十話 元獣は幼女に王子を教えられる
ブルーノ王国の最南端に位置するオークス、そしてそこから更に南に位置する村付近に位置する森は食料が豊富であり雑食の獣が多数生息している。ジャッカルはその森の中、もしくはその中にある湖に群れを作成して生息している。
数が多くそれぞれの群れが縄張りを主張し合い一定の距離を抑制した状態で生息していることがあり、戦闘後に縄張りを拡張しようとした他の群れと遭遇する出来事が多数組合に報告されている。
その為、情報収集を行った冒険者等は討伐を終え安堵の息を吐き油断をしていた時に大敵に出くわし全滅ということもある。
それだけではなく、ジャッカル単体はとても素早く近接戦が不利であり、更に全ての動物は刺されたり切られりする部位に力を込め刃を抜きにくくする習性を持っているため一瞬の隙が出来てしまう。そのすきを逃さず他のジャッカルが攻撃をすればそれだけで致命的な傷を負うこともある。
森に入ったリル達は村を襲うジャッカルをキングがいるということは最悪の場合もう一匹キングがいる可能性を考慮し慎重に調査を進めた。
キングはある力を蓄えた魔物や亜獣が変化することによって生まれる突然変異個体であり、それらは人並みの知識を得て同族と対話し自らを王とする習性があることから『キング』という識別名が付けられた。
キングは決して人里に降りてくる個体が存在しないと言えば虚偽となる。自分達の領域内に食物が減衰してしまった場合、領域を変更し移動する。その時々に人を襲い人のの肉の味を占め人に積極的に蹂躙する個体もいる。
或いは、縄張りあら総意に負け領域を追われ食料問題が発生し止むを得ずに人里に降りる者達もいる。そのために、魔物や亜獣が自ら人里に現れ暴れまわっている場合は別個体の存在も留意することが鉄則となっている。
「いいのかよ、レティを置いてってよ」
森の中間地点でギデが今更四人を三人に裂いた事に対しての疑問をリルに投げかけた。
「良いも悪いも日で一人置いていこうとしたらお前達は反対しただろう?」
「分かりますか? やっぱり心配なんですよね。女の子一人だと」
「そうだな。それに、索敵が一番うまいレティがいればすぐにあそこにいた奴らを非難させられるだろうからな」
レティは四人の中で最も危機察知能力が高く俊敏であるために、討伐対象を見つけるのに適している。
しかし、今回は村の人々を守るという暗黙の了解があったために安全策を取って、レティを村に残し、時間はかがるが三人で対象を捜索する予定だった。
一日や二日はかかると踏んでいた三人は、対象を探す足を止め、お互いに顔を見せ合うことなく背を向け合い、もしくは庇いあうように立っていた。
エルは杖を持ち、ギデはアックスを、リルは剣を抜いたまま眼前を見つめる。
自然の中の好風に混ざって三人に届く殺意の猛威はどこからでも届く円を描き、三人はその縁の中で最も強い猛威を視認している。
依頼に書かれていた数以上の敵意、三人を囲む輪は少なくても百は存在する。その中で突出した存在がそれらを率いている。
巨大な体躯に雪化粧のような毛並み、獰猛な刃の隙間から唾液をたらしながら目の前の新鮮な肉を所望する飢餓。その鋭利な爪は獲物を捌く為その凶悪な牙は獲物を嚼む為。
「さぁ、依頼開始だ!」
人間の開始の宣言と獣の食事の活動が重なり、五匹の魔素に染まった狼が四人に襲いかかった。
「『蝶よ花よと自由を禁ズ』『汝はその場に縫い付けられル』魔法【水乃搦メ手】」
言霊を響かせ陣を形成し、杖を地に叩きつけるとエルの周りから現れた水の鞭が三匹を襲い、その体を地面に縫い付けるように押さえつけた。それは徐々に血に押し付ける鞭に耐えかねた体は周囲に散らばり血肉を散布する。
「グラァァッ!」
同族な仲間の三匹を殺されたじろぐ周りは次の時には殺意を取り戻し一匹のキングが吼えるのと同時に全てのジャッカルが強襲する。
「うおらぁ!」
気合一閃、ギデが放った横薙ぎの一振りで三匹の獣は上下に分かれた。
「ギデ、あんまり中心を狙うな。魔石に当たったらどうする」
魔物や亜獣が何故そう呼ばれているか、それはその者達の強力な力や魔法の類を使うという理由もある。だが、決定的に区分けするのはそのものの体内にある魔石という結晶体の存在に他ならない。
魔石はそれ自体が魔力を帯びており、それらの使い方は多彩。故にその希少性と有利性から組合、商人などでは高値で取引される。
更に極稀に属性を持った魔石もあり、それを飲み込むことによって飲み込んだ魔石の属性が強化される、もしくはその属性を新たに使う事ができるとされている。新たに発現した属性の威力はその魔石に込められている魔力よって異なり、大小で変わるというわけではない。
一方エルの杖に付けている結晶は間曽について研究した研究者達が人工的に作り上げた物である。だが、それは魔素の干渉を妨げる役割に限定されており、それ以外の効果はない。未だに魔石の研究は進められているがその研究機関が成果を成したのはその干渉不可の結晶のみとされている。
「悪かった。次からはもうちょっとうまくやるぜ、っと!」
目の前に迫ったジャッカルを両手に担いだアックスを斬撃ではなく殴打のように振り下ろす。
「だから!」
「悪かったって!」
再び何の迷いも躊躇もないかのように相手もなぎ倒す頭が悪い戦士を罵倒するリルは眼前に迫る敵の突進を半身なることで避け、その状態で下におろしていた剣を上に切り上げ、首を切り落とす。
飛びかかっていたジャッカルはそのまま地に落ち動きを止めた。
「さぁってと、あんまり長引かせるとヒデが何やら微か分からないからな。早めに終わらせるとするか」
「ですが、これだけの数です。終わったとしてもきっと夜、最悪ここで一泊ですね」
淡々と口を開きながらも額に汗を垂らし、アックスを持つ剛腕を振るい、世界から理を奪い魔力を代償に魔法を使い、相手の数を減らしていく。
確実に数を減らしていく仲間達を見る王は焦燥に駆られるが相手は脆弱な猿が三匹、部下は数匹死亡したが数は未だに圧倒的に有利の状態。故に王は己の部下に肉に食めと命令を下す。
『喰イ尽セ』
暗く低く人とは思えない声音で命令を下せば百匹の眷族達は最前列の者達が先行して襲いかかる。
「くそったれ! やってやろうじゃねぇか!」
ギデの咆哮とそれに呼応するように雄叫びを上げる魔法使いのエルと剣士のリル。
「支援します! 『限りを超えル』『無き物に力を与えル』魔法【フォース】!」
白色の魔法陣がエルの足元に浮かび魔法名を叫ぶと同時に三人の体が一瞬白い幕に覆われた。
見た目は特に変わっていない。だが、三人の筋力は通常よりも一時的ではあるが跳ねあがっている。
「よし、確実に仕留めるぞ。探す手間が省けたんだ。今日中に依頼を終らすぞ!」
「そうですね。ということで、覚悟してください!」
「まったく、ヒデの実力を知る筈がなんでこうなるんだよ。あぁ! クソ! お前達で八つ当たりしてやるからな! 覚悟しやがれやぁ!」
己を血で染めながら杜撰な舞を踊る三人は次々と傷を負い、ジャッカルを一匹一匹と撃退していった。
「シルバーなめんな!」
名勝とは呼べないようなまでの自然のままの野性味の溢れた大地に作られた村の中で農作業を終えた住民達は玉響の安息に息を吐き、体を休めている。
村の人口は少なく子供の数はわずか四人。総人口は百にも満たないほどに小さな集落。
その中で小さな男の子二人を高く持ち上げて遊んでいる青い髪の少女がいた。そして、それを遠望している赤い髪の女性は村人から差し出されたお茶と茶菓子を食べていた。
「ねぇ、お姉ちゃん! ご本読んで!」
最年少のネネが家から持ち出してきた本の表紙には大きな火をふく竜の絵とそれに勇敢にも剣一本で立ち向かう男の絵が描いてあった。
ヒデは教えてもらったばかりの文字の練習に丁度良いと考えネネの要望通り絵本を読むことにした。男の子二人は絵本に興味がなかったため別のところに遊びにいた。
絵本の内容は捕らわれた姫を王子が探し出し、伝説の剣を持って姫をとらえたドラゴンに挑み見事打ち取るという話だった。
「王子ってそんなに強いの?」
「強いよ! ドラゴン倒しちゃうんだもん! 一度でいいから会ってみたいよねぇ」
「ネネも!ネネも! でもお姫様にも会ってみたい!」
絵本を両手に上下に揺れる幼子二人がとても愛くるしい。もっと喜ぶ姿が見たい。
その時ヒデは絵本に描かれている王子と姫がお城の中で幸せそうに生活している姿。
「レティ~! お城ってどこにあるの?」
「は? そりゃぁ王都だろうねぇ」
お茶を飲んでいたところに唐突に聞かれた質問の意図に一瞬当惑したがすぐに問題はないと思い正直に答えた。
「それってどっち?」
「ここから北の方だねぇ。何? 興味あるの?」
「うん! ちょっとね」
首を縦に振るとまたその場に残していた幼子二人のほうに歩いていくのを黙してみていたレティは視線を逸らし再び自分だけの世界へと戻り茶を啜る。
「二人とも、王子様に会いたい?」
「会いたい!」
にべもなく答える幼子二人の様子に気分良くしたヒデは笑みを浮かべて言う。
「じゃあ、行こうか!」
片足を上げ爪先で軽く地面を蹴ると三人はその場からいなくなった。かわりに草が生えていない地面の三人がいた場所のみ草原のような草が生えていた。
三人撃得た瞬間を目撃した者はおらず、その三人がいないのに気付いたレティは周りに聞き取りを行ったが誰一人として知る者はいなかったが、特に心配することなくレティは再び安息に浸った。
王都に続く整頓された街道。その両側には見晴らしのいい草原が続いている。いかんとした場所を見たヒデはまた物珍しそうに見つめるが、美しいとは言えないと思った。
草が生い茂り生き生きと映えてはいるが、そこには四季を現す木も、それを目印にして生活する動物もいえず、風光明媚とはとても言えない。
一方唐突に連れてこられた二人は、一瞬のうちに景色が様変わりしたことに瞠目し、ヒデから王都だと言い指をさすと二人は驚嘆し目を白黒させた。
大きな城が目を引き人口が多く人通りも多い場所、王の住まう居所。人の長が滞在し皆を先導し誘導し導くことをする者が根城にしている住処。王の居る都『王都』。
「さ、王子様に会いに行こ」
「会えるの!」
ヒデの一言に目を白黒させていたネネは目を輝かせ、ターニャは一瞬目を輝かせたがすぐに疑問の表情に戻ってしまったが、すぐにヒデが肯定すると目が期待に染まった。
王都に入るためには門をくぐる必要がある。その場所には午前と午後に分けられ順番に兵士が門を通る者の身体検査及び入街税を徴収する。その役割を本日晴天に任されていた二人の兵士は自分の目を疑った。
前方から馬にまたがることなく、更には荷物や街頭の類を一切持たない怪しさがこれでもかと出ている一人の少女と、その両手に引かれている小さな幼女の姿を普段ならば訝しく思う。しかし、二人は相手を疑うことができなかった。
ヒデの追随を許さない美貌の虜となった二人は茫然と一歩一歩近づいてくる少女の目に釘付けとなり、他のことを考えられなくなった。
「こんにちは」
「こんにちは!」
微笑むような少女の挨拶と、溌剌とした幼女二人の挨拶に気を取り戻した二人も目の前の三人と同じように挨拶を交わした。
「王子さまってここにいるの?」
予期していなかった問いに警戒を露わにした兵士だが王族は城にいるというのは周知の事実の為すぐに警戒を解いた。
「王子様なら今日もお城にいるはずだよ。ただ、やっぱり王族なだけあって合うのは無理だろうねぇ」
城にいると分かったネネとターニャの顔が嬉々としたものに変わったのを見た兵士は親切心から合うのは無理と言った。それに対して明らかに気を落とし下に俯いた幼い二人を慰めるようにヒデは二人の頭に手を置き優しく撫でた。
「大丈夫だよ。私が合わせてあげるから」
「ほんとう!」
「本当かなぁ?」
「本当だよぉ」
無理だろうと二人は三人の様子を見ているが幼女を気落ちしたままにするのは良心が許さなかったのかそのことを口に出すことはなかった。
「それでは、王都に入るのですね。では入街税として銀貨二枚を徴収します」
兵士の言葉を聞いた幼女は自分の体を叩きポケットを裏返したりしたが、銀貨があるはずがなく気を落としてしまった。
その純粋さに兵士の頬は緩み、温かい眼差しで二人を上から眺めた。
「大丈夫! ギデからお金の重要性とか教えてもらってるし、こうやって門をくぐるにもお金がいるって知ってるから」
言い聞かせるように俯いている二人に対して胸を張って高らかに言うヒデを幼女二人は顔を上げて見上げた。そして徐に二人を抱きかかえる。
「つまり、門を潜らずに入ればお金を払う必要はないんだよ!」
抱きかかえたヒデはその場で大声を出しながら足に力を入れ跳躍する。