ルチア、ダル・カント王国に到着する
その後、わたしたちはダル・カント王国へ向かいました。
魔物は害さず”シャボン”でおとなしくさせて逃がすと決めたものの、結局その道中に魔物とは遭遇しないまま、わたしたちはダル・カント王国の王都・ファトナに入りました。正直、すんなり行き過ぎて拍子抜けです。やっぱり、エリクくんがいうように、魔物の数が減ってきているんでしょうか……。
「おう、ここまで長かったな」
ガイウスさんがファトナの城門を見てにやりと笑いました。
もう、最後の天晶樹は目の前です!
──と、思ったのですが……。
※ ※ ※ ※ ※
「え? しばらくここに滞在するんですか?」
「そうなのよね~」
驚くわたしに、マリアさんはお湯に浸かったまま頷きます。
城門をくぐり、王城に案内されたわたしたちは、ダル・カント国王に謁見するためにまず旅の汚れを落とすようにと、湯殿に案内されていました。見たこともないような壮麗な湯殿は、お客様専用なんだそうです。
「は~、お風呂、久しぶり! やっぱいいわぁ」
「え、ちょっと待ってください! 急がなくていいんですか??」
まったりくつろぐマリアさんには悪いと思ったのですが、わたしは焦りました。だって、天晶樹を浄化しないと、魔物の脅威は去らないんじゃ……。
「それがさぁ、政治的なんとかってやつで、盛装して国王に挨拶して、歓迎パーティとかに出て、最後皆に見送られて出発しなきゃいけないらしいよ。ばっかみたいだよね~。歓待されなきゃいけないんだって。滅亡の危機に瀕してるとかいって、人のこと呼びつけたのどこのどいつだよっていう話」
「えええっ!?」
「ルチア、聞いてなかったの?」
「そういえば、旅の途中で殿下がハーシュによってご挨拶しなくちゃとかって言ってましたね……」
「そー、それ! ハーシュにも寄ったよ。エドの伯父さんが国王様らしくてさ、長いこと拘束されそうだったんだけど、エドとフェルがうまく話してくれてすんなりあそこは終わったんだけどさぁ、ここはそうはいかなさそうだよね」
気持ちよさそうに全身を伸ばしながら、マリアさんは天井を仰ぎました。わたしもつられて上を向くと、精巧なレリーフが目に入りました。聖樹教の神話がモチーフのようで、その真ん中には天晶樹の姿も描かれています。
「さっさと終わればいいのに~。盛装で貴族に挨拶とかめんど~。皆腹の探り合いでやになっちゃうんだよねぇ」
心底嫌そうに、マリアさんはため息をつきます。それは……わたしも嫌ですね。今までそんな世界と関わり合いになったことがないので、浮くこと間違いなしです。
「お風呂も好きに入れないとか、歓待じゃなくて拷問よね~」
マリアさんのセリフに、お風呂に入るときもひと悶着あったことを思い出します。身分の高い方はひとりで入浴したりしないため、国賓であるわたしたちにも最初は侍女の方が付き添おうとしたんです。ですが、マリアさんの強硬な反対のおかげで、今こうやって二人でのんびりしていられるんですが……。
「このあとは、多分エステとかが入るでしょ~。で、終わったら用意されたドレスに着替えて、メイクやヘアメイクをイヤってほどされて、で、国王に会う、と。めんどー! ちょーめんどー!」
「聖女様をするのも大変ですね……」
「なに他人事みたいに言ってんの。あんたもされるのよ!」
「わたしもですか!?」
だって、わたしはマリアさんの侍女っていう触れ込みじゃなかったんですか??
驚くわたしに、マリアさんは濡れた髪の毛の先を弄びながら笑いました。
「あったりまえでしょ。あんたはあたしの侍女じゃなくて、トモダチであり仲間でしょ? 天晶樹の浄化だってやったじゃない。侍女扱いになんてさせないんだから!」
「いえ、してもらって結構なんで……」
「ん? なぁに? なにか言ったかなぁ!?」
揉んじゃうわよ!?と、マリアさんはいい笑顔を浮かべました。やめてください!
言葉もなくぶんぶんと首を横に振ると、ふふっと楽しげな笑い声をあげてマリアさんは再び手足を伸ばしてリラックスします。
「ま、この後揉まれるのは間違いないんだけど。足腰痛いから助かる~」
「ぜ、全身ですか??」
「当たり前でしょ~。気持ちいいから、あれだけはありがたいわ。そのあとのはいらないけど」
マッサージとか、初体験なんですが……いいんですか? わたしがそんなたいそうなものを受けてしまっても!?
若干の罪悪感を感じつつも、わたしはマリアさんに倣って手足を伸ばしたのでした。