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九話 元獣は村へと出発する

 結局のところ貴族への謝罪は当人のヒデが乗り気でないことと、貴族の紙幣を叩きのめした事件が発生したために四人はどうしたらいいか当惑、最終的に判断を下すのは当人であるヒデが決めるということで決定した。だが、やはり四人は苦悩することはやめなかったがヒデは言った


「皆と一緒にいるとすごく楽しい! だから、少しでも長く一緒にいたい!」


 邪鬼や打算が欠片もない純粋な笑みに四人は黙秘する以外の選択肢はなかった。






 次の日になると別の冒険者の誰かがオークの討伐を終えたようで依頼板からはオークの討伐依頼書は無くなっていた。


 それからまた数か月ヒデは地味な薬草採取や店番の手伝い、庭掃除などをこなしていき、その間リル達も自分達にあった依頼をこなしていった。


 そんなある日、五人で組合で依頼書を見ていた時にギデが面白そうな依頼書を見つけた。


「なぁ、そろそろヒデも討伐系の仕事に付けてもいいと思わないか?」


「う~ん、もう四か月ぐらい経ってるからなぁ。いいんじゃないか」


「私もそう思います。ギデさん何かいい仕事見つけたんですか?」


 エルの言葉を待っていましたとばかりに依頼板に貼ってあった依頼書を剥ぎ取ったギデはそのまま全員に見えるように紙を見せる。


「え~っと何々? 『ジャッカル』三十匹とそれを統率する『キングジャッカル』の討伐……で、当ってる?」


「ああ、当ってるぞヒデ」


 依頼書に描かれていたことを不安そうに読み上げたヒデを娘のように褒めるリル。そしてその光景を微笑ましそうに見るレティとエル。


「本当、よく頑張ったわよ、ヒデ。もう完璧ね」


「うん!」


 依頼書の内容が当たっていたことに喜んでいたヒデの頭をレティは優しく微笑みながら撫でる。


 この数か月の間で冒険者稼業でやさぐれていたレティに母性というものが宿り、完全にヒデの母親のような立ち位置となっていた。


「しかし、ジャッカルですか。普通のならともかくキングはきついのではないですか?」


「問題ねぇだろう。キングは俺達が、その間にヒデと誰かが周りの奴等を倒せばいい。今迄ヒデには実戦経験を全くやらせてねぇ。あ、いや。あれは実戦か?」


「どうだろうね。実践に近いけど向こうも殺す気もないんだから模擬戦じゃない?」


 四人は最近日常と化してきたある風景を同時に思い浮かべる。


「まぁいっか。よし、なら、早速受注して、村に行くまでの食料を調達して来ようぜ。後、場所の容易だな」


 それから五人は武器の手入れや食料の調達などを分担し始め、一日のほぼ全てを費やしてしまい、外は暗くなっていた。


 出発は明日となり五人は宿へと帰り、睡眠を貪った。









「さて、着いたぞ」


「うわぁ!」


 翌日、五人は馬車を引くための馬をもらい受けるために馬小屋まで来た。


 ヒデは今迄遠くからしか見たことがなかった馬を初めて近くで見れたことに目を輝かせた。


 森の中には草を食べる者はおらず、全ての生物が見的必殺のもの達ばかり、時折強者に付き従うもの、それらを統率するもの達も現れ、人語を話し対話し隙を作ったところで襲う露骨で卑怯な輩もいた。


 だが、こうして人語も話さず肉ではなく草を食べ大人しくしている生き物は初めて見た。


「これが馬……本当に大人しい」


「だからって無暗に刺激するんじゃねぇぞ。暴れた馬に踏まれて死んだって事件もあるにはあるんだからな」


 ギデの忠告を聞きながらも一匹の馬に手を伸ばす。鹿毛の馬は人が近づいても警戒を露わにする事無くその事例を受け止めている。頬を撫でるとその毛並みはとても柔らかく触り心地はとても良い。撫でられている馬も心なしか撫でている手に顔を寄せている。


「よし、じゃあ、早速行こうかね。あたしは店主とはしておくよ」


「じゃあ、私はギデと一緒に荷物を入れましょう。魔法を使えば一発です」


「それじゃあ、俺は一足先に馬に紐を括り付けておくよ」


 それぞれ役割を決めてその場で散開していき、その場に残ったリルは馬に紐を括り付けていった。しかし、その光景を見たヒデはリルがつけた紐を全て取り除いてしまった。


「何すんだ!」


「馬が可哀想!」


 そう言うのだ。ヒデは馬に紐をつけている光景をギデから休憩中に教えられた虐待ではないのかと考え、それを知ったリルはこれは仕方がないことだと教えるが、なかなか納得しないヒデを戻ってきたメンバーと共に説得することによりしぶしぶ了承した。


「ごめんね、ラク~」


 すでに名前を付けてしまっているヒデを見て四人はすぐに戻ってきたら売り払うとは言えずにいた。


「それじゃあ、今度こそ出発!」


「お~う!」


 リルの掛け声に馬車の上に載っている三人とラクという名前が付けられた馬にまたがっているヒデが呼応する。弱者が強者に蹂躙され否応なく意図も容易く命のやり取りが行われている場所へと向かう意気込みを示すために、彼らは声高らかに意気込みを見せる。死のやり取りをする意気込みを見せる。







 馬が重い荷物と五人を乗せて歩くこと三日、亜獣や魔物は現れず、道を通るカモを探る盗賊も現れず、特に変わることのない道をひたすら眺めるだけの作業にヒデは飽きてしまったため今度はひたすら馬のラクとサリーを愛で続けている。


「平和だねぇ」


 レティの何気ない一言がその空間を体現しており、馬をめでるヒデを馬車に乗る三人と、手綱を引くギデが生暖かい視線を向ける。


「おばあちゃんみたいですね」


「うっさい。あっ、ねぇ、ヒデにポーション渡したらどう?」


「ポーッション? ああ、確かに渡しといたほうがいいかもな」


 レティに言われて納得したリルは懐から赤色の血のような液体が入った試験管を取り出した。


「ほら、ヒデ、これ持ってろ」


「なにそれ?」


 受け取った瓶を左右に振り中に入っている液体を動かして暇を潰した。


「それはポーションと言って傷口にかけるか飲むかをすると傷を治す効果があるんだ。だからもし重傷を負ったりしたらそれを呑むかかけろよ」


「りょ~か~い」


 リルの目を見ることなくひたすら便の中身を覗きながら気の抜けた返事をするヒデを見て渡した本人は溜息を吐いた。


「お、やっと村が見えてきたぞ」


 しばらくしてギデが村が見えてきたと全員に伝えた。


 野趣を彷彿とさせるような見た目の村。青々しい木々の森を背景に、簡易的な策で回りを囲んでいるだけの小さな村の中には小さな子供や大人達がせっせと庭地や共同で使っているであろう畑に水を散布し雑草を根絶させようとしている。


 それらが騒音を鳴らしながら向かってくる馬車に注視する。


「それじゃあ、俺とリッチェルはこれから依頼主にあって来ッからお前達はここで待ってろよ」


「りょ~うか~い」


 馬の背中に寝そべったまま手を上げ、二人はただ首を縦に振った。


 しばらく馬を愛でていると視線に勘付くとそこには小さな子供達がいた。手に鍬を持っている者も山菜が入っている籠を背負っている者もずっとこちらを見ている。


「こんにちは!」


 ヒデは馬から降りて子供に近づき子供のような笑みを浮かべた。その笑顔に毒気を抜かれた四人子供達は顔を見合わせ目で会話をし、同時にヒデと同じくらいの笑みを浮かべヒデと同じように挨拶を交わした。


「君達は何をやっているの?」


「母さんや父さんの手伝いやってるんだ!」


「ネネも! ネネも!」


 赤髪の利発そうな男の子とその頭一つほど小柄な男の子のカイルと同じ赤髪を両側の二つに縛っている女の子のネネは小さく跳躍し体を上下に揺らしている。


「僕もお母さんと一緒に草むしり!」


「わたしはさいしゅ! さいしゅだっけ?」


 四人の中で最も小さな黒髪の男の子のカルロは小さな両の手を上にあげ左右に激しく振るって自分をアピールしている。その隣には自分で言ったことに疑問を持つ緑で長髪の女の子のターニャが顎に手を置き考えている素振りを見せている。


 ヒデの質問に明るく返答をする幼子達の話をヒデはじっと聞いた。


 お母さんと一緒に種を植えた、父さんと共に狩りの練習をした、敗れた服を縫い直した、難しい言葉を教えてもらったなどというとても可愛らしい思い出話を聞いた。


「あとね! 野菜も育ててる!」


「でも、みんな食べられちゃったの!」


「ネネも知ってる! オオカミが全部食べてくの!」


「オオカミだよ! オオカミだっけ?」


 今回の依頼内容では田畑を荒らしに来るジャッカルの討伐であり、それらを統率し田畑を襲わせている指示を出しているであろう王の討伐。しかし、ヒデはこのとき何も思うことはなく、ただ目の前の子供達と遊びたいという欲望に忠実に従いまさに自由奔放というに相応しく、ヒデは子供達に仕事を放棄させ鬼ごっこをして遊ぶことにした。


「何やってんだ、あいつら?」


 リルとギデが依頼主であろう老齢の立派な髭を蓄えた男性と共に、周りにいる子供達の中で一番小さな男の子を肩に乗せ、その後ろにはその方に乗せている者と同い年のような背格好の幼い男女がヒデを満面の笑みを浮かべながら追いかけている。


「ほんと……何やってるんだよ、あいつは……」


「ほぉ、何とも美しいお人ですなぁ」


 額に手を置き空を仰ぐリルと、長い顎鬚を撫でながら目に映る自分から見た遊びに必死になっている幼子達を温かく見守っている。


「どうもすいません。今すぐあいつを止めてきますから」


「いやいや、別にかまいませんよ」


「村長?」


 急いで止めにかかろうとしていたリルとギデは村長の手によってその場に留められた。


「あの子達はジャッカルに怯えて遊ばなくなってしまって少し心配していたところなのですよ。ですが…‥‥あれを見るに、もう、大丈夫でしょう」


 本当に楽しそうに様子を見る老体を見て二人は溜飲が下がった。


「……で? お前達は何やってるんだ?」


「子供達の後釜です」


「私の実家が田舎でねぇ。こういうのは慣れてるのさ」


 エルはここで魔力を使うわけにはいかず、他の者達と同じように水をまき、レティは鍬を持ち支持された場所を耕し、野菜を採取している。


「俺達、遊びに来たんだっけ?」


「そうだよ!」


「違う!」


 冗談めかしに口にした言葉に子供達と同時に肯定するヒデに空かさず否定の意をリルは叫び、それを面白がるように子供達の顔に喜色が表れる。


「仕方ない。俺とギデとエルでジャッカルを狩ってくるから、ヒデはここで大人しくしてくれ。レティはそれの警護。レティ、いいか?」


「いいよ。この村に被害を出さないっていうのも依頼内容に入っているようなものだしね」


 依頼内容には特に村の守護は書かれていない。村を襲うジャッカルとキングの討伐と書かれている。だが、組合の暗黙の了解としてその依頼を出した村の守護も含まれる。


 それを知らず依頼主や依頼した村を放置し壊滅してしまった場合依頼料は払われるが、組合内での信頼は失墜し周りから白い目を向けられることになる。


 だが、それでも放置するものはおり、その者達はよく周りの視線に耐えられるものだと影ながら言われている。


「よし! じゃあ、行ってくるか」


「いってらっしゃ~い!」


「いってらっしゃいじゃない! もともとお前も一緒に来るはずだったんだよ!」


 ヒデが手を振りながら三人を見送ると子供達も小さな手を大きく振りながら自分達の救世主になろうとする三人を見送った。肩に担がれている男の子は陽気な日向に当てられ、ヒデの頭に顎を乗せてすやすやと赤ん坊のように眠っている。


「あらら」


 それに気づいたヒデは人差し指を口にもっていき周りに静かになるように促し、子供達もヒデを真似て人差し指を口元にもっていっている。


「さて、それじゃあ、そろそろお手伝いに戻ろうか」


「は~い」


 眠れる幼子の目を開けさせないように囁くように言い聞かせる言葉に言葉達は素直に片手を上げながら返事をしてそれぞれの役割へと戻っていき、ヒデは頭に幼子を担いだまま家の日陰に移動し、壁にもたれかけさせた。


 起きることなく深い眠りに入っていることを確認したヒデはその場を音もなくレティの元まで立ち去った。


「ありがとうございました」


 突然見知らぬ女性が横から感謝の言葉を頭を下げるとともに言い放ってきた。そのことにヒデは当惑し首を傾げる。


「先ほど寝かしつけてくれた子の母です。どうも、息子がお世話になりました」


「いいよ別に! 私は自由に皆と遊んだだけ。私は私でやろうと思ったことをやっただけ。誰かに言われるでもなく誰かに命令されるでもなく、私が自由に決めただけ。だから別にお礼はいい。私は、自由なんだから」


 素っ気なくも微笑みかけるその笑みは子供達に笑いかけていた朗景な笑みとはまた違った明るさが含まれていた。その麗色で柔らかな微笑みはその者の風韻が良くわかる代物だった。

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