二話 《日常》
さて、ここは聖杯学園第七部隊の本拠地。
学内の教室がそれぞれの部隊に割り振られ、自由に使えるようになっている。
もちろん格差は健在だ。俺たちの部屋が普通すぎるのに対し、第一部隊の本拠地というと、ルームサービス、メイド、執事などなど、なんでもござれだ。
とはいえ、そんなところで普通に生活なんて俺はできないね。
普通が一番だ。
この部屋の中にあるものといえば、大きな本棚と、人数分の机と椅子、黒板ぐらいだな。
それでも十分だと思うけどな。
部屋を見渡してみる。
ギターをアンプに繋ぎ雑音にならない程度によいBGMを奏でている男子。
部屋の隅っこで黙々と本を読んでいる女の子。
じゃれ合っている女の子2人。いや、じゃれ合っているというより、片方が片方を一方的に襲っているような...。
まぁ、いいや。
これで全員だ。5人。他の部隊に比べれば、圧倒的に少ない。
俺は一つため息をついた。
あーあ、何か起きないかなぁ...。
ぼーっと天井のシミでも数えてみたり。
「おーい、何思いふけってんだ?」
「ん?ああ、すまん。ぼーっとしてた」
今話しかけてきたのはギターを弾いてたやつだ。
ギターを脇のスタンドに立て掛け、俺の近くの椅子に座った。
彼は雨音轟。
俺の幼馴染であり、第七部隊の頼れる兄貴分的な立ち位置にある。
頭にはトレードマークともいえるバンダナが巻かれていて、滅多に外すことはない。
彼もまたトランサー。
「永時、ポーカーしねーか?」
轟はズボンのポケットからプラスチックのケースに入ったトランプを取り出す。
よくポケットに入ってたな。
「いいぜ、何を賭ける?」
勝負事には賭けがつきもの。第七部隊の常識だ。
間に机を置いて轟と対峙する。
すると、俺と轟の間に誰かが入ってくる。
「わたしもしたいのですが、よろしいでしょうか?」
さっきまで本を読んでいた女の子だ。
全く気づかなかった。気がついたらいつの間にか机の左側にいた。
流石と言っておこう。
名はシルヴィア・ランドール。
留学生のトランサー。
俺の同い年。肩まである銀髪が目立つ美人だ。
誰に対しても敬語で、常に無表情である。
まぁ、特に断る理由もないので承諾する。
シルヴィアは椅子を引っ張ってきて座った。
「こいつは強敵の参戦だな」
轟がそう呟く。
その通りだ。なぜなら彼女は無表情。まさしくポーカーフェース。
故に彼女の手を読むことができない。
実際、彼女の賭け事の勝率は第七部隊で一番高い。
油断はできない。
「わたしはこれを賭けます」
シルヴィアは財布から五百円玉を取り出した。
五百円か。割とリスクが大きいぞ。
だが、それだけ燃える。
「オーケー、いいぜ」
そう言って轟は五百円玉を出す。
俺もポケットから財布を机に出した。
「チェンジは2回まで。いいな?」
轟がルールを確認して、俺とシルヴィアが頷く。
「じゃ、シャッフルだ」
轟、俺、シルヴィアの順にシャッフルし、束を机の真ん中に置いた。
初手を引くのと、チェンジは一巡のうち誰からでもいいというルールが俺たちの中ではあるのだが、俺はいつも最後に引くことにしている。
「俺から行くぜ」
轟が五枚引く。
初手を見て轟は鼻を一つ鳴らすが、口の端が少しにやけている。
どうやらいい手札のようだ。
だが、轟は悪い手にもにやけるという謎の癖があり、結局のところ読めない。
シルヴィアも初手を引くが、やはり無表情で手を読むことができない。
「よし、引くぞ」
俺はそう言って五枚引いた。
クローバーのKと9。スペードの9。ダイヤの4。ジョーカー。
この時点で9のスリーカードか。悪くないぞ。
っと、危うくにやけてしまうところだった。
「チェンジだ」
轟がそう告げ、手札を2枚替える。
また鼻を一つ鳴らすだけで、手がかりを掴めない。
「わたしも3枚チェンジです」
シルヴィアも無表情のまま手札を入れ替える。
さて、俺はどうしようか。無難にKと4を入れ替えてスリーカードを底上げするか。それともフルハウス狙いで行くか。
いや、どちらにせよスリーカードは揺るがないしな。
よし。
「俺は1枚チェンジだ」
2回のチェンジを大事に使おう。様子見だ。
俺はダイヤの4を捨て、1枚引く。
どうなるか。
引いたのはスペードの7。手は動かなかった。
一巡し、二周目のチェンジに入る。
途端、シルヴィアが口を開く。
「わたしは大丈夫です。勝負します」
シルヴィアは二度目のチェンジをしなかった。
それなりの手札ということだろうか?
はたまたブラフか。相変わらずのポーカーフェースだぜ。
「どうした轟。お前が動かないんなら、俺もチェンジできないぞ?」
動かない轟を煽ってみる。
轟は思い切り歯を食いしばっていた。
分かりやすく悩んでいるな。分かりやすい分、本当かブラフか読みづらいというものだけど。
「俺も勝負だ!」
轟もチェンジしないのか。
「じゃあ、俺は1枚チェンジ」
今度はクローバーのKを捨てる。
引いたカードは、ダイヤのK。
マジか!あーあ、惜しかったな。
「勝負だ」
やっちまったことは仕方ねぇ。あとは運だ。
『せーのっ!』
9のスリーカード。どうだっ!?
俺はカードを机に叩きつける。
「9のスリーカード!」
「くそっ!ツーペアだ!」
「3のスリーカードです!」
結果、俺の勝利。
「よっしゃ!俺の勝ちだ!」
俺は思わず立ち上がってガッツポーズをとる。
轟の手は、ダイヤとハートの7。クローバーとハートの5。ダイヤの2。
シルヴィアの手は、クローバーとダイヤの3。ハートの2。スペードの2。そしてジョーカー。
危ねぇ。下手したらシルヴィアにやられてた。
「畜生!下手に動くんじゃなかったぜ!」
「惜しかったです」
口々に言いながら、俺に五百円玉を手渡す。
「毎度あり。いい勝負だったよ」
俺は2枚の五百円玉を財布に入れる。
「もう一戦いかがですか?」
シルヴィアがそう提案する。
「俺は別に構わんが、轟は?」
ポーカーに負け、机に突っ伏していた轟が急に起き上がる。
「やるぜ!負けた分は勝って取り返す!何より、言い出しっぺが負け越しなんて認めねーぞ!」
轟が机の上に散らばったトランプを集める。
すると、さっきまでじゃれ合っていた2人がこちらに来る。
いじられていたのは雨音鈴音ちゃん。
轟の妹で、歳は俺の一つ下。
小柄な女の子で、ついつい頭を撫でてしまいたくなる小動物的な可愛さがある。
もう片方は、商桜華さん。
一つ年上。
他人にちょっかいをかけるのはいつものこと。第七部隊の人間であれば一度は体験する。
俺より少し身長が低いのだが、女性としては高いだろう。その上スタイル抜群ときたもんだ。
ちょっとガサツなところがあるが、そこも含めて素敵な女性だ。
「私たちも混ぜてくれよー」
桜華さんが鈴音ちゃんにのしかかりながら言う。
鈴音ちゃんは重たそうにしているが、頑張って支えているのが可愛いので眺めているに限る。
「わたしもトランプしたいです!」
頬を膨らませながら訴えかける鈴音ちゃん。
ああ可愛い。
「んじゃ、ババ抜きでもするか。それなら2人もいいだろ?」
桜華さんと鈴音ちゃんは駆け引きが全くと言っていいほどできない。
そのために少しばかり気を使う羽目になる。
「ようし、私たちは2人で1人だ」
「2人の力を合わせましょう」
俺から見て右側に椅子を持ってきて桜華さんが座り、膝の上に鈴音ちゃんが座る。
この2人は勝つことよりも楽しむことを大事にしているため、こういうことはよくある。
「そんじゃ、始めるか」
流石に5人でのシャッフルは面倒であるため、代表して轟が念入りにトランプを切る。
シャッフルを終え、いざカードを配ろうとした時。
部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。