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ルチア、ダル・カント王に拝謁する

 チェチーリア姫は、ダル・カント王が制止する声も聞かず、軽い足音を立ててセレスさんの前に走りよると、背伸びをして顔を覗き込みました。


「すごい、王子様みたい!」

「チェチーリア、殿下の目の前で失礼ですよ!」


 セレスさんに目を輝かせたチェチーリア姫を、困ったように眉を顰めたベルナルディーナ姫が窘めました。

 一方で当事者であるセレスさんは、他国の王族であるチェチーリア姫にかける言葉を持たないのか、たじたじになっています。


「いやだわお姉さま、お顔を拝見するくらいいいじゃありませんの!」

「チェツィ。お戻りなさい。エドアルド殿下、聖女様、申し訳ありません」


 可愛らしく唇を尖らせるチェチーリア姫に、今度は王妃様が声をかけられました。

 さすがに王妃様にはかなわないのか、不承不承といった体でチェチーリア姫は元の場所に戻りかけ……、たようにみせかけると、さっとセレスさんの首に両手をかけて飛びついて、その頬に風のようなキスを贈ったのです。

 異国のお姫様の奔放な行動に、その場にいたすべての人が目を瞠りました。


「チェチーリア!」

「怒らないでくださいまし、お父さま。単なる親愛のキスですわ。お父さまにもよくするでしょう? アレと同じですわ!」


 軽やかな足取りで玉座に座る父王のもとへと戻ると、チェチーリア姫はその頬にキスを落とします。


「ね? 同じでしょう?」

「チェチーリア……」


 毒気のない、むしろあどけないといっていいような口調で、チェチーリア姫は笑います。可愛らしいその笑顔ですが……どうしましょう、すっごくモヤモヤします! うう、わたし、ものすごく心が狭いかもしれません。だって、親愛のキスだとしても、やっぱり、嫌なんです。


「でも、ねぇ、お父さま。お姉さまの輿入れがなくなったのなら、わたくしがかの国に嫁ぐのもありではありませんこと!? 相手は殿下ではありませんけど!」


 うきうきといった様子でチェチーリア姫は言葉を継ぎます。輿入れがなくなった、という部分でベルナルディーナ姫が苦しそうに眉根を寄せるのが見えましたが、チェチーリア姫はそんな姉姫の様子に気を配ることはなく、またベルナルディーナ姫も特に口を開くことはありませんでした。

 わたしは俯いたまま、唇をかみしめました。相手は王女様です。しかも他国の。ここで、わたしが口を挟むことはできません。眉を顰めて困ったような様子を見せているセレスさんも、きっと、同じだと思いました。

 嫌なのに、嫌だと告げられない。それはとても苦しいことでした。


 ですが、嫌だと思ったのはわたしだけではなかったようでした。


「チェリーだかなんだか知らないけど、軽々しくあたしの仲間にちょっかいださないでいただけますぅ!?」

「チェツィですわ!」

「なんでもいいわよ。あのね、悪いけどその人、彼女持ちだから! もう、でれっでれのめろっめろだから! ちょっかい出すだけム・ダ・な・の! わかるかなぁ? お姫様!」


 勇ましくお姫様に切り込んでいったのは、マリアさんでした。


「なっ! 貴女、失礼ですわ! わたくしを誰だと……」

「なにって、お邪魔虫でしょ! あのね、あたしは身分とか関係ないところにいるから。この世界の人間じゃないし。なに言われても怖かないわよ」

「ダル・カントとバンフィールドの間にヒビを入れたいんですの!?」

「その言葉、そのままお返しするわぁ~。てか、それわかっててあの行動に出たわけ? うわ、あたしが言うのもなんだけど、あんたいい性格してるわねぇ。全部計算づくの行動? いやだ、こっわ~い! 性格わっる~い!」

「な、な……ッ!!」


 突きつけられたマリアさんの言葉に、チェチーリア姫はプルプルと怒りに震えました。


「あたしは、あたしの友達を守るわよ! バンフィールドがどうとか、関係ない。あたしを守ってくれる友達を、あたしも守るの」


 声高く宣言するマリアさんに、思わず涙がこぼれました。嬉しいです。すごく、今嬉しくて仕方ないです。


「……チェチーリア、下がれ。エドアルド王子、聖女殿、娘が差し出がましい真似をして申し訳ない。エルアナ、チェチーリアを部屋へ」

「はい、陛下。チェツィ、いらっしゃい。エドアルド様、聖女様、御前失礼いたしますわ」

「……はぁ~い」


 ダル・カント王は苦虫を噛み潰したような表情のまま、手でチェチーリア姫に下がるように命じました。王妃様がふてくされた様子を隠そうともしないチェチーリア姫を連れて、姿を消します。


「さて、王子たちはしばらく城に逗留して旅の疲れを癒してくれ。二日後に歓迎のパーティを開こうと思う。ぜひ、参加していただけますな? 聖女殿」


 チェチーリア姫が姿を消したのを見届けた後、ダル・カント王は眉間に手をやって軽くほぐすと、にこやかな表情を浮かべて殿下とマリアさんを見ました。まだ不機嫌そのものといった表情のマリアさんは、半眼になってそんなダル・カント王の様子をねめつけています。


「パーティ終わったらさっさと開放してもらえるんでしょうね?」

「我々は先を急ぐ身です。ハーバート陛下、長の逗留ができぬこと、お許しいただきたい」

「あいわかっておる。アレヴィ、客人を部屋へご案内せよ。粗相のないようにな」


 殿下の言葉に鷹揚に頷くと、ダル・カント王は側に控えていた侍従らしき男性にそう指示しました。


 そうして、ようやく謁見の時間は終了したのでした。

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