ルチア、姉姫と話す
「だぁれ?」
きょろきょろとあたりを見回していると、不意に声がかけられました。見ると、薔薇の茂みの向こうに東屋があり、そこにちらりとミントグリーンのドレスの裾が覗いています。
ひらりと裾が揺れ、すっと立ち上がった背の高い姿は、ダル・カント王国の一の姫、ベルナルディーナ王女でした。褐色の肌に、やわらかく波打った黒髪を緩く編み上げて、風に揺れるシフォン地の布を重ねたドレスを身に着けています。この国に来た際にも同じ色のドレスを着ていましたけど、お好きな色なんでしょうか?
「どうもーっ。お邪魔してまぁす」
悪びれなく返事をしたのはマリアさんでした。ベルナルディーナ姫と同じ黒髪でも、マリアさんの髪はまっすぐです。さらりと腰まである髪を揺らして、マリアさんは堂々とした態度でベルナルディーナ姫の前へ足を進めました。わたしもそのあとに続きます。
「貴女たち……」
「聖女とその友人でぇす。今回は閉じ込めてくださって、どうもぉ~」
棘のある口調で、マリアさんはうふふふと笑いました。相当怒ってますね、これは……。
ですが、怒っているのはわたしも同じです。セレスさんだけでなく、皆にちらりとも会えないんです。お話がしたくても、わたしたちのお世話をしてくれる侍女さんたちは「お伝えしておきます」というだけで、その要望が受け入れられることはないみたいで。
「閉じ込め……?」
「あらぁ? 王族の指示かと思ったんですけどぉ? あたしたちをエドたちから遠ざけて、ご満足? ねぇ?」
すらりと背の高いベルナルディーナ姫の前に立つと、ただでさえ小柄なマリアさんはさらに華奢に見えるんですが……どちらかというと、マリアさんの方が強気です。怒っているのもあるんでしょうけれど、ベルナルディーナ姫はマリアさんの怒気に押されて、身を縮こませています。
「エドたちがなにしてるかすら教えてもらえないし、どうなのよ? あたしたちを監禁して、裏でなにしてるわけ!?」
「わたくし……なにも」
「なにもぉ!?」
「あの、なにか聞いてないですか? 皆さんがどう過ごしてるのかも教えてもらえてないんです、わたしたち」
マリアさんに任せていたら喧嘩になってしまいそうな雰囲気になってきたので、僭越とは思ったんですけど、割り込ませてもらいました。身分差になにか言われそうな気もして、内心びくびくなのはナイショです。
「エドアルド様とはさきほどもお会いしましたけれど、お元気でした」
「へぇ~、会ったんだ」
殿下とお会いしたという発言で、マリアさんの眉がぴくっと動きました。まさに一触即発といった様子ですが……「さきほども会った」ということは、この近くにいらっしゃるんじゃないんですか??
「マリアさ……」
「妹も妹だけど、姉も姉ってこと?」
「マリアさん!」
臨戦態勢を崩さないマリアさんの肘をつかんで引っ張ると、不服そうな表情でほっぺたを膨らませました。たしかに納得いかないかもしれませんが、くせ毛さんに見つかる前に殿下と会えるなら、そちらを優先すべきだと思うんです。
「マリアさん、先ほどまでこちらにいらっしゃったってことは、探せば会えるかもですよ!」
「でも!」
「迷子になったわたしたちを探しに、すぐ衛兵さんたちが来ます。会うチャンスは今しかないですよ」
「……そう言われるとそうね。お姫様、あんた命拾いしたわね! でもあたしの怒りは収まったわけじゃないから!」
「……怖いです」
「なんですってぇ!」
「マリアさん!」
目に見えておびえた様子を見せるベルナルディーナ姫に、マリアさんのボルテージがまた上がりました。ベルナルディーナ姫も、マリアさんの怒りに油を注ぐのやめてください!
「あの、殿下たちはどちらの方へ行きましたか!?」
「あちら……です。おつきの騎士様もいらっしゃいました。金髪のおじさまと、チェツィが失礼をした方……」
ベルナルディーナ姫に殿下の行き先を尋ねると、なんとセレスさんまで同行していたことがわかりました。
もしかしたら会えるかもしれないと期待に胸を膨らませたわたしは、マリアさんの手を取り、注意を引くように引き寄せました。
「行きましょう、マリアさん! それでは失礼します!」
「あ……」
「監禁してくるような国に、あたしの仲間は誰もあげないからね!」
捨て台詞を残すマリアさんの手を引きながら、わたしはベルナルディーナ姫が指示した方向へ走り出しました。




