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ルチア、セレスの心配をする

 セレスさんにいってらっしゃいを言った翌日、わたしたち下働きのところにも聖女様が浄化の旅に出るというお話が聞こえてきました。


 聖女マリア様は、王太子殿下と騎士団長様、団長付きの副官様、竜殺しの英雄様、そしてアカデミアの炎の魔法使い様と一緒に行かれるそうです。

 もちろんその方以外に、セレスさんたち一般の騎士の方が何名か、兵士隊の方がたくさん、そして侍女の方が同行されるそうなので、相当大規模な隊が組まれたのでしょう。

 これならきっと、無事に帰ってきてくれるはず。

 わたしはそう思い、少しホッとしました。


 どうか、どうか無事で。竜なんかには遭いませんように。ただそれだけを願います。


 そしてその半月後、とうとうセレスさんが出発する日が来てしまいました。

 街は、朝から王太子殿下と聖女様を先頭とした一行を見送る人たちで、軽くお祭り騒ぎです。


 ですが、わたしはお仕事があるのでお見送りはできません。

 洗濯物を握りしめたまま真っ青な快晴の空を仰ぎ、わたしはセレスさんの道行きを思います。


 英雄なんてならなくていいです。

 神様、どうかあの優しい人と、もう1度会えますように。

 怪我なんてしないで、無事で帰ってきてください。


 風に乗ってかすかに聞こえてくる人々の歓声を耳にしながら、わたしはしばし手を休め、青空を眺めました。


 ※ ※ ※ ※ ※


 その日は雨でした。

 雨のときは、屋内にある方の洗い場と干し場を使います。

 今日はシーツの洗濯をしているので、皆でスカートをたくし上げ、おしゃべりしながら洗濯物を踏み洗いしています。無口なロッセラさんだけは、いつも通りニコニコしながら黙って聞いている形ですが。


「こういう大物を洗うには、晴れの日がいいんだけどねえ」

「ここんとこ、雨続きですもんね、仕方ないですよ」

「生乾きだと臭くなるから嫌よね」

「そうそう、臭いシーツとか、洗濯婦の恥よね。でもお日様が隠れちゃうのはあたしたちにはどうしようもできないし」


 室内の干し場はそれなりの広さがありますが、それでも全部のシーツは干せません。干す前にアイロンをあてるので多少早くはなりますが、何回かに分けてお洗濯します。

 “シャボン”を使ってしまえば早いですが、落ちない汚れならともかく、すべてがわたしの魔法頼りになるのはよくないとのキッカさんの判断で、いつものようにお洗濯をします。


「さあ、もうひと頑張りだ! これを干し終わったらお昼だよ」

「は〜、ようやくお昼かあ!」

「お腹空きましたよね」

「今日の献立なにかしら? ちょっと肌寒いからあったかいスープがあるといいわよね。身体動かしてても、やっぱここ寒いし!」


 キッカさんの励ましに、わたしたちは洗うスピードを上げました。綺麗になったシーツを水ですすぎ、アイロンをあててピシッとさせたのち、ロープにかけていきます。これが外ならアイロンの手間がないんですけどね……室内干しのつらいところです。


「終わったあ!」

「アイロン使ったら暑くなりましたね」

「炭火でも、熱があると体感温度は変わるものね。スープなくても今なら大丈夫かも」


 ジーノさんは熱望していたスープにこだわるのをやめたようです。たしかに炭火でも洗濯物から上がる蒸気もあって、ちょっと今は暑いですよね。


「少し窓、開けるよ」

「頼むよ、ロッセラ!」


 少しだけ風が入るよう、雨が吹き込んでシーツを濡らさない程度に、窓を薄く開けます。蔀戸を調節するのはロッセラさんです。


「さて、とりあえず食事を取りに行こうか」


 キッカさんの音頭に、わたしたちは揃って下働き用の食堂へ行きました。

 王城には、文官女官用、騎士団用、兵士隊用、侍女用、下働き用など、いくつかの食堂があります。やはり同じ場所で働くとはいえ、身分の差があると、それは食べ物に反映されるものです。お肉とか。


「お、今日はスープなんだね」

「よかったわね、ジーノ」

「これ、麦がぷちぷちしてておいしいですよね」

「あったかそう〜。ああ、いい匂い。働いた後のご飯っておいしいわよねえ」


 本日のメニューは、麦とジャガイモのスープです。堅パンと小さなチーズが添えてあります。


 お昼ご飯の乗ったトレイを受け取り、空いた一角に席を取って座ると、わたしたちは食事を始めました。


「そういえば、聞いたか?」

「なんだい? 藪から棒に」


 わたしたちが食事を始めると、隣り合わせで座っていたおじさんが、キッカさんに話しかけてきました。

 わたしは知らない方ですが、キッカさんはお知り合いなのか、普通に話し始めます。


「聖女様に同行した奴ら、帰ってきたらしいぞ。団長と副官、アカデミアの魔法使いさんに竜殺しの英雄以外の奴らだっていうが」

「ええっ!」


 おじさんの発言に、わたしは思わず声を上げてしまいました。

 だって、それってセレスさんのことですよね? セレスさん、帰ってきたんですね!

 1年は会えないと覚悟していただけに、とてもびっくりしました。でも、この前出発したばかりなのに、何故?


「そりゃ嬢ちゃんも驚くよな、おれも驚いたさ」


 驚きから抜け出れていないわたしをよそに、キッカさんは話を進めます。


「なんでまた」

「それがさ、ここだけの話、侍女連中は聖女様に、残りの男どもは殿下に追い返されたらしいぞ」

「返してどうすんだい。浄化の旅の途中に竜なんかに遭ったら、そんな少人数でどうにかなるのかい?」

「んなこた知らねえよ。ただ、兵士隊の知り合いの話によると、侍女は聖女様の癇癪で返されたらしい。殿下や英雄に色目使ったとかなんとか、難癖つけられたーって大騒ぎしてたみたいだな」

「癇癪持ちなのかい、聖女様は。それで、騎士様や兵士隊の連中はなんで?」

「指示したのが殿下だからな、奴もこっちの理由は話さなかった。でも、わけわからんな。戦力追い返してどうすんだって話だ」

「アグリアルディ団長も、なんだってそんな話を受け入れたんだかねえ。殿下の指示とはいえ、騎士団を預かるものとして断ったりはしなかったのかね?」

「お偉いさんの考えることはよくわからんよ」


 そう言うと、キッカさんとおじさんは同時に顔をしかめました。


「でも、よかったわね、ルチアちゃん」

「そうそう、今すぐ会いに行くの? なんて言うんだっけ、相手の人。第3隊って前言ってた気もするけど、名前は聞いてなかったよね」


 おじさんの話を聞いて、ジーナさんジーノさんがワクワクした様子で訊いてきました。

 そうですね、正直今すぐにでも会いに行きたい気持ちはありますが……。


「いえ、今日は行きません、雨だし。セレスさんとは晴天の日だけ会うお約束なんです」

「……セレスさん?」

「セレスさんっていうの、その人⁇」


 そんなときでした。


「ねえねえ! 大変だよ!」


 血相を変えたベネデッタさんが、食堂に飛び込んできました。

 ベネデッタさんは王族付きの洗濯婦の方です。同じ洗濯婦なので、わたしたち騎士団付きの洗濯婦とも交流があるので知っているのですが……おしゃべり好きな人とはいえ、こんな風に大声をあげて走ってくる人ではないです。


「魔物が……アールタッドに向かって押し寄せて来てる!!」

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