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十二話 元獣は騎士団と戦う

戦闘回です

 雪月花が人となったかのような美しさ。他の色を含ませない雪色を身に宿し月光に染められたかのような青を孕んだ髪。寒さを思わせるその風貌とは真逆な、春容のような優しい笑みを浮かべる二つの性質を持つ少女に魅了された者達は眼球に針を埋め込まれ固定されたかのように視線を逸らさない。


 王も王子も誰もがそのものに釘付けになる中で、通達をしに来た兵士だけが顔を青ざめる。


「こ……こ、こいつです! こいつが、侵入者です!」


 荒れた声音で室内に響かせた兵士は必死に助けを希う。


「酷いなぁ。侵入者だなんて」


「だよねだよね! ちゃんと玄関から入ったのに! 理不尽だよ! 理不尽だよね?」


「ネネモそう思う!」


 場違いなほどに陽気で春色に染まった三人の空間に誰もが頭を捻らせる。


「お主は何故ここを襲う? 狙いは何だ?」


「……はぁ~……さっきから言ってるけど」


 誰もが体を強張らせ眼前の一人の少女に目を向けると同時に開かれた扉の奥を見る。


 何人もの兵士が山のように屍となって倒れていた。いや、全員微かに動いているのが見えるために瀕死の状態ではある者の生きてはいるというのが遠目ながら理解し、誰もが戦慄した。


 王侯貴族が大事な用事があるときのみ使用される謁見の間の壁には防音設備が特別に備え付けられているためここまで先頭の音は響いては来なかった。


 他の場所でこの設備が完備されているのは寝室程度で他の場所は逆に音が響きやすく設計されている。そのためここまでのことをして場内にいる兵士が気づかないわけがない。しかし、幾ら待てども誰もが音沙汰無し。つまりは全滅、つまりは惨敗。


「私達の狙いは王子様だってば」


 その言葉で回りの兵士は覚悟を決め、その中で中央にいる特段目立つ格好をする者が腰の剣を抜き天に掲げた。


「大隊、抜刀を許可する」


「はっ! 剣を構えろ!」


 玉座に座った王が許可を下すと威厳と厳しさが混じった厳しい声音を発する隊長の命令に呼応するようにその場の騎士達と窓側にいた兵士達も同様に抜刀し、一斉にヒデを取り囲むように自分達の主達を守るような移動する。


「我々は力! 敵を切り裂くただ一つの剣! その本懐は眼前の敵を滅ぼすこと! その生涯は勝利で持って意味を持ち、その人生は不敗で持って意味を成す! この身朽ち果てるまで、主の夢叶うまで、我々が折れることは、決してない! 我等が主を置いて諦めることは、断じてない! 我らの生涯は、我等の主がために!」


「我等の主がために!」


 その場にいる兵士が自分の天啓に導かれるように己の生涯に鼓舞する。

 体を覆う熱気に顔を顰めるヒデは話が通じないと考えながら冷めた目で彼らを見やる。


「おぉ~」


「かっこいい!」


 その隣でヒデのスカートを軽く掴んでいるターニャとネネは初めて見る兵隊達が次々と襲ってきてはヒデに返り討ちにされている光景を目にしているせいで少々兵隊を弱いと思っていた。だが、目の前で熱く演説をする隊長らしき人物の相貌と騎士のように目立つ格好で他とは違うと期待に満ちた目で見ていた。と同時に、ヒデとどちらが強いのかと疑問に思っていた。


「かかれぇ!」


 剣を掲げたエルクがその件をヒデに向けるのを合図に周囲の騎士は雄叫びを上げながら最前列にいた者達が続々と剣を向けていく。


 王族を狙っていることから資材は確実。しかし、国の次期王を狙うことからどこかからの刺客という可能性が非常に高くいために殺さず捕虜にして情報を聞き出す必要が出てくる。


 それらのことを会話もせずに理解している精鋭達は急所を狙わずに腕や足を切り落として行動不能にすることを目的として剣を振るう。


「……はぁ~」


 日々厳しい訓練を重ね続けた結果身に付いた鋭利な一撃。それを溜息を吐きながら待ち構えるヒデに騎士達は眉間に皺を寄せる。


 甘く見るなと行動で示しながら多重方向から時間差での攻撃をしかけた者全員が数秒間硬直し絶句することとなった。


「なっ!」


 誰かが思わずといった具合に発せられた言葉がその場に最も相応しく唖然とするものだった。

 四肢を切り落とすつもりで放った一閃は肉を断ち切ることも、ましてや空を切ることすらできてはいなかった。何故なら、騎士達が振り下ろした剣は全て刃の中央から先が全て紛失し、その残骸と思わしき銀色に鈍く光る鉄の塊が落下していた。


「馬鹿な……いった……」


 驚嘆のあまり戦闘中であることを忘れた騎士の一人が最後まで言葉を述べる前にヒデによって顎に手の平を下から突き上げるように当て、騎士を空中に放り投げる。


 天井に手の平を向けた格好を力技で無理矢理変えてその勢いで最左にいた者の横腹を蹴り上げ右にいた全員ごと吹き飛ばした。


「さて、っと。二人とも、ちょっと離れててねぇ」


 窓から差し込む陽光が目の前で殺意をむき出しにした者達をその刃を照らしているが、ヒデはそれを一瞥することなくまるで脅威でないかのように視界外に追いやり後ろの二人に笑みを浮かべて軽く顔の真横で手を振るう。


 それを受けたネネとターニャはヒデの勝利を純粋に信じて声援を送る。


「さぁってと、王子様はどこかなぁ」


 獲物を狙う金の双眸を甲高い声音に兵士達は意を決して打倒する為に前へ、ただ単純にネネとターニャが会いたいと言いそれを叶えてまた笑顔を見たいが為に前へと進む。


「何をしている! 早くその逆賊を捕らえるのだ!」


「貴様、諦めて投降しろ!」


「嫌!」


 休む間もなく一人一人が確実に敵を捕らえようとして剣を振るう。


 だが、ヒデが一歩前へと踏み込み、手を横薙ぎに又は垂直に振り上げ、振り下ろせば罅割れる音と共に空中に散布された鉄の塊はシャンデリアの代わりとなろうとその体を鈍く光らせる。それらを見る歓喜の歓声の代わりに苦痛と悲痛の叫びが王座に響き渡る。


 目を見開き耳を澄ますまでも聞こえる眼前の光景を王族とその重臣、周りに控える貴族達は驚嘆の色を隠せずにいた。


 一人がたおされたと思えばいつの間にか倒されていく。


 百人が優に入る玉座の間には先ほどまでこの国が誇る精鋭達が自分の使える王に対して敬礼をしていたというのに、今やそれらは無残にもただ一人の少女に敗北していく。敗北を知らないとまで言われた際衛星の軍人達が目の前のひ弱な少女に首を垂れていく。誰もが嘘だと言ってほしいと思うが、それを言う者はこの場にはおらずただ彼らは現実を直視し続けた。


「おねぇちゃんつよ~い!」


「兵隊さん弱~い! 弱いのかなぁ?」


 嬉々として多対一を見ていた二人の声に今更ながら気が付いた貴族が声を上げる。


「そこの二人を先に捕らえろ!」


 その言葉に従うように数人の騎士が大回りでヒデの横を左右同時に抜け二人の幼女に迫り、二人はそれに恐怖し身を竦め悲鳴を上げた。


 騎士達もこんな小さな女の子に手を上げることに戸惑いはあったが、自分達よりも上の階級の命令のために仕方がないと思考を切り替え犯罪者の仲間をとらえようと手を伸ばす。だが、そのまっすぐ伸ばした手は何故か自分の方を向いていた。


「へ?」


 惚けたその声の出した騎士の腕は関節が逆方向に曲がり更には手首と肘の中央も曲がったために騎士は視界を自分の手の甲で埋めることになり、その隣にいた騎士も同様のことが起きていた。


 それを引き起こしたヒデは体をかがめ個を描くようなけりを二人の横顔に当て吹き飛ばした。結果、吹き飛ばされた騎士は部屋を補強するために作られた壁に埋め込まれた石柱自分の体をはめ込むこととなっていた。


「……」


 辺りは静寂が呑み込み誰もが声を発しない。


 先ほどまでヒデに切りかかろうとしていた騎士達などは攻撃をしかけるところで停止している。


「ねぇ、こういうのってさぁ、結構不愉快なんだよねぇ」


 静寂を破ったヒデの声音には誰もが分かるほどに怒気が混じっていた。その後ろでは恐怖のあまり気を失った哀れな二人が倒れていた。


「私の家族を、私をお姉ちゃんと呼んでくれる妹を襲うだなんて……次やったら……」


 続きの言葉を述べることはなかったヒデから濃厚な殺気に騎士達は数歩後ずさり貴族達は腰を抜かし王族は何とか平静を装っているが指一本動かせなくなった。


 獲物を狩る獣のような目、敵を殲滅する亜獣よりも更に濃く醸し出さられる圧力、圧倒的なまで格の違いを見せつけられるような威圧。


「全騎士達、魔法、魔力、魔武器の使用を許可する」


 逃げ出したい欲求に従う為、絞り出すように出た言葉は平静を装っていても恐怖の色が滲み出ていることが分かる。


 これは危険な存在だ。早く処理してしまわなければ息子が殺されてしまう、と人を統べる長で父親でもある王は自らの部下達の本気を出すことに許可を出す。


「はっ! 魔法部隊後方へ移動しろ! 守護部隊、絶対突破されるな!」


 隊長の命令で目に投資を呼び戻すと腰に杖をさしていた者達が後ろへ回り、腕輪をはめていた者はそれに魔力を通し盾を取り出すと後方に退避した者達の前に待ち構えた。


「攻撃部隊! 一刻も早く奴を打倒しろ! もはや捕らえろとは言わん! 全力で排除しろ!」


「うおぉぉおおおお!」


 恐怖を消し去るように雄叫びを上げた者達は全身に魔力を纏わせ薄い黄色の光に包まれていった。


 魔力とは魔法を使う為に必要な媒介であるが、それは決して魔法にしか使えないという者ではない。自らの体に血液のように循環させ、鎧のように身に纏うことによって使用者の身体能力を向上させる効果を持つことができるようにもなる。更に、ジブの使う武器に魔力を通すことによってその物の切れ味、耐久性などを高める効果もある。


 しかし、この魔力操作術はかなりの白物であり非常に高度なコントロールとそれを維持する集中力を有する必要がある技術なためにこれらを使える者達は厳しい訓練に堪え抜いた者達のみであり、それに比例した強さを持っている者だけとなる。


「うるさい」


 たった一言、されどその言葉一つで全てを飲み込んでしまった。


 怒涛の怒声と、凍土の声音が重なり合ってその蹂躙される世界が生まれた。


 魔力で体を覆うと身体能力が向上する。また、その爆発的に向上される身体をうまく操るためにはどうしても目がよくなければならないが、この魔力コントロールは動体視力その物を向上されるために普通ならば見えにくい速さで移動している者でも集中していれば遅く感じるようになる。


 停滞するに近しい世界。その中で普段通りに歩む者達が見たのはそれでも尚早く歩む空色の少女の姿。それは遠近に関係なく一瞬の間に移動して、その尖った爪を使って強固になったはずの刃を切り裂き、次の瞬間には半分となった刃を持った者は意識が途絶えた。


 ヒデは特に難しいことはやってはいない。ただ足に力を入れて相手の目の前まで走り自分の武器である爪を使って相手の武器を破壊しギデに言われた通り相手が気絶する首の裏か渠を強く打ちつけて無力化しているだけである。ただ、それを正に目にもとまらぬ速さで動いているだけなのだ。


「は、速い!」


「なんだよ……なんなんだよ! あいつはぁ!」


「全員後退! 対魔術防御!」


 ヒデの近くにいた者達は牽制しながら後方に下がりその後ろにいた者達は呪文を言い終わりその杖の上にそれぞれ異なった色彩を灯している。


「今だ!」


 隊長の号令に従った魔法使い達は攻撃を開始した。


 対象の行動を阻害するため土の手を作り出しヒデの手足を固定する魔法《土台ノ搦メ手》、初移動そして加速の手段の根絶のために足場を凍らせる魔法《凍土ノ舞台》、全てを虚実と嘲笑い虚実を見せる魔法《誘惑セシ将来》、焼却燃焼させ灰すら残さない焔を生み出す魔法《厄災炎ノ義憤》、騒音をまき散らし一瞬たりとも留まることを知らない雷を操る魔法《従イシ界雷》、何の脅威もない威力もない自然の産物を圧縮することによって武力に転換させた魔法《凝固サレタ恵》、それぞれの得意とした魔法を確実に当てるための準備が整い、魔法が魔法陣形成後に敵目がけて飛び去る。


 そして、それをヒデは玩具を貰えると知った子供のように口を開けてその尖った歯を見せびらかすような笑みを浮かべた。


「畳みかけろ!」


 ある者は蒼炎を出す魔剣を、ある者は水を打ち出す魔槍を、ある者は雷を放つ魔刀をもって煙の中へと放った。そして、最後に魔法使いが爆炎を囲むようにそれぞれが陣を形成し魔法を放ち再び爆発が起きる。


 爆炎と瓦礫が爆風と爆煙と共に届けられる中、誰もが息を呑みその中で一つの光景を思い描き、どうか死んでいてくれと心から願った。


 煙が徐々に収まりを見せその中を鮮明に変えていくと異物の混じった人の形をした影がその場にはあった。


 焼かれ未だ火種が残留した服を身に纏い、力無く垂れ下がった手には露出した肩から流れ出る血が滴り落ちている。額からも流血しその血が左目を染め金と紅の瞳となり果ててしまっている。そのほかにも先ほどまで傷一つシミ一つない体には切り傷や擦り傷が多量に存在していた。


 だが、誰もがそこ以外を注目した。


「耳、と……尻尾?」


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