ルチア、異国のドレスを身に着ける
湯殿から上がると、マリアさんが言ったようにお城の侍女の方々に囲まれてしまい、あれよあれよという間に全身マッサージを施され、皮膚呼吸ができないほどにお化粧を塗りたくられ、ダル・カント王国で流行っているというドレスを着せられます。
「お、なかなか似合うじゃな~い! どう?」
バンフィールド王国では、ふわりと広がったスカートがスタンダードですが、ダル・カント王国では胸元からすとんと垂直に床に落ちる形のスカートがスタンダードみたいです。スカート丈も、床に触れるか触れないかといったバンフィールドに対して、ダル・カントは床を引き摺るくらいの長さが好まれているようですね。
「あたしったら、美少女すぎてなんでも似合っちゃって困っちゃうわ~。それにしても、コルセット締めなくっていいってやっぱ楽よねぇ。ね、そう思わない!?」
「そうですね。胸元に帯は締めますけど、きつくはないですもんね」
鏡の前でくるりとスカートを翻すように回ってみせると、マリアさんは腰に手を当ててポーズをとりました。バンフィールドのドレスも似合いますけれど、マリアさんはダル・カント風のドレスも似合いますね! すっきりとしたラインのドレスをまとうたおやかな身体は、なんだかお伽話の妖精のようです。
「それにしても」
ちらり、と横目でわたしを見ると、マリアさんは不満げに鼻を鳴らしました。
「まー、腹立つくらいに強調されてること!」
妖精のような可憐なマリアさんの隣には、いつもよりは多少綺麗に見えるわたしが映っていました。馬子にも衣裳っていうやつですね!
「聖女様方、お支度ができましたなら、どうぞ謁見の間へ。陛下がお待ちでいらっしゃいます」
「はーいはいはい。めんどくさいなぁ」
心底めんどくさそうに返事をするマリアさんに、声をかけてくれた侍女さんが眉を顰めました。貴族の方の相手しかしていない侍女さんには、自由奔放なマリアさんの言動が気になるんでしょう。
「面倒だけど行くかぁ。ね、ルチア」
「そうですね、きっと殿下たちもお待ちですよ」
「お早くお願いします」
木で鼻をくくったような物言いの侍女さんが気に障ったのか、マリアさんは移動しながら「感じ悪いわね!」とわたしの耳元で囁きました。小声というには大きすぎたそれは、どう見ても侍女さん本人の耳にも届いています。
※ ※ ※ ※ ※
「よう参った。余はダル・カント国王、ハーバート・グァルティエーロ・ダル・カント。こちらは娘のベルナルディーナとチェチーリア、そして王妃のエルアナ。エルアナに抱かれているのが王太子のイルデブランドだ」
ダル・カント国王陛下は、バンフィールド国王陛下よりも少しお若いようでした。疲れたような表情をお隠しにならなかった陛下と違って、ダル・カント王は溌剌とした笑顔をマリアさんとエドアルド殿下に向けます。
「エドアルド王子、久方ぶりだな。健勝のようでなによりだ。道中無事であったか?」
「お気遣いいただき、痛み入ります。我が国の騎士たちは優秀ですので、魔物の餌にはなりませんでしたね」
「はっははは! それはいい! アグリアルディ騎士団長も同行しておるのか。それは力強いのう!」
殿下はダル・カント王と談笑し始めました。
そういえばマリアさんが召喚される前、ダル・カントの第一王女がエドアルド殿下と婚約するかも、という噂がありましたね。そのお話は聖女召喚でうやむやになったようでしたが、実際のところどうなんでしょうか。浄化がなされた暁にはマリアさんを王太子妃にされるということでしたが、ダル・カントとのお話はどうするつもりだったんですかね??
わたしはこっそりダル・カント王と王妃様の隣に立つ、二人の王女様を眺めました。淡いミントグリーンのドレスを着た王女様と、愛らしいピンクのドレスを着た王女様です。
「エドアルド様……」
「ベルナルディーナ姫。お元気そうでなによりです」
王妃様の隣に立っていらっしゃったミントグリーンのドレスの王女様が、殿下のお名前を呼びました。
王女様はエドアルド殿下を見つめましたが、殿下から声をかけられるとパッと下を向いてしまいました。彼女が第一王女のベルナルディーナ姫なんですね。見たところ、わたしやマリアさんと同い年くらいに見えます。
ダル・カント人の特徴の浅黒い肌をほんのり赤く染めて、ベルナルディーナ姫はもじもじと指先を垂らした帯に巻き付けました。
「あの……お会いできて、嬉しいです」
「このたびは突然押しかけてしまい、申し訳ありません。しばし、逗留を許してください」
「あの、その……はい、どうぞ、ごゆるりとなさってください」
小さな声でお返事されるベルナルディーナ姫のお隣で、こちらをじっと観察していた第二王女のチェチーリア姫が口を開きました。
「ねえ、父様」
大きな紺碧の瞳を輝かせて、チェチーリア姫は言葉をつづけました。
「チェツィの運命の人、見つけたわ! わたくしもバンフィールドに嫁ぎたい!」
その視線の先にいたのは──セレスさんでした。え、ちょっと待ってください!