ルチア、目を白黒させる
ベルナルディーナ姫が指し示した方角へしばらく行くと、エドアルド殿下と団長様、そしてセレスさんがいました。たった数日なのに、会えたのがすごく嬉しいです。マリアさんたちと再会したときは会えなかった時間が長かったので、もう一度会えたのがものすごく嬉しかったんですが、たった何日かでもこんな気持ちになるんですね。なんだか心臓がすごくドキドキします。
「エド!」
マリアさんが大きな声で殿下の名前を呼びました。団長様と話し込んでらっしゃった殿下も、マリアさんの声に気づいて振り向きます。
「マリア! ルチアも、なんでここへ?」
「監視してる奴撒いてきた!」
「撒……」
頭上に広がる青空のような晴れやかな笑顔を浮かべて、マリアさんは楽しそうな声で報告します。マリアさんの報告に団長様がぎょっと目を見開きましたが、その隣で殿下が吹き出しました。
「マリアは、相変わらず自由だね」
「そうよ。あたしは自由なの。知ってるでしょ?」
「うん、知ってる。マリアのそういうところはいいね」
笑いながら殿下はこちらへ近づいてきます。再会したときにはなんだか距離があいているように見えたマリアさんと殿下ですが、距離があったというより、今までとは違う距離感で新しく仕切りなおしたといった方がいいのでしょうか。笑いあう二人は、仲が悪くなったようには見えません。以前のようにべったりという風ではありませんが、とても仲がいいのは窺えます。
笑顔の殿下とは裏腹に、殿下に付き従うように歩く団長様はなんともいえない渋い顔をしています。その後を歩くセレスさんもです。一体全体、どうしたというのでしょうか?
「どうしたんですか?」
わたしはそっとセレスさんの側に行くと、顔を覗き込んでみました。セレスさん、なんだか疲れてるみたいです。
「ルチア……」
セレスさんは一瞬目を輝かせましたが、またぐったりと肩を落としました。え、ホントどうしちゃったんですか!
状況が呑み込めないわたしの肩に手をやったセレスさんは、決心したように顔をあげると、殿下にキッと向き直りました。
「殿下、やっぱり俺」
「セレスティーノ、悪いとは思うけど、ダル・カントとバンフィールドの関係は微妙でね。学びの塔を擁しているせいか、扱いが他国とは違うんだ。なに、エスコートするだけだ。結婚しろって言ってるわけじゃない。君、妻も婚約者すらもいないだろう?」
一体なんの話ですか!? エスコート? 結婚??
状況が呑み込めなくて混乱しているわたしより、マリアさんがキレる方が先でした。柳眉を逆立てたマリアさんは、飛びかかるようにして殿下の襟元をひねりあげると、顔を近づけて凄んだのです。
「ちょっと、エド! それってあのワガママ姫がらみの話!? 国のためにセレスを人身御供に差し出すつもり!?」
「いやだなぁ。進んで生贄なんか捧げないよ、僕も」
「だってそういうことでしょう?? 前々から思ってたけど、この世界の王族ってそんなんばっかなの!? 自分たちのために他の人間犠牲にしてもなんの痛痒も感じないとでも!? エドアルド、今度こそ見損なったから!」
「聖女様! 殿下も、ちゃんと説明しないとセレスティーノも聖女様もルチアさんも誤解したままですよ!」
激高するマリアさんをなだめるように間に割り込んだ団長様は、新緑の瞳を険しくして殿下を軽く睨みました。
「とりつくろわなくていい相手だとご自分の素を出すのも結構ですが、こういうデリケートな内容で揶揄おうとするのは趣味がよろしくありません」
「いや、セレスティーノが煮え切らないからな。発破でもかけてやろうかと」
「先程も言いかけましたが、うらやましいからといって人の恋路を邪魔してはいけませんよ。私の部下をいじめないでいただきたい」
親子ほどに年齢の離れた団長様に叱られた殿下は、いたずらっぽく口の端を緩めると、わざとらしく肩をすくめて見せました。普段年齢以上に大人びて見える殿下ですが、今はなんだか……いえ、これ以上は不敬ですよね。
額に手をやって深いため息をひとつつくと、団長様はスッと背筋を正しました。
「この話は私から説明させてもらいます。いいですね? 殿下」
「フェルナンドは真面目だな。僕だって普段真面目に王太子をしてるんだから、王太子の仮面を着けなくてもいい相手とくらい、たまには遊ばせてくれてもいいじゃないか。ちゃんとネタ晴らしはするつもりだったし、大体、もう断った話なんだよ」
「遊ぶ箇所が間違っております。セレスティーノ、今殿下がおっしゃったように、もうこの話は断っているから安心するように。聖女様とルチアさんに説明すると、ダル・カント王国より、此度のパーティでチェチーリア姫のエスコートをセレスティーノにお願いしたいとの申し入れがあったんだ。もちろん、殿下は即答でお断りしている」
「…………っ」
「はぁ!?」
団長様の説明に、セレスさんが脱力してわたしにのしかかり、マリアさんが大きな目をさらに大きくしました。ちょ、なんて申し入れをしてきてるんですか、ダル・カント王は!
「断った断った。大事な仲間のためだしね。ただねぇ、断るにしても理由が必要でね。恋人がいるくらいじゃむこうは引かなさそうだから、とりあえず婚約者がいることにしたんだよ。我が国の“竜殺しの英雄”が独身なのは、ハーバート陛下もご存じだしね。でも、君、まだ求婚してないっていうからさぁ。ここはひとつ発破でもかけてやろうかと」
「それが余計なお世話なんですよ、殿下。彼らは彼らのペースがありますから」
「いいよね、自由にできて」