ルチア、研究対象になる
フォリスターンに着いたのは、それから三日目のことでした。
騎士団の駐屯所に寄ってイヨルカの街から出した手紙を受け取り──初めて手にした手紙が自分たちが出したものとか、ちょっと泣けます。正確にはわたし宛のものではないですけど──同行を願い出てくださるバチス公国の騎士様たちに別れを告げると、わたしたちは天晶樹を囲む魔の森に足を踏み入れます。キリエストのときはこの森に入った途端、魔物たちに襲われたんですよね……。
自動的にアッハ・イーシュカの生首を思い出して気分が悪くなりかけましたが、慌ててその残像を振り払います。
「怖い? 大丈夫?」
シェレゾ村でいただいた服から元の隊服に着替え、再び自分の剣を手にしたセレスさんが、耳元で囁きました。馬に乗ったままですが、森に入ってから剣を鞘から抜き、利き手に携えています。
「大丈夫です。平気ですよ。セレスさんがいますし、怖いことなんてないです」
「っ!」
「ルチア、ボクたちもいるんだけど」
「もちろん頼りにしてます。心強いです!」
「おっさんにゃ眩しい反応だねぇ~。おう、隊長ドノ、青春に浮かれるのもわかるけどなぁ、ようやく手にした恋人にときめいてねぇで前向けや。色ボケしてる場合じゃねぇぞ。いつ魔物が来てもおかしくねぇからな、ここは。嬢ちゃん馬から落としたら、嘆くのはてめぇだろが」
この数日間でわたしとセレスさんのことは皆さんにバレてしまいました。
いえ、別に隠すつもりがあったわけではなかったんですが、恋愛話に花を咲かせた翌朝、マリアさんが嬉々としてセレスさんをからかいに行って、その場にいたガイウスさんにバレ、エリクくんにバレ──と、結果皆さんに知れ渡ることとなったのでした。
「隊長さん浮かれまくりでムカつくぅ~。今仕事中なんですけど~。ちょっとぐらい燃やしてもいい感じ?」
「仲間攻撃するんじゃねぇぞ、ちびっこ」
「仕事中に仕事しろっていってなにが悪いのさ。ねぇ団長さん?」
殿下はひとり馬車の中にいらっしゃって、その御者台にレナートさんとマリアさんが、そして馬車のまわりを囲むようにしているのが団長様、ガイウスさん、エリクくんとセレスさんです。
わたしはひとりでは馬に乗れないので、セレスさんの馬に同乗させてもらってるのですが……なんだか口を挟めない状況になってきましたよ?
「……少しは大目に見てやってくれ。職務に支障が出ているわけではない。目に余るようならば私が注意する」
「すみません。以後気を付けます」
「ホントにしっかりしてよね~」
「ていうか、ちびっこ機嫌悪りぃな」
「だってさ、こっちは心配してたっていうのに、自分はこっそりいちゃついてるとか、腹立てても仕方なくない!? こっちは気が気じゃなかったのにさぁ」
エリクくんがご機嫌ナナメなのは、わたしたちの安否を気にしてくれていたからのようでした。改めて申し訳なくなります。
「エリクくん、皆さん、すみません。その……」
「あー、うん、謝ってほしいわけじゃないから。単に心配してたのに肩透かしくらったみたいで、なんかちょっとムカついてるだけ。めちゃくちゃ浮かれてる隊長さんに」
「俺、そんなに浮かれてる?」
「ルチア見てニヤニヤする回数が増えてる。隠してるけどたまに口の端が笑ってるし、今までチラチラ見てたのが人目を気にしないで見るようになった。半刻に一、二回だったのが、今は数えるのも嫌になるくらい見てる。あと、馬に乗せるのもクマがメインだったのに当たり前みたいに連れてくし」
横目でじろっとセレスさんを見ると、エリクくんは唇を尖らせました。
「もっと観察してたかったのに、人のいないところでまとまっちゃってさぁ。なんなんだよ。考察の過程をすっとばして結果だけ突きつけられるとか、ホントありえない。なにがどうなって行動に移すことになったのかとか、一番面白いところ取り上げられて怒らないわけないじゃん」
「つまりあれか、知らないとこで話がまとまったのに腹を立ててたわけだな、研究員ドノは」
「心配もしてましたぁ~! してたの! これでもしてたの! でも同じくらい観察もしたかったの! クマだって遠目で眺めてニヤニヤしてたくせに! 裏切りだよ!」
「お、ここでそれバラすか!」
……なんていうんでしょうか。わたしたち、そんなに観察されてたんですか!?
あまりの恥ずかしさに前を向いていられず、わたしは顔を伏せてしまいました。エリクくん、研究対象は天晶樹の方にしておいてください。どうかお願いします!