ルチア、エドアルドの告白を聞く(2)
「父上は使えないと判断した聖女はこの世界に置いておくことはできない、殺せと命じられた。だが、僕は幼いころ母上に聞いた、バチスの聖女の話を思い出していた。知ってのとおり僕の母はバチス公国の出でね、バンフィールド王国ではほとんど語られない古の聖女の話をたくさん教えてくれていたんだ。件の聖女は異世界から招かれ、天晶樹を救い、そして元の世界へ還っていった。そう、”聖女の帰還”だ。殺さなくとも、本来聖女は元の世界へ帰れるはずなんだ。バンフィールド王国では召喚方法は伝えられていたけれど、帰還方法は存在していない。だから、僕は父上に隠してバチスでその方法を探り、マリアを元の世界へ戻そうとフェルナンドと話していたんだ。これは、侍女たちとともに兵士隊を返したときに決めた話だ」
「つまり──殿下は、マリアさんを」
「殺すつもりはないよ、初めから。マリアはたしかに自由気ままに振舞うけれど、根は悪い子じゃないからね。それに、彼女はもともと我が国の民ではない。世界を救った見返りがその命を奪うことなんて、あっていいことではない」
きっぱりと断言した殿下の言葉に、わたしは胸をなでおろしました。よかったです。殿下や団長様がマリアさんを殺そうと考えていたら──わたしは今後どう接していいのかわかりませんでした。
「ルチア、君たちが来たとき、ガイウスが手紙を持ってきただろう? あそこには、追加の王命が記されてあった。マリアの光魔法は聖女の力だ。だが、君の能力も他に聞いたことがない。マリアが消滅させる力なら、君の力はもっと浄化に近いものだろう。そして、二人とも水晶(媒介)を使わずに力を発揮できる。父上は──君の力にも目を付けていた。アールタッドにいた頃の言動や起こした騒動によって、王宮ではほぼマリアの排除は決定事項としてみなされている。よって、浄化がなされたあとは速やかにマリアを殺し、君を取り込めと。”異世界の聖女”は役目を終え還ったが、その力を侍女に託し、託された侍女は”もう一人の聖女”としてその身を王家に捧げる。そういう筋書きだった。王太子妃は”聖女”であるならば、どちらでも構わない。マリアたちに聞かれたとき話していたのはそういうことだ」
そこまで話されると、殿下は少しお疲れになったように俯いて肩を落としました。
「僕はマリアを殺したくはない。ただ、ルチア、君を犠牲にするのも躊躇われる。王妃の立場は平民として過ごしてきた君には重すぎるだろう。それはマリアもそうだ。君たちは貴族ではない。今から僕が置かれている立場に当て嵌めるには君たちは純粋すぎて──可哀想だ。自由はなく、終始人の目を気にし、一生を牢獄で過ごすようなものだからね。空を飛ぶ小鳥は金の籠の中でなく、やはり青空のもとにいるのが相応しいと思うよ」
そこで一旦殿下のお話は途切れ、しばらくその場は焚き火の音に支配されました。
たしかに──わたしには王族の暮らしは荷が重すぎます。立ち居振る舞い、教養、どれをとっても無理です。一生それが続くと思うだけでぞっとします。
でも、殿下はずっとその暮らしを続けていかなければいけないんですよね。そう思うと、殿下のおっしゃった”牢獄”という言葉がひどく重く感じられました。王太子に生まれた殿下にとっても、その地位は、責務は重苦しいものなのでしょう。
「殿下。お訊きしたいのですが、結局──聖女様の帰還の方法は見つかったのでしょうか。我々がリモラの神殿に寄った際、秘事のため教えられないと断られたのですが」
そのとき、沈黙を保っていたセレスさんが口を開きました。
セレスさんの問いかけに、殿下は俯いた顔を再びあげられます。
「そうだね、聖女の召喚は世界の秘事だ。異世界と次元をつなぐ方法は公にしてはいけないからね」
殿下の静かな声に、わたしは、身を寄せているマリアさんにそっと目をやりました。
マリアさんは泣いてはいませんでしたが、そこにいつもの元気はなく、ただ静かに話されている殿下の様子をじっと見つめています。
「結論から言うと──帰還の方法は、大体わかったよ。だが……それが叶うかまではわからない。すべては、天晶樹の浄化にかかっていると思う」
「どういう……ことですか?」
「リモラの神殿にも詳しい方法は伝わっていないんだ。ただ、伝承の一節のみ残っているだけだった。”天晶樹の雫を、始まりの地にて秘石と合わせたとき、聖女は再び元の世界へと戻る”と」
「天晶樹の、雫?」
初めて聞く言葉に、わたしとセレスさんは顔を見合わせました。