十一話 元獣は不法侵入を犯す
一度の跳躍で四、五メートル以上ある壁を意図も容易く飛び越えたヒデは二人を抱えながら目標の王子に会う為に、一番高い建物へと向かう。
再び跳躍し壁の上にヒビを残してその場からいなくなった。
「……」
「……はっ! て、敵襲だ! 早く本部に連絡をしなければ!」
しばらく唖然と立ち尽くしていた兵士は同期の者の声で我を取り戻すと急いで遠距離会話用の間道具がある建物まで走った。
「お姉ちゃんすごいすごい! 飛んでる!」
「飛んでるよ! 飛んでるのかな?」
「飛んでないよ。ただジャンプしただけだし……あ、もうすぐお城だよ」
数ある建物の屋根に乗った瞬間に再び跳躍を繰り返すヒデの腕に抱えられた二人は鳥のような気分を堪能し、現在がどれほどの異常なことなのかその幼さと純粋さも相まってまったく気づいていない。
即刻侵入者が現れたことはブルーノ王国に勤務している全兵士に通達され、街中に兵士が巡回することとなった。相手の特徴と、王子に関して全て話した。しかし、大分慌てていたために侵入者が壁を飛び越えるほどの跳躍力を持っている事を伝え忘れたために、巡回中の兵士達は周りばかり見て上を見ることはなかった。
同刻、往生に努めている近衛兵にも情報が伝わったために兵士達が右往左往していた。さすがに王族に努めている者達だけあり連絡と行動に出るのが早く、往生の中は警戒一色となった。
しかし、今迄誰の侵入も許さずまた侵入しようとした蛮勇も多くは存在しなかったために兵士達はどこか今回も大丈夫だと思っていた。
「こんにちは~!」
警戒心をそぐような場違いの声が城に入る巨大な扉が開く音と重なって場内に響く。
その場にいた者達は一斉に声のした方へと視線を向け、誰もがその場で立ち尽くし男も女も魅了する体を持つ眼前の一人の少女に釘付けとなった。
「王子様ってここにいるの?」
「いるよ! いるかなぁ?」
「まぁ、いなかったら探すだけだけどねぇ」
その三人の少女と幼女の姿がついさっき報告された者の特徴と一致し更にその幼さが含まれている声音から王子という単語が出たことによりその場の兵士達はの心は一つとなった。
「止まれ!」
「はい?」
兵士の一人が堂々と歩いていく三人を槍を構えた状態で止める。
「お前達、何者だ?」
三人が開けた扉を開けるには城壁で番をしている者達に許可証を見せるか、王族によってあらかじめ呼ばれている者達以外に開けることできず、また扉は巨大であり人の手によって開けることはできずある装置を使うほかない。
「私はヒデっていうの」
「あたしはターニャ!」
「ネネだよ!」
まさかいきなり名前を名乗ることから始まりその後はいくら待っても続きが来ないことに兵士は困惑した。普通ここに呼ばれる者達はほぼ上流階級の者達であり、そこまでに至った者ならば礼儀などを熟知していて当然であり、当たり前の事実して扱われる。
「えっと……どのようなご用件で?」
「王子様に会いに来ました」
何気ない会話の中で吐露された言葉に周囲の兵士は彼女達に悟られないよう自然に足を運び逃走経路を及び侵入経路を塞ぐ。
「残念ながら現在侵入者がいるという知らせを受けております。そのため王族の方々への謁見はお断りしております」
「そうなの? でも、私達は行くけどね」
関係ないとばかり足を前に出そうとするヒデを槍を持つ兵士達がそれを構えるという鼓動に出ることでその足を止めた。
「何?」
「残念ながら、あなたをお通しすることはできません。そして、失礼ですがあなたを重要参考人として拘束させていただきます」
「ふぅ~ん。つまり、君達は私の自由を奪うんだね」
視線を鋭く口から笑みを消し去りながら吐き出されたのは戦争の始まりを示す宣言となることはなく、ただ一方的な戦いとも呼べないものとなることなど誰も予想だにしなかった。
王城の中の一室、豪華なシャンデリヤの下に最奥にある階段へと伸ばされた赤い上質な絨毯はその上にある者に硬さを忘れさせるほどの品質を誇る。左右に配置される窓は開け閉めができないがその分大きく頑丈に設計されている。その前には均等な距離感で配置されている兵士はその自信に満ち溢れた相貌と身に纏っている装備から精鋭というのが分かるほどの者達であり、そんな彼らは今その空間で緊張を最大限に高め来るかもしれない外敵を警戒している。
何故ならば、その最奥の椅子には彼らの守るべき対象でありこの国の長であるアシュレイ・フォン・ブルーノおり、更にその左右にはその子である第一王子ルーク・フォン・ブルーノと第一王女セレス・フォン・ブルーノがいる。更には自分達兵よりも階級が上の貴族や官僚、国王の重臣達もいる。
二人の年恰好は少年少女の姿でまだ若々しい。
更には自分達兵よりも階級が上の貴族や官僚、国王の重臣達もいる。
その中心には同じ銀の鎧を着飾った一師団ほどの者達が王に向かって膝をついている。
「準備は既に万全か?」
「はっ! 万全にございます。いつでも死地へ向かう覚悟は所存であります」
見定めるような視線を膝をついて敬意を表している部下に浴びせながら吐露した言葉に隊長は怯えることなく自ら嬉々として死に場所へ向かうと宣う。戦場よりもさらに過激な死の真似ンする森へと向かう為、周りの視線はその英雄的行為へ向ける羨望や、そんな場所へ向かわなければならない憐みの視線が混ざっている。
【深淵の森】内部で獣の耳と尾を生やした人間がいくつも目撃されている。それは人間が魔素を吸収しすぎで亜獣化、魔物化してしまったのか、はたまた人間の新種なのかといのを調査するために 急遽編成された部隊。魔素が充満しその場にいる亜獣や魔物が通常より強固なものへと変わってしまう為にその舞台は精鋭と言ってもよいものだった。
「うむ。良い結果を期待しておる」
「くれぐれも命を大切に扱ってくださいね」
「全滅して連絡途絶だけは勘弁してくれよ」
「はっ! 国王様、姫様ならびに皇子様のご期待に添えられるよう、このエルク全身全霊をもってお答えする所存です」
その凛々しい態度に気分を良くした国王は満足な表情でエルクの退出を促した。
「失礼します、国王様!」
「なんだ! 今は出立の儀式の最中だぞ!」
「何たる無礼! 即刻そのものを……!」
出発すための士気が滞りなく終わろうとしていたところにストッパーが現れる事態が発生し周りから厳しい目を向けられるが、その一兵士の顔には恐怖と焦燥が隠される事無く表に出てきていたため、彼らは罵倒を発しようとした口を反射的に閉ざした。
「国王様、お集りの皆さま! 無礼を承知で割り込みさせていただきます! ですが、どうか発言の許可を!」
「許可する、述べよ」
一瞥しすぐさま許可を下す国王。そのため周りはすでにその兵士から発せられる言葉に耳を傾ける。
「はっ! 先刻通達されました王都への侵入者が現在王城内で発見し、拘束に出向き尚も実行中。しかし、未だに拘束には至っておりません」
「なんだと! 数は!」
ついに声を荒げてしまった重臣の一人の言葉に兵は言葉を詰まらせた。
「……しょ……少女一名に、幼子が……二名……です」
「冗談を言うではない!」
誰もが話が通じない。それもそのはずである。誰も信じる者はいない。だが、この場で冗談を言う者はいないということも知っている。しかしそれでも冗談という方が正常だと思えるほどに兵士の言った報告は馬鹿げている。
報告した兵士も自分が何を言っているのか理解できているが言われたら理解できないということは分かる。だが、それが現実に起きているために報告せざる負えない。
「ご理解できないということは重々承知! ですが、これは本当の事なのです! 援軍を要請します。奴等は、いえ、奴は……」
最後に侵入者について口にしようとした途端に、後ろにあったはずの扉が開いた。
「こんにちは。弱弱しい方々」
王子と隊長の名前が一緒だったので変更しました
エルク→ルーク