ルチア、仲間割れをする
「実験してみようよ」
ダル・カント王国へ向かう途中、そう言いだしたのはエリクくんでした。
車座になって焚き火を囲んでいたわたしたちは、その声に反応して顔を見合わせました。
「実験?」
「そう、ルチアの実験」
「わたしですか?」
そして、その矛先はなぜかわたしへやってきました。
急に名指しされて驚いていると、うきうきといった様子でエリクくんは言葉を続けます。
「”シャボン”はさ、魔物をおとなしくさせるじゃん? その効果がいつまで続くかわからなくて今まで殺してたけどさ、ルチアがいない間、魔法をかけられなくてもシロはおとなしかったんだよね。だから、その効果って相当長そうだなって思って」
「そうよ! あたしも無駄な殺生するのはどうかと思ってたのよ! シロもこんなに可愛いし、他の魔物だって懐くんじゃない??」
「きゅわっ」
エリクくんの提案に食いついたのはマリアさんでした。マリアさんにべったりなシロもその肩に乗ったまま、ご機嫌な鳴き声を上げて羽を広げます。
「でも、永久的に効果があるとはわからないでしょう? そうなると、野放しにするのは……」
「年間魔物の被害がどれだけあるか、わかって言ってんだろうな? ちびっこ」
反対に眉をひそめたのはレナートさんとガイウスさんでした。騎士団として魔物退治に携わっている彼らは、魔物を放逐するのには反対のようです。セレスさんをちらりと見ると、賛成とも反対とも取れない表情でエリクくんを見ていました。
「でもさ、ボクらこうやってふたつも天晶樹を浄化したんだよ。魔物が活発になるのって天晶樹が瘴気に侵されたなんだよね? だから天晶樹を浄化しようってなったんじゃん。ふたつも浄化して、きっと魔物もおとなしくなってきてるはずだ。現に魔物の遭遇率も下がってきてる」
言われてみると、フォリスターンを出てからこちら、ほとんど魔物に遭遇していません。たまに見かけても、彼らはわたしたちを襲うことはせず、特に関心も持たないままでした。そう、まるで普通の動物のように。
「アールタッドからキリエストまで、魔物と交戦したのは五十一回。キリエストからフォリスターンまでは二十七回。そしてフォリスターンからここまで、魔物と戦ったのはたったの十三回だ。確実に回数は減ってってる。距離の差もあるけど、これは浄化の効果としてもいいんじゃないの?」
エリクくんは得意そうに胸を張りました。すごい……数、数えていたんですか? ちょっと驚きました。
それに驚いたのはわたしではなかったようで、マリアさんがちょっと身を引くような感じでエリクくんを見ました。心なしか顔が引きつっています。
「えぇ~、回数数えてたの? マジで!?」
「数えるでしょ。ちなみに聖女サマがボクの研究態度について驚いたのは五回目だから」
不満げな顔でマリアさんを見ると、エリクくんは団長様と殿下をキッと睨みつけました。
「どうなの? ダメなの? 永久的に効果があるかどうかはまだ検証できてないけど、元に戻るとしても少なくともかなりの時間はかかるはずだ。その間に最後の天晶樹も浄化してしまえば、ボクらはあんなにも無為な殺戮をしなくて済む。あんなにも苦い思いをしてまで戦わなくてもいいんだよ! 無抵抗の魔物はボクには単なる変わった動物にしか見えなかったよ。単なる虐殺じゃん、あんなの!」
燃えるような赤毛を揺らして、エリクくんは怒鳴りました。たしかに、抵抗をしなくなった魔物を倒す光景は、とても後味が悪いものでした。わたしもマリアさんと同様、彼らを見逃してあげてほしいです。人を襲わないなら、彼らから受ける害はほとんどないはずですから。
「──フェルナンド、お前はどう思う?」
エリクくんの訴えを聞いていた殿下は、同じく静かに沈黙を保っていた団長様に問いかけました。
「以前の被害と勢いを考えると許可はできない。だが、エリク君が言うこともわかる」
「だったら!」
「エリク君、竜が”シャボン”を受けていなかったのは何日間だ? 今我々が向かっているのは最後の天晶樹があるメーナールではない。ダル・カント王国の王都、ファトナだ。ファトナでダル・カントの国王に拝謁し、その後天晶樹に向かう。最後の浄化がなされるまでの期間と竜が魔法なしで無害だった期間を同等にしなければ許可することはできない」
「それはつまり、ファトナに着くまでは今まで通り殺せってこと!?」
「セレスティーノたちが不在だったのは半月ほどだ。ファトナからメーナールまでは、今のペースで進むなら半月もかからないだろう」
激高するエリクくんとは対照的に、団長様は冷静な物言いをしました。可能性がゼロではないだけに、エリクくんの提案はそのまま飲んではもらえないようでした。
「魔物が人を襲う可能性はゼロではない。その懸念がぬぐえない以上、いくら無抵抗とはいえ、魔物を殲滅しない判断はできない」
「でもさ、もう……つらいよ。だってシロ、可愛いじゃん。魔物も懐かせれば可愛いかもだよ? 抵抗しないんだよ? そのまま使役もできそうじゃん。そういう方向では考えないの?」
酷薄な団長様の判断に、エリクくんは身をよじるようにしてマリアさんの肩にいるシロを指さしました。




