ルチア、天晶樹について思い悩む
その後、時間を変え日を変え、わたしたちは天晶樹から雫が生まれないか、欠片が採取できないかを試しました。
その間、魔物の襲撃も多々ありました。天晶樹は浄化され、もう黒い靄はまとわりついてはいませんでしたが、天晶樹より生まれ落ちて、周囲に生息していた魔物は消えてはいなかったのです。
「魔物って、なんで生まれるんだろうね」
フォリスターンの天晶樹の調査を続けるのは今日まで、と区切りをつけた日が終わりに近づいた頃、疲れ切った声でエリクくんが呟きました。
「なんで天晶樹は魔物を生むんだろう。だって、この世界を支える大切な聖樹だろう? なんで尊いはずのこの樹は、人間を害する魔物を途切れることなく生み出し続けるんだろう」
エリクくんの問いに答える人は、誰もいませんでした。
──何故、天晶樹は魔物を生み落とすのか。
魔法の媒介として、なくてはならないものとされていた天晶樹は、けれどもわたしたちを脅かす魔物を生む恐ろしい樹でもあると、わたしたちはこの旅の中で嫌というほど思い知らされました。
瘴気に侵されていなければただ実りある豊かな魔力をわたしたちにもたらす天晶樹は、一旦瘴気をまとってしまえば逆にわたしたちを追い詰めるのです。
「結実する前に魔物の芽を摘み取ってしまえばいいのか? それとも、熟し弾ける前に卵果を燃やし尽くせばいいのか?」
天晶樹の幹に額を付けて呟くエリクくんに、マリアさんが背後から声をかけました。
「なんでなきゃいけないの? この樹。切り倒す方法が見つかるなら、切っちゃえば? あるだけ害でしょ」
「な……っ! ダメだよ! 世界を支える樹だよ!? これがなきゃ、世界は魔法を失くして──」
「魔法なんてなくても生きていけるわよ。あたしの世界に魔法なんてないわよ? 魔法に頼ってるからこの樹が必要になるんでしょ? 魔法を失くせばこの樹、いらなくない??」
「そんな、乱暴な」
「だってこの樹のせいで困ってるんじゃない。この樹がなきゃ、あたしも招ばれずに済んだんでしょ? 諸悪の根源、この樹じゃないの」
そう言うと、マリアさんは天晶樹をブーツを履いた爪先で蹴りました。それを見たエリクくんがあわあわと焦って制止します。
「蹴っちゃダメっ! この樹は創造神がこの世界を支える御柱として作られた大切なものなんだよ!?」
「ホントに支えてるわけ? この樹が。悪さしかしてないのに?」
マリアさんはしかめっ面で天晶樹を見上げました。それにつられてわたしたちも梢を仰ぎます。夕陽を浴びて、紺ともオレンジともいえない不思議な色を放っている天晶樹。禍々しい昏い瘴気はすでになく、凛と涼やかな空気を湛えています。
魔法のないマリアさんの世界には、天晶樹もないそうです。天を支える大切な聖樹。わたしたちは天晶樹のない生活は想像できませんし、失ったあとこの世界が存続できるかもわかりません。
「我々は、天晶樹の在り方を考えるべきなのかもしれないな」
ぽつりと、団長様がこぼしました。その新緑の瞳はじっと天晶樹の梢を見据えています。
「これからも天晶樹と生きてゆくなら、魔物の発生を防ぐ方法を探さねばならないし、天晶樹から解き放たれることを望むなら、その方法を探らねばならない。天晶樹を浄化すればすべて善しとはできないだろう」
「ですが、創世神話を是とするならば、この樹は天を支え世界を守る役目を負っているといいます。切り倒して取り返しのつかないことになるのならば、切り倒さず共生していく方法を探った方がよさそうな気がしますが」
団長様とレナートさんは、顔を見合わせると再び天晶樹を眺めやります。
わたしたちはどうしたらいいんでしょうか。天晶樹がない世界なんて想像したこともありませんでした。ですが、このまま同じ生活を続けて行けば再び天晶樹は瘴気に包まれ、魔物が復活する可能性はあります。
──そう、千六百年前の古の聖女様が浄化した天晶樹が、今また瘴気に侵されたように。
「とにかく、最後の天晶樹のもとへ行こう」
困惑した空気を破ったのはエドアルド殿下でした。
殿下は天晶樹の幹に触れながら、こちらへまっすぐな視線を投げかけます。
「現状、天晶樹を傷つけることはできない。だが、すべての浄化が終わった後なら違うかもしれない。”天晶樹の雫”のこともある。フォリスターンの天晶樹については調査を重ねたが、もうこれ以上はなにもできないだろう」
「エド……」
「行こう、メーナールの天晶樹のあるダル・カント王国へ。天晶樹については道中相談すればいい」