「会えるよぉ。会う?」


「会いたい!」


「ネネも! ネネも!」


 邪鬼の一切を感じさせずただ純粋に会えるということに喜びを感じた二人にヒデ以外の周りいる人間は悪寒が絶えなかった。


 場内にいる全兵士、騎士をたった一人で打倒した者の狙いが最高権力者である以上、あの無害そうな幼子でも何らかの能力を持っているかもしれないと推察し誰もが顔を青ざめた。


「行かせない」


 二人を連れて前へと進むヒデに立ち塞がるのは三本の空の瓶を片手に持ち口から洩れた赤い液体を拭い、瓶を放り棄てた。


「ここを通りたければ、私を倒してからいけ!」


「わ~お! 隊長さんて頑丈だねぇ!」


「はぁっ!」


 話すことはないというように気合を入れたエルクは外見に惑わされず剣を構え斬撃を繰り出したが、ヒデは両隣にいるネネとターニャを抱え後ろへ跳躍することで回避した。


「もう、仕方ないなぁ。ネネちゃん、ターニャちゃん。ちょっと待っててねぇ」


「うん! あっ、おねえちゃんに尻尾がある! 二本も! 二本かなぁ?」


「耳も! 耳もある~!」


 笑みを浮かべながら眼前に自分を睥睨してくるエルクを眼中に入れず自分の尻尾を掴みその柔らかさを堪能する二人をみて微笑み、二本の尻尾を掴んでいる二人を撫でるようにして尻尾を動かして二人を遠ざけた。


「……」


 二人は動かない。周囲に倒れていた者達は自分たちの隊長を邪魔しないように端に寄る。

 誰もが声を発することも呼吸することにも憚れるほどの静寂。息苦しさを感じながら周囲の者は静寂を守る。


 緊張が頂点に達すると、一人の兵士の汗が一滴床に落ちる。


「行くぞ!」


 同時に二人の獣は動いた。


 ヒデが初めに空中に飛び踵落としを繰り出すとエルクはそれを半身になるだけで躱し、着地したことで隙ができたヒデの胸ぐらを掴み後ろの床に叩きつるように投げる。


 だが、その途中でヒデはエルクの腕を掴み投げ飛ばされることを防ぎ空中で回転し掴んだエルクの腕を曲げた。


 エルクは自らその場で回転することで腕の破壊を防いだが、ヒデはそのまま空中でエルクを何度も振り回す。数度振り回されてしまったが、持ち前の筋力で無理矢理腕と体を曲げヒデの腹に蹴りを繰り出す。


 エルクを掴んでいる手を放して目の前で両手をクロスさせることで強烈な蹴りを防ぐが、ヒデはその場から離された。


 足に力を入れすぐさま話された距離を詰めて力強く殴りかかるが、それをエルクは体を一回転させ遠心力を込めた左の裏拳で逸らしその力を殺さずにそのまま右足で蹴りかかる。


 顔面に直撃する足を左手を上げることで直撃を防ぎ、すぐに足を掴み折ろうとするが、エルクは力任せに床を殴りつけ体を空中に放り出し、掴まれていない足でヒデの顔面を狙う。


 それを回避しようとして両手を話してしまったヒデは上半身を地面と水平にすることで避ける。真上に位置することになったエルクはそのまま重力に引かれるままに真下を踏みつける。真下にいるヒデは両腕で重量のあるエルクの蹴りを堪えると腕に力を入れ未だ踏み続けている足を離すと今度はエルクが地面と水平となった。


 それを逃さず、ヒデは急いで体を曲げ足裏をエルクに向け手の平を地面につけると、体を力いっぱいに伸ばしエルクの腹を蹴り上げた。


「カハッ!」


 意識が飛びそうな前の威力を精神力だけで耐えきったエルクは腹を蹴ったヒデの足を苦しみに耐えながら片手で掴む。今の一撃で意識が無くなったと思っていたヒデは瞠目する。


「うおおおおおお!」


 雄叫びと共に腕に力を入れヒデを自分と同じ位置まで引き上げるとそのまま勢いをつけて遠くに投げ飛ばした。


 体勢を崩したエルクはそのまま地面に受け無もとれずに落下し、ヒデは何度か地面を跳ねると両手両足で体勢を整える。


 離れたヒデを睨みながら床に刺さったままだった剣を引き抜く。


「ありゃりゃ、剣が抜かれちゃった」


「……随分と余裕だな」


「余裕になるのも、緊張するのも私の自由。だから、私は歩いて近づくよ」


 邪念を記し、全身に魔力を纏わせ剣を上段に構える。ヒデは二人をその場に残してゆっくりと歩いてエルクの間合いへと迫っていく。


 優雅に凛々しい佇まい、その表情は目の前に新しい玩具を見せつけられた後ろに立っている子供と何ら変わることがない表情をしていた。だが、その瞳だけは、まるで獣のような鋭さを持っていた。


 それを切り裂かんとしたエルクの初撃はヒデの鋭利な爪によって意図も容易く弾き返された。だが、お互いの力量差は先ほどまでの攻防で理解していたエルクは驚嘆もせず次の斬撃を繰り出す。


 上から、下から、右から、左から、斜めから、死角から、ありとあらゆる場所を狙って尋常ではない速度と力を持って繰り出され続け数多もの火種と残留した影を置き去りにする斬撃により徐々にヒデの爪は削れていき、ヒデの顔から余裕の笑みが消え去る。


 一歩も引かず、一歩も進まない攻防が継続されることによって大理石によって作られた床はその余波で削れ、硬さを忘れさせる赤い絨毯は雑巾のような姿に形を変える。二人の攻防は留まることを忘れ永遠に続いてくれと思うほどに周りの人間を魅了させる。


「……クソ!」


 そんな折にエルクは放ち続ける自らの剣を見て悪態をつく。


 エルクの持つ剣は魔剣と呼ばれてはいるが炎を出し敵を焼く魔法や、雷を放ち相手を焦がす魔法があるわけではない。


この世界で最も硬いとされている金属が三つある。


 一つは『ダマスカス鋼』錆び難く強靭で、木目状の模様をもつという特徴があり主に一級の将、もしくはそれ相応の実力者が持つ武器に使用されている。


 一つは『アダマンタイト』魔法の固定化に成功した唯一の金属。主に合成の材料にされ魔剣の製作に用いられる。


 一つは『ヒヒロカネ』非常に高い魔力伝導率を兼ね備え、太陽のように輝き、錆びず曲がらず、最も硬い。アダマンタイトとダマスカス鋼の上位版とされている。


 しかし、この三つの金属はそれぞれが自らを誇示するあまりにお互いを合成することは不可能とされてきた。他の金属ならいざ知らず、この三つを合成しようとすると必ず失敗する。


 だが、エルクの持つ魔剣はこの三つの金属を奇跡的な確率で合成することに成功した唯一の剣。


 如何にしても欠けず、曲がらず、折れ無いと言うだけの代物。ただ屈強にただ頑強にを主目的として作られたそれは、どれだけの素人が持とうが岩をも切り裂く切れ味を持つ。


 しかし、子供が大人に勝てないように、弱者が強者に勝らないように、素人がプロに勝利しないように、それはエルクが持つことによって真価を発揮した。


 もともとのエルクの力が増大ナタメエルクの持つ武器はすぐに折れてしまう。一度の攻撃で一つの武器を消費するエルクはそれに見合っただけの戦果を結果として残している。だが、エルクの持つ魔剣を使うことによってエルクの過分にある力を余すことなく相手に伝道させることができるようになった。


 それが今、一人の少女の爪によってその刀身が欠け始めた。


 かけたと言っても先頭に支障をきたさない程度の僅かな綻び。しかし、今奇跡の産物が確実に消えていく。


 打ち合うたびに鈍く光る銀光が空中で火花と共に共演する。


 その姿を維持し続けていた姿はその塵芥さえも美しく飾ろうとする。


 拮抗し続けたそれを止めようとしてエルクは次の一撃を今までよりもさらに強めに一閃し、ヒデの両手を大きく弾く。


 意表を突いた一撃、タイミングを合わせた一発、それでやっとできた確実な隙。


 出来た隙を逃すことなく追撃を加えようと再び剣を振り下ろし、ヒデはそれを驚異的な身体能力によって剣の腹を蹴るという行為で着られるということを防いだ。



「凄いねぇ! やっぱり隊長さんは強いねぇ! でも、まだ私の方が強いよ」


「だろうな。俺は限界だってのに、貴様はまだまだ余裕がありそうだ。だが……ここには俺以外にもいることを忘れるなよ! 化物!」


「え?」


 ヒデは後ろから聞こえた物音に振り返った。と同時にヒデの両足が力強く握られ、そこに視線を向けると頭から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべる二人の兵士。


 目を逸らした一瞬の隙をついて今度は両手をまた別の兵士が掴み四肢の自由を奪った。 行動を阻害するという行動自体に動揺する。獣ならばまず何かしら傷つけに来る。だが、目の前の人間は傷つけるのではなく、ただ行動を阻害しただけ。意味が分からない。


 困惑していると、後ろから物音がした。そちらに目を向けると、一番最初に倒したはずの扉を守る番人が剣を振り下ろしていた。

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